第十三話 伏線を張る(張ってしまった?)
「じゃ、これでいいな。」
「えぇ、お願い。」
次の日、ルイが来て私達は話し合いをした。結論から言うと、まずは私がディート宛に手紙を書く。そして、それをあちらの諜報員に渡すことになった。それから、外交課で設けられたナラジアとの会合の際に私も外交課に紛れてディートと接触するという話になった。
「だけど…ディートを出しくれますかね。」
「出してくるだろう。おそらくな。ナラジアは今、内乱が激しい。だからこそ、俺達の国に向けて有利な条件を取り付けたという事実が欲しいだろうしな。」
ヴァイゼ様は呟きながら、苦い笑いを溢した。
「あと、私達の国の情報をかなり正確にあっちの国に伝わっているいう事なんですが。」
ルイはそう言いながら、一つ資料を出してきた。
「トラジア・マーガリー?」
そこに書かれていた名前を口に出すと、ルイはその声に反応して頷きながら話を進めていく。
「西部貴族の者だ。ナチア領土の近くに家を持っている。領土なしの貴族だ。」
貴族と言ってもこの国では2種類いる。領土を持つ貴族と持たない貴族。別に領土が無いからと言って貴族として品位が落ちるという訳でもないが、この国の歴史的に領土を持っている貴族の方が国に長く仕えており、それなりの地位があったりする。その所為か、領土を持った貴族の方がより貴族らしいという観念がある。
トラジア・マーガリーは、一代前に貴族位を授かった貴族であった。領土なしの貴族は、割とこのパターンが多い。貴族位は、国に大きく貢献した場合に名誉として王族から授かることもあるからだ。その場合は位と幾許かの金だけで領土はない。幾許かの金もそれなりの金額だったりするのでなんとも言えないではあるが。
「そうなの…やっぱり。報酬はナチア領土の領主と言ったところかしら?」
「あぁ、その通りだ。ただ…」
ルイから話を聞いた時から情報を漏らすなら領土なしの貴族たちの中ではないだろうかと思っていた。領土というわかりやすいものを求めているのは確かだし、国の情報を掴みやすい立場にもいるので、隣国としてはもってこいだったのだろう。ルイは少し言葉を濁した。
「理由がな、軽すぎるような気がしてな。」
「軽い?」
「あぁ、ナチアは確かに資源も豊富だし、ナラジアを初めとした宗教地でもある。だから、その領主というのはただの領主とは別格だ。ただ、あくまでも領主。大領主に確約された訳でもない。祖国を裏切る程の見返りかと言われてしえば、それまでだ。」
ルイの言う通り、確かに祖国を裏切るという大罪しては見返りは小さ過ぎる気もしなくはない。
「領土なし貴族にとって、領土は貴族たる象徴。持つということに異様な程までに執着する人々だっている。」
「そうだな、考え過ぎかもな。」
「とにかく、マーガリー氏に話を聞かないとな。」
ヴァイゼ様の言葉に私達は大きく頷いた。
「…南部領土のこともあるからな、どうしたものか。」
「そうですね、ナラジアとの話し合いは4ヶ月後ですし。先に南部領土の実態調査と災害対策が早急かと。」
「そうだな。とにかく南部の実態調査を急ごう。」
「はい。資料作成しておきますね。」
ルイが立ち去った後、ヴァイゼ様と話をして今後の行動の方針を帳尻合わせをした。話が終わり、私も資料作成の為に図書館に寄ろうと思って席から立ち上がった。
「フェリが居てくれると仕事が捗っていいな。」
「残業は基本しないに限るがモットーなので。」
ニコニコしながらこちらを顔を向けるヴァイゼ様を白けた目を向けた。残業しなくても給料はそれなりに入ってくるので、と心の中で付け加える。
「そういえば、フェリってあまり化粧品とかこだわりとかないよね。」
う〜ん、と腕を急に組み出すので思わず首を傾げた。
「なんですか、急に。」
「急って、再来月はアルカスの妻の誕生日だろう?」
「あぁ、そうですね。」
ヴァイゼ様は割とこういうことはしっかりしている。私や騎士団所属の秘書官達という直属の部下たちの誕生日はしっかり把握しており、毎年誕生日や家族がいる者達にはその妻や子供に誕生日にもプレゼンをあげている。だからと言う訳でもないが、部下たちには怠け者の割には慕われている。何だか憎めないという感じなのだ。
「今はクラシックのローキュリップという流行りだったと思います。ルビナさんって確か華やかな紅色好きだったはずなんで。喜ばれると思いますよ。」
この前見た雑誌を思い出しながら呟く。
「化粧品とかこだわってないのに、やけに詳しいな。」
「買うと知っているは別物だと思いますけど。」
それに、と言いながら私は口を指で指した。
「例えば、このリップですが私の使っているのはコセーです。手頃で殿下が買おうとしているクラシックの約3分の1程のお値段です。」
「かなり、手頃だな。」
「えぇ、クラシックやエーリミスに比べるとデザインはかなりシンプルなケースになってます。それに色もピンクや赤などワーントーンしかないのが特徴です。」
また、と言いながら私は昼休みに読んでいた雑誌のとある1ページを捲った。
「コセーはそれ単体だとワーントーンしかないので手頃ではあるもののクラシックやエーリミスよりも単調な色になってしまいます。で、ここで使われるのがコセーの2色使いです。そうすることでクラシックたちような深みのある色にできます。コセーもクラシックも原材料は一緒ですから、それを考慮するとこっちのが方が安上がりなるんです。まぁ、仕事で使う分にはという話なので。私もクラシックやエーリミスは貴族の嗜みとして最低限は持ってますけど。」
とにかく、知識があることでより低コストで化粧ができるので割とそういう知識は大切してるんです。と言うとヴァイゼ様はなるほどねぇと頷いた。
「今度のフェリの誕生日は、いつものケーキとクラシックの化粧品にしようかな。」
「いいですね、それでよろしくお願いします。…手止まってますよ。こちらもサインをお願いします。」
「つれないかぁ。」
何を今更と思いながら、ヴァイゼ様にサインして欲しい資料を差し出す。化粧品とかの話で何とか仕事を進捗具合を誤魔化しようとしているのは、出だしから何となく予想は着いていた。全く油断も隙間ない。
「フェリがいなくなったら、俺はどうするだろうな。」
「私がいなくても、仕事進めて下さいよ。」
「はは、どうだろう。」
「仕事しなかったら、寝ている殿下に化けてでますからね。私。耳元でノルマを呪詛ように呟きますからね。」
「地味に嫌な攻撃だな。」
呪われない程度に頑張るよ、と言うヴァイゼ様は苦笑いしがら仕事に戻った。
この時、私は知らなかった。
彼に向けた言葉を伏線回収することになるなんて。




