第一話 一銭に笑うものは一銭に泣く
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一銭に笑うものは一銭に泣く
いきなりなんだと思った方、ごんめなさい。この言葉は私ことフェリシテ・ムスケルイディオの座右の銘。この言葉を本で見た時当時5歳の私は感銘を受けた。それこそ、電光石火如く全身にピピッと来たのだ。
それからはいい未来を掴むために友人の令嬢たちがキャッハウフフと恋愛やオシャレに時間を費やしている傍らで私は勉強を一生懸命にやった。一銭も無駄にしない為には何をするべきかと考えた時、やはり勉強をし世の理やお金の流れを知るべきだと思ったのだ。勉強すれば、いいところにも就職できるし一石二鳥と。私の国では、貴族の令嬢も侍女や秘書等と言った官女業務を行うこと自体に忌避感や抵抗感がなかった。数代前の王が有能な人材なら男女問わず自分の懐に入れる一種の有能人材採用狂のような方だったらしく、以来適材適所という考え方が生まれたらしい。数代前の王様に万歳である。
そして、最年少で士官試験の中でも最難関である宮廷内文官試験に合格という偉業として私に返ってきた。いや、努力は実を結ぶをあれ程体感したことはなかったな。両親や兄なんて、祭りかと言う程盛り上がっていたもんな。私もその輪に入って、はしゃいでいた口だから何とも言えないけど。
―と、長々と自分の過去の栄光を語ってしまった。
過去の栄光にしがみつくのが、どれだけ滑稽で愚かなことかはわかっている。わかっているけど。
「ふぁぁ、あぁそこ…あぁ!」
「ふぅ…いいな、もっと喘げ」
ドア越しから聞こえるいつもの雑音。
こっちは、1週間後に執り行われる予定の式典準備で忙しくやってるのに。何、朝からおっ始めているんだか。そして、朝からお盛んな男が自分の直属の上司だって言うんだから笑えない。本当に笑えない。私は何に付き合わせられているんだろう。過去の栄光に縋りたくなる気持ち、わかっていただけただろうか。
えぇい知るか。こっちはこっちで好きにさせて貰う。
遠慮や配慮など無い思いっきりの良いノックした途端、ドア越しから戸惑った空気感を感じ取った。私だって好き好んで情事真っ最中の男女の邪魔してる訳ではない。寧ろ避けていきたい。関わり合いたくない。そんな心の不満など一切見せない声で「ヴァイゼ様、今日中に確認して欲しい書類があるのですが」と声を掛けた。
「は?何?今何してるのかわかって_「わかった。30分後に執務室に向かうからそこで」」
え、と相手側の女性の戸惑う声を右から左に聞き流しながら「わかりました。よろしくお願いします。」と言って私はそのドアに背中を向けて歩き出した。
「フェリシテ様、おはようございます」
ヴァイゼ様の執務室に行くと、茶髪に少し癖毛のある青年がこちらに気付いてにっこりと笑顔を向ける。私もその青年と同じように微笑んで挨拶をする。
「おはよう、マルテ。」
「アイスカフェラテにシロップ2個でいいですか?」
「うん、ありがとう。それでお願い」
青年の名はマルテフォン・シルバニー。通称マルテ。私の直属の部下である。マルテは王都にある学園に通っている学生であり、実践経験を積む為、騎士団統括管理課秘書部に秘書官見習いとして働いている。よく細かいことにも気がつくし、愛想も良い。その愛想の良さから彼の笑顔は密かに秘書部の間では癒しの微笑みと呼ばれている。マルタが入れてくれたカフェラテを片手に自分の机に置かれていた資料に目を通していく。国賓リスト、騎士団予算、王族案件…とさっと優先順位を付けながらそれらを小分けしていった。
宮廷内文官試験に最年少で合格した私は、歳が近いという理由で第二王子ヴァイゼ・インテッリジェンテ付きの秘書官となった。なった当初はそりゃ嬉しかった。
秘書課に入ったばかりの自分に王族の秘書官に選ばれるというのは中々無いことであり、それだけ自分の能力や王族や宮廷内に認められていることの立証だった。
さらに、王族の秘書官とは他の秘書官と違い求められる仕事量や内容が桁違いでその分給料も良い。先立つものは金という考えの元生きている私としては、少しでも貰える分が多い方が嬉しかったのだ。
王族直属の秘書官である者たちだけが付けられるバッチを胸に付けて行く日も行く日も自分が秘書官として働く姿を思い浮かべてウフフとしていた。あの時の私は自分で言うのも何だが結構気持ち悪かったと思う。
当時ヴァイゼ様も成人していないこともあり、第二王子の情報は然して入ってこなかった。だから、当時の私は呑気に第二王子ってどんな方なんだろうと心踊らせていた。まぁ、ものの勤務開始2日後にして、見事に現実を見ることとなった訳だが。今は、ヴァイゼ様が騎士団統括責任者になったので騎士団に私の籍も移され、非戦闘員としてヴァイゼ様の秘書官として働いている。
「や、待たせたな。マルテに麗しの秘書官殿」
きっかり30分後。
彼は執務室に来た。そして、端正な顔立ちを最大限使った笑顔で私に近づいて挨拶をする。その距離、わずか3センチ程。あともうちょっと頑張ればキスできるくらいの距離である。無論、する気もする予定もないけど。近くにいたマルテはその様子にアワアワしていた。
「別に待ってません。毎度のことですけど、そのデートの待ち合わせして落ち合う恋人みたいな言い回しをやめて貰えませんか?」
「そんなつれない事は言うなよ。君と私の仲だろ」
え、どんな仲なのという心の声が聞こえてきそうな顔をしているマルテを横目に「そうですね」と呟く。
「じゃあ、ヴァイゼ様にはこれも追加で」
満面な笑みで下半身最低野郎の前に追加で確認して欲しかった資料を置く。ちょっとした意趣晴らしである。置かれた資料を適当にペラペラと捲りながら、段々とヴァイゼ様の顔付きが引き攣っていく。
「なぁ…これ全部見なきゃ駄目か?」
「駄目です」
「どうしても?」
まるで飼い主に捨てられた子犬のような瞳でこちらを伺う。本当にこの人は自分の顔の使い方をわかってる。耐性のない他のご令嬢なら、即イチコロだったと思うけど。しかし、こちらはヴァイゼ様に仕えて早5年程。この手は私にはほとんど効果はない。
「どうしても」
その後、第二王子執務室では王子の懺悔とそれを一蹴する秘書官の声で包まれていたという。