第十四話 天変地異の前触れ
とある道中。
「今の女性見たか?見目麗しかった。南部の女性たちは美しい方々が多いという話は本当だったのだな。あ、勿論。フェリ秘書官に勝らないが。」
「口じゃなくて、早く動いて下さい。」
両手が塞がってなかったら、耳を抓っているところだったのに、と心中で舌打ちをする。私達は今馬の上にいる。2週間前に王宮を立ち、南部のスカーレットという街に来ていた。ここは南部の中でも指折りの鈴ノ木の名産地である。学者たちが言うには、ここが今1番土砂崩れが起きる可能性が高いという話だった。
…土砂崩れが起きる前でよかった。
と、一先ず安心した息を吐く。ここにくる前にも、南部の地方を回り、実態調査を行っていた。他の土砂崩れが起きそうなところの安全確認ができたし、領主の方にもそれとなく伝えることもできた。彼等の中には数十年前の土砂崩れの被災者遺族も居たので、それとなく伝えるだけで対策もしっかりと考えてくれた。
あとはここの実態調査もして、東部の貴族たちの説得と北部の大領主にも事情説明しないと。
「あそこの…って、フェリ聞いてる?」
「マッカーサー隊長!」
変態王子を軽く無視し、用事のある人の名を呼ぶ。
「フェリシテ嬢、如何なさいましたか?」
マッカーサー隊長。マッカーサー隊長は、実は私の父ティックの同僚で第三部隊隊長だ。父言うには、とても信頼できる男だそう。今回の話も、彼がいるなら安心だと言ってたし。最早野生と言わしめる程の直感力に長けているあの父が言うことなのでかなり信憑性がある。
「今後の動きで相談したいことが。」
「わかりました。では、今晩の宿で話を聞きますね。」
お願いします、と言うと隣からは「フェリが冷たい」と妙に腹立しい声で腹立しい事を言うのが聞こえた。
「俺には滅多に微笑まないのに、マッカーサー隊長や他の第三部隊の騎士団には微笑んでだりして」
この薄情者!とよくわからないことをほざく男を軽く睨み付ける。「まぁ、その冷たい所もいいにはいいんだけども」と気持ち悪いことを言い始めた。
「蹴れたいんですか?」
「それ、俺死んじゃうよ?」
「大丈夫ですよ。死にしません。私の蹴り如きがヴァイゼ様の馬術技術には敵いませんから。」
「いや、そんな殺意籠った目で言われても」と、若干青ざめたヴァイゼ様が大人しくなったところで軽く溜め息を吐いた。実際、私が蹴った所でヴァイゼ様を馬から落とすことも彼が私の蹴りを受けることもないだろう。まぁ、そもそもとして、馬上の王族を蹴るのは流石に色々と不味いのでそんなことはしない。私も命は惜しい。
「フェリシテ嬢?ヴァイゼ殿下と何の話を?」
「何も、今日の調査の相談です。」
「左様でしたか。」
ヴァイゼ様と馬同士を近づけながら話しをしていたのでマッカーサー隊長には何も聞こえなかったようである。流石です、と微笑むマッカーサー隊長に若干の罪悪感を覚えながら微笑み返す。自分の国の王子をとっ捕まえて暴言を吐いていたなんて流石に言えない。
「フェリ秘書官と私だけの話だもんな。」
便乗するように、そして何故だか少し嬉しそうに呟く隣の男を心の中では睨みながら微笑む。
「いやぁ、殿下はフェリシテ嬢に全幅の信頼を寄せているのですね。ティックにいい土産話が出来ました。」
「あぁ、信頼している部下だよ。」
そうですか、アハハ、と騎士らしく笑いながら持ち場に戻る彼の姿を見ながら隣の男に視線を移した。
「何が信頼してる、ですか。」
「信頼しているのは本当だよ、頼りしてるよ。」
「…頼ってばかりじゃくて仕事もして下さい。」
「手厳しいな、我が麗しいの秘書官は。」
微笑むヴァイゼ様を見ながら、この人たらしいと心の中で悪態をつく。だから、この人に仕えるのをやめらないのだ。私が婚期を逃したら、絶対この人の所為だ。
「ほら、行きますよ。もうすぐで着きます。」
「そうだな、行こう」
私達は馬を走らせた。それから間も無く、実態調査場所に着いた。実態調査ではまず調査に着いて来ている学者たちが地層を見ていく。その調査報告者を私を筆頭に騎士団や騎士団所属の秘書官たちが纏めていく。その後、その報告書を元に、領主の役人たちが防災対策方面から色々と話が進められていく流れだ。
「ヴァイゼ殿下自ら来るなんて、光栄です。」
「国民の生活の安全を担保するのも王族の義務の一つです。私はあくまでも監督を承けただけですから。」
「いえ、その心意義が見事です」とスカーレット領主がニコニコしながらは褒め称えた。「ありがとう」とこれまた普段では考えならないような王族の威厳を残しつつ爽やかな笑みを浮かべていた。心の中で表情筋が疲れるとか思っているだろうなと思いつつ、彼を見る。
「私は、あっちの方に声を掛けて来ます。」
「うん、頼んだよ。」
私もヴァイゼ様たちに人面良く微笑んで、学者たちがいるところに向かった。彼等の見解を聞く為である。
「フェリシテ様!」
「お疲れさまです。どうですか?」
「…よく今の今まで崩れてなかったのが不思議くらいです。いつ崩れても可笑しくないかと。」
「そうでしたか。…早急にここから離れましょう。対策はそのときで大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。」
頷く学者たちを見てから、調査できたところまで聞いてメモをしてから、撤去作業を開始した。いつ崩れても可笑しくないとわかったので、とにかく土砂崩れが起きても安全なところまで退却することになったのだ。王族であるヴァイゼ様をここに置いておく訳にもいかない。マッカーサー隊長たちも説明し終わり、皆で急ピッチで片付けをしていく。万が一に備え、スカーレット領主にも軽く説明し、いち早く帰って貰った。
「フェリ、どう?」
「ヴァイゼ様。あと、15分くらいかと。」
撤去作業に指示振りをしていると、背後からヴァイゼ様が声を掛けて来た。彼は私の隣に立ち、上を見上げる。
「あそこから流れていくとなると、流れつく先としては、丁度あっちくらいかな。」
「あくまでも予想ですが、そうですね。あそこの森付近まで流れていくかと。」
付近を見渡しながら、呟くヴァイゼ様に頷く。
「住民地から少し外れているようでよかった。」
「かと、言って安心も出来ませんが。」
「そうだな、用心に越したことはない。ここに騎士団を配置するのは決まってる?」
「はい。第三騎士団の数人をここに置いていきます。その後、王宮からまた騎士を数十人配属予定です。」
先程、王宮に騎士要請を書いた書類を緊急伝達で送ったところである。とその旨も一緒に報告すると、「流石フェリだね。仕事が早い」と笑い掛けて来た。
「褒めても何も出てきませんよ。」
「純粋な褒め言葉だよ。」
ハハとヴァイゼ様が笑った瞬間に、地面が揺れた。




