第十五話 小事が大事
一瞬だった。
よく人は言う。時間的には一瞬だったけど、スローモーションに見えるときがあると。私が最初に見えたのは音がする方で土砂が私達に向かって崩れて来ているところだった。次にヴァイゼ様がこっちに向かって叫んでいるところ。そして、私は彼に突き飛ばされた。何だかよくわからない混乱したなかで、彼が私に向かって微笑む。
ヴァイゼ様が私を助ける為に突き飛ばしたことがわかった瞬間には、彼に土砂が襲っていた。
「ヴァイゼ殿下っ!」
思わず彼の方に手が伸ばす私の背後にマッカーサー隊長が立ち、動きを止める。当然、彼の力に敵わない私は「離して下さい!」と彼の腕の中で右往左往する。
「駄目だ!これ以上は土砂に巻き込まれる!」
「で、でも、で、殿下、が、」
「被災者を増やすつもりか!」
「っ!」
鋭く冷たい声だがどこか優しさを持ったマッカーサー隊長の言葉にふと我に返る。落ち着いた私を大丈夫と判断したのか彼は私の動きを封じていた腕を外した。
「…マッカーサー隊長」
「はい」
膝から崩れ落ちそうなところを何とか気力で持たせながら、マッカーサー隊長を呼ぶ。私がここで今崩れたら駄目だ。指揮系統が崩壊する。そんなことになったら、一生ヴァイゼ様の隣に立てない。深呼吸と共に、クリアになっていく思考でやらなければならないことを組み立てていく。土砂崩れは特に時間との戦いだ。
「我が騎士団の被害状況の確認を。そして確認が出来次第、動ける者は救援補助をお願いします。私は殿下のことと領地に被害が出てないかの確認。そして、スカーレット領主と南部大領主と話を付けてきます。」
「かしこまりました。では。」
「えぇ、お願いします。」
マッカーサー隊長の後ろ姿を見届けた後、ヴァイゼ様がいた場所を見る。本当、嫌になる。彼が最後に見せた微笑みの意味を汲み取ってしまった。あの微笑みは、信頼だった。私が絶対に助けてくれるという絶対的な信頼。あの人、本当涼しい顔して無理難題を言ってきて。
「絶対に助けます。」
私は領地の方に足を向けた。その後、私はスカーレット領主に会い、領主から正式的にこの件に関しての指揮権を認めて貰った。説得には時間は掛かったが。王宮からも何十人も捜索隊を送ってくれることになった。事が事なので、転移魔道具を使うことになった。テレポートは、領地に設置させれた魔法陣を幾つか使い、目的地に向かう方法である。魔電気をかなり使うので、頻発には使えないのが弱点だが、逆にそれくらいしか欠点のない完成度の高い魔道具となっている。と、いうことであと30分後には王宮から援軍が来る手筈となった。不幸中の幸いとして、領地の方は傾れた先が外れ、ほぼ無傷だった。被害も地響きで落ちた瓦くらいのものである。騎士団も土砂に巻き込まれかけた者が数人で、片足が土砂埋もれたものの無事に救助されている。軽傷は半数いるが、どれも擦り傷で大したことはない。良かったと一息を吐きつつ、ヴァイゼ様救出する為に次の行動に移る。
「今回、指揮官のフェリシテ・ムスケルイディオです。早速ですが、動ける者はこちらに。治療班の手筈は済んでます。あと…15分くらいで到着予定です。殿下はこちらに立ってました。なので、土砂崩れの感じからして、位置的にはここと考えられます。」
領主館から拝借した地図を広げ、印を付けていく。
「殿下は救援魔道具があるので、空気の確保はできている筈です。ただ期間は3日。3日以内に殿下を見つけなければ生存率が著しく下がります。」
ルンゴとは、今回のような土砂崩れや急に背後から攻撃されたときなどあらゆる緊急性の高いパターンに向けての一時的な防衛装置である。値段はかなり高く、小国なら買えると言える程の値が張られている。
「マッカーサー隊長はここに。第一小部隊は、この201LFを。第二小部隊は009DJを。第三小部隊は、1011JHを。探して下さい。第二次災害には互いに気をつけながら、進めて下さい。30分後には王宮から援軍が来ます。なので、また30分後にここに。」
地図を差しながら、指示を振っていく。最後の私の「お願いします」という言葉で各自が捌けて行った。
「…これをたった数時間で。」
「これくらいの事務処理なら朝飯前です。」
そうですか、と頷くマッカーサー隊長を見る。
「流石、筆頭秘書官ですね。」
「いえ、そんな立派じゃないです。殿下を危険に晒している時点で秘書官失格です。」
庇うべき人間に庇われて私は今ここに立っている。
「…フェリシテ様」
私の言葉が余程悲痛のように聞こえただろう。こっちに気を使うような優しい声が耳に響く。ただ、今その優しさを感受する暇も資格も私にはない。
「マッカーサー隊長はここで騎士の指示振りを。私は王都から来る騎士たちの案内する手筈を整えてきます。」
「わかりました。」
その後、きっかり30分後に王都の騎士たちが到着した。騎士たちを一旦駐屯地に案内し、探しに行っていた騎士たちも皆戻り、再度集結した。
「現状を纏めると、先程探している3スポットはまだ全部を探し終わってないです。こことここ、あとこの木が立つ場所は確認済み。残りはこの部分です。今日はここまで探します。見つからなかったら明日はここまで捜索範囲を広げます。」
再度、地図を広げ作戦を伝えていく。後ろで響く時計の針が妙に気になる。…焦っているだろうな。ふと冷静な自分が分析する。土砂崩れに合った人々を見つけ出すのは結構骨が折れる。専門家だって、正確に予測するのは不可能に近い。頭ではわかっているが、心は落ち着かない。あの王子のことだ、埋もれたら埋もれたで「へぇ、土砂の中ってこんな感じなんだ。あとでフェリに教えてあげよう」なんて呑気に思っているに違いない。そして、後日本当に私にこと細かく教えてくれるだろう。自分で描いた絵付きで。なんか、逆にムカついて来た。わかっている。八つ当たりだ。それに彼がそういうことをするのは、私が気にし過ぎないように意識を強制的に晒そうとしてくれるという意味なのもわかってる。
「マッカーサー隊長、私はあちらの様子を見てきますので、ここの指揮を任せます。」
「わかりました。護衛を付けましょうか?」
「いいえ、ここから10分も満たない場所ですし、1人で大丈夫です。それに、私に当てる護衛を殿下の捜索に回して欲しいです。」
「わかりました。ご武運を。」
「戦場に行くわけではないですが。」と、言うとマッカーサー隊長は「フェリシテ様にとっては戦場ようなものでしょう。私もできる限り尽力します。」と敬礼をこちらに向けた。それが彼の誠実さを体現しているようで思わず笑みが溢れた。よし、行くか。
「では、行ってきます。」
数時間後、私はこの判断を後悔することになった。




