婚約破棄?ざまぁ?ダメージは左頬だけだったわ!
場面がコロコロ変わるので読みにくかったらすみません。
これはよくある、婚約破棄の話なんだけどね――…?
「ウェンディ、貴様との婚約は破棄する!」
その言葉に、学園の卒業パーティの会場はざわついた。
大胆な発言をしたのは私の隣に居るこの国の第一王子である王太子、ジャン・ナイフェル殿下。
美しい黒髪を高い位置で束ね、黄金のような瞳で彼が睨み付けるのは1人の女――未来の王妃になるはずだった女、ウェンディ・ウィーリアス公爵令嬢。
彼女はジャンの言葉に一瞬だけ僅かに表情を動かしたけど、すぐにいつも通りの穏やかな笑みを浮かべた。
「私との婚約を破棄して、どうされるご予定でしょうか」
ウェンディの言葉にジャンは私の腰を抱き寄せ告げる。
「私はこの、スミラ・クロッカ男爵令嬢と新たな婚約を結ぶ!彼女は聖女なのだから問題無いだろう!聖女を虐めた公爵令嬢との婚約など継続する気もない!」
ジャンのその言葉に、私はウェンディを見てほくそ笑んだ。
本当は私はウェンディから虐められた事なんて無いけどね。
**********
私、スミラ・クロッカは元々は平民の母の元に生まれた。
けれど平民にしては異質な色合いをしていて、周囲からはまるで穢らわしいものでも見るような目で見られていたわ。平民には茶髪茶眼が多いのに私は白い髪に、紫の目。母は紫の目だけど、白い髪は何でだろう。小さい頃は周囲の目に泣いた事もあったけど。
私はとても愛らしい外見をしてる。そんな私が平民として街中に居たら、まあいわゆる変態にも目を付けられる事はあるわ。
でもある日、変態の股間に思いっ切り蹴りを入れた瞬間に私は思い出したの。
私は前世で「ビッチ」だの「クズ」だの呼ばれていた事を。
私は前世でも美人だった。
男たちにチヤホヤされて、出掛ける時に財布なんて出さなくても、声を掛けてきた男が勝手に支払いを済ませてくれる。そんな美人。
もちろん子供の頃は美少女だったし、だからこそ醜いものが嫌いだった。
だから醜いものは徹底的にバカにした。
ねえ、だって信じられる?自分の好きな物をたらふく食べてデブになったクセに、私に「綺麗で羨ましい」とか言うのよ?馬鹿じゃないの?自分で選んでデブになったクセに私を羨むなんて。
「この教室、豚小屋みたいな匂いがしてやだ〜!」
体育の授業後に私がそう言って笑えば、私の周囲の人間はデブに対して制汗剤を掛ける。
私みたいな美人だとみーんな、私の味方。
仕方ないわよね、だってデブは自分で選んでデブになったんだもの。バカにされるのなんて当然じゃん?第一デブも嫌じゃないみたいで「だよね〜」って笑ってたし。
私は他にブスにも「肌クソ汚ぇ」とか言ってた。だって洗顔してるの?レベルの汚さだったんだもん。
自称正義感強いって子たちには「あんた性格悪い」とか色々言われたけど、だから何?って感じ。
だって私の性格が悪いって言うなら近寄らなければいいじゃん。わざわざ私にそれを言うアンタらも、私と同じよ。私が人に言うブスとかデブを性格悪いに置き換えただけなんだから。いい子ちゃんぶってる奴らより、デブの方が性格としてはまだ良いわ、だってアイツ、私が何か言っても特に気にしてないように笑うし、それは嫌な笑い方じゃなかったし。
それに性格悪くても見た目が良けりゃ男にはモテるんだよバーカ!
「お小遣いあげるから良かったら…」
同級生もおじさんも、みーんな私を好きになる!お金を払ってでも隣を歩きたいんだってさ!ちょっと甘えればすぐに落ちるんだ。
いいよ、私別に好きな奴とか居ないし、いくらでも遊んであげる。
楽しい事してお金が貰えるなんて最高!
そして沢山の男と付き合って、醜いものは徹底的にバカにして生きて、だけどだんだんとおばさんになっちゃって。
「ババアが調子ン乗ってんじゃねーぞ!」
ちょっと遊んだつもりだった若い男の子に、殺された。
ババアって何だよテメーだって乗り気でハマってたじゃねーかクソガキ!
そうしてクズビッチだった私は死んで、知らない世界で平民の娘として生まれた事に気付いた。
思い出してからはもう、もちろん前世の男を落とすテクを駆使して、私を蔑んだ目で見てた男は居なくなった。その代わり、女からは凄く睨まれたけど。
記憶を取り戻してからちょっと経った頃、女手1つで私を育ててくれたお母さんが死んだ。
どうやって生きてこうかなと思っていたら私の元に男爵家からの迎えが来た。なんかお母さん、男爵と出来ててその結果生まれたのが私だったんだってさ。男爵の母親が他国の人間で白い髪をしていて、かくせいいでん?ってやつらしくてそれも親子の証拠だって。
そうして私は男爵令嬢!平民生活からお貴族さまってのになって、綺麗な洋服は着れるし美味しいご飯が食べれるようになった。
男爵令嬢になってから、聖女の……なんだっけ、難しい言葉だったから忘れちゃったけど、聖女のテストみたいなものを受けさせられた。なんか水の入ったお盆に手をかざすと聖女かどうか分かるんだってさ。
私はそこで、聖女に選ばれた。
魔獣とか魔物が居る世界だから、聖女って大事なんだって。
でもさぁ…
この世界、クソなんじゃないの?前世でビッチとか言われた女が聖女とか世も末って感じ。
**********
「殿下、本当に私との婚約を破棄し、そちらのクロッカ男爵令嬢と新たな婚約を結ばれる……それでよろしいのですね?」
ウェンディはこの婚約破棄を撤回させたいのか、ジャンにそう聞いてきた。
何言ってんだこの女、そうだって言ってるじゃない。
「ごめんなさいウェンディ様!ジャンは私の方がウェンディ様より好きになってしまいましたが、ジャンの事は責めないでください…」
ほんの少しだけウェンディに瞳をうるっとさせて言えば、ジャンは「私の事を心配してくれるのか」なんて嬉しそうに言う。
本当にチョロいなぁこの王子様、今ジャンにうるうるした訳じゃないのに…!こんなんでこの国大丈夫なの?……私も人の事言える立場じゃないけどさ。
ジャンに私が何かするといつだって嬉しそうに笑うんだけど、その顔が凄く良い顔なのよね……そしてその顔につい私も緩むから…。
「かしこまりました、もうこのような場で宣言された以上、書類上は婚約が続いていたとしてももう婚約破棄は決定事項でしょう」
「ふん!分かればそれでいいんだ!」
「ジャン、これでずっと一緒に居れるのね!」
ウェンディとジャンの婚約が破棄された今、私はもう幸せの絶頂だった。
だって王子様……ジャンとの婚約よ?結婚するのよ?玉の輿どころじゃないわ!
顔も良くて優しくて、そんな人と結婚出来るのに不幸な事なんて何もない。
私はジャンに抱き着いて喜んだわ。
「ああ、そういえば殿下」
「なんだ」
「クロッカ男爵令嬢……聖女と呼ばれているスミラ様は全く聖女としての力が目覚めていないそうなのに、国王陛下が聖女として婚約を認めてくださるのでしょうか」
余計な事言ってんじゃないわよこのクソ女!
私はウェンディを睨み付けた。
**********
聖女として選ばれた私は聖女の修行みたいなのをさせられた。
けど、そんな清らか〜な技、使える訳がないんだわ。だってクソビッチだし。あ、今回の人生ではまだ綺麗だけどさ。聖女に選ばれてからは男誑かしてないし。
それでも一応貴族の令嬢だし、聖女だし、王子様も通うってゆう学園に入学した。
入ってそうそうに王子様と会った私は、「マジイケメンじゃん」って感想しか出なかった。
「君がクロッカ男爵家の……聖女に選ばれたというスミラ嬢か」
「え、うん……じゃない、そうです。まだ聖女の力使えないですけど」
礼儀作法は一応叩き込まれたけど、王子様に使う言葉遣いはすぐには出てこなかった。
「そう畏まらなくても良い。ここは学園、皆平等の場なのだから」
「ありがとうございます…?」
王子様は私をじっと見て、面白そうに笑う。
その笑い方は、昔見た事があるような笑顔で。見た目で近寄って来た男たちの笑いとは違う、嫌な笑い方じゃない笑い。初対面で作り笑いではない好感度の高い笑顔を向ける男……出来る…!
「私の側には畏まる人間しか居ないからなかなか面白いな、スミラ嬢は」
「はあ…」
「良かったら友達として仲良くしてもらえると嬉しい。言葉遣いも崩してくれても構わないから」
そう手を差し出して来た王子様の手を、私は「喜んで」と笑って握手した。
**********
「スミラの聖なる力が目覚めていないとしても、彼女は聖女として選ばれたのだから問題無い」
「そうですか、余計な口出しを失礼致しました。ああ、それと殿下?」
「まだ何かあるのか!」
「こちらを」
ウェンディがどこからかやって来た従僕から受け取った紙の束をジャンに渡した。
何あれ?
「これ、は…」
「スミラ様を虐めたというのなら、もう少し私が犯人だという証拠を集めてからにすべきでしたね」
「ジャン…?」
私はジャンが持つ紙を覗き込む。
そこには、「ウェンディが私を虐めていない証拠」がまとめられてた。
あー…ウェンディじゃない事バレちゃったか。婚約者の立場奪うのにウェンディのせいにしただけだったし、バレるかー。
ウェンディ以外の生徒たちが私の教科書を捨てたり、私を囲んで文句を言ってきた事とかがまとめられてて、「そういやこんな事あったな」って感じだけど。
「……だが、これはウィーリアス公爵家と親しい者たちではないか。なら責任はウィーリアス公爵家にある!」
それでもまだウェンディが悪いって言うジャンは、どういう気持ちでそれ言ってるの?私が嘘なんてつくはず無いって気持ち?それとも本気で責任公爵家にあると思ってるのかどっち?
嬉しいからいいんだけどさ。
**********
「王太子殿下にはウェンディ・ウィーリアス公爵令嬢という素敵な婚約者が居るの、平民上がりのくせにあなた馴れ馴れしくってよ?」
学園の裏庭で、私は女生徒たちに囲まれてた。
どの世界も女って連れ立って1人を攻撃するのが得意なのかしら。やだわぁ怖い怖い。
「聞いてるの!?」
「殿下にそれ、言えば?だって殿下は私が平民上がりの聖女だから親切にしてくれてるだけだし」
「はあ?だからその親切に甘えるのをやめなさいって言ってるの!」
「ならそれ殿下に言えよ不細工たち」
「な、な…!?あなたご自身のお家がどうなってもよろしいのかしら!?」
あ、やべつい口が滑った。
まあいいや、続けちゃうか。
だって王子様、多分この人たちが文句言ってきても怒りはしないのに何故か私に言うんだもん。
「大勢で身分が下の人間取り囲んで思い通りにならなきゃ脅すのが貴族のマナーだったんだ、知らなかったぁ!今度殿下に貴族のマナーに慣れたかって聞かれたら新しいマナー覚えましたって伝えとかないと!」
私がそう言うといきなり青い顔をして私を囲んでた女生徒たちは去って行った。……1人を除いて。
「何?まだ言いたい事があるの?」
「………私、不細工なのよね」
「え?ああうん不細工だと思う」
肌の汚い同じクラスの女子だった。
確か名前は、マリー。
それにしても本当に肌汚いわな、目の下にはクマあるし、髪もパッサパサだし。
「どうしたらあなたみたいに綺麗になれるのかしらね……ドレスでいくら着飾っても上手くいかないの」
「当たり前じゃん、いくら入れ物が綺麗でも中身がクッソ不味いお菓子じゃ意味ないっての」
パッケージ詐欺もいいとこじゃんそんなん。
中身努力しろよっての。
「とりあえず夜更かしやめたら?目の下のクマくらいはマシになるでしょ」
夜更かししてると歳取ってから酷い事になるもんね、夜更かしは良くないわ。
それから何故かマリーには普段化粧には何を使ってるか聞かれた。
答えはするけど、人によって合う合わないあるから意味ないのに。
**********
「殿下は本当に、判断力というものが著しく低下してしまったのですね、嘆かわしい…」
このクソ女、ジャンの事バカにし始めた。
ふざけんな、ジャンは私なんかよりずっと頭が良くて、前世で会った男たちよりも丁寧に私を扱ってくれる王子様なのに。
私はずっとウェンディを睨んでるけど、全く気にしてないみたいだった。
「そろそろかしら……殿下は愛らしい外見であれば中身はどうでもいいようですが、殿下以外はそうではないのですよ。私も殿下に公爵令嬢ではなく、私という中身を見て頂く努力をすべきでした」
このクソ女、勘違いしてる。
ジャンは私の外見について触れた事なんて1回もなかった。見た目が可愛いとか言ってくれた事はない。それはそれでどうかと思うけど!
それにこの女だって、ジャンの事、王子様としてしか見てない。ジャン自身の事は見てなかったクセに。
**********
「王子様、お疲れ?」
私は真面目じゃないから、時々授業をサボったりしてた。
この間から私はちょっと機嫌が悪い。お父さんとお義母さんの間に子供が出来たって聞いたから。男の子だったらもう私は用無しになるわね。聖女の力も目覚めてないし。
そんな機嫌が悪い私が普通に授業になんて出る訳ない。
裏庭には大きな木があって、その下だと廊下の窓からも教室の窓からも見えないのは確認済み……つまり、絶好のサボりスポットだ。
そんなサボりスポットに行くと先客に王子様がいた。
「スミラ嬢……授業は…」
「お互い様じゃない?それとも王子様はサボりじゃないの?」
「サボ……いや、まあそうだな……私もサボりだ」
王子様は苦笑いしてたけど、イケメンって苦笑いもイケメンなんだなーとか私は思った。
木に寄っかかる王子様の隣で、私も木に寄っかかる。そしてスカートのポケットから取り出したのは。
「じゃじゃん、こっそり家からくすねてきたクッキー!」
「くすね…?それはどういう意味だろう」
「こっそり頂いたって事!食べる?これ、美味しいの」
自分でもだいぶ砕けた口調だなって思うけど、王子様がそっちのがいいって言うんだからいいんだと思う。
どうせ上辺だけ取り繕ってもすぐにバレるんだし、最初からこれでいいや。
だって王子様とか、さすがに猫被って取り入っても結婚とか息苦しそうだし、いくらお金があってもねぇ?なら、猫被らずこのまま友達としてタメ口でダラダラ話す方が良くない?たまーに王子様、なんかくれたりするし。人気パティスリーのお菓子とか最高だった。
「頂こうかな」
「食べな食べな、疲れた時には甘いモノってよく言うし」
晴れた空の下、木の陰で王子様とダラダラとお菓子を食べながら雑談タイム。
王子様って案外庶民的なのか、喋りやすい。猫被らなくていいし尚更かも。
こんな風にサボってお菓子食べる王子様とか、想像つかないもんね。
「疲れてる、か……そうだな、フォンテス……弟に追い抜かれないようにと気を張り過ぎていたのかもしれない」
「王子様、もっと息抜きしたら?私も猫被ってる状態続くと疲れるし、王子様だって王子様被ってる時疲れてんじゃない?」
チヤホヤされるのは好きだけど、年中無休の猫被りは疲れるから狙ってない男とか女の前だと、男を落とす為のあれこれはしなかった。
してないと「クソ女」とか言われるけど知らね。何とも思ってない奴らにんな事言われてもノーダメージだし。
「スミラ嬢」
「んー?」
「なら、君の前では王子様被らないでいるから名前で呼んでくれないか」
「名前?王子様の名前って……ジャン?」
「……思ったより嬉しいものだな、名前で呼ばれるというのは」
王子様を剥ぎ取った王子様、もといジャンは照れたように笑ってて、「キラキラ王子様モードじゃなくてもモテそう」なんて私は思う。
ジャンは他の人と違って見た目とか聖女だからとかで私と話してる訳でも無さそうだし。
素のジャンと一緒に授業をサボって過ごす時間は、今までの人生で一番心地良かった。
**********
「息子の姿を見に来たら、なんと醜態を見る事になるとはな」
会場内に響いたよく通る声。
それはこの国の誰もが知ってる人、国王陛下の声だった。隣には王妃様も居る。
王様って初めて見たけどジャンとちょっとだけ似てる。ジャンも歳とったらこういう感じになるのかな。
「父上!私は聖女であるスミラと新たな婚約を…」
「黙れこの馬鹿息子!!!」
王様はジャンを怒鳴りつけて、大きなため息をついた。
「最近のお前は授業に出ない時があったらしいな」
「……卒業は出来ました」
「婚約者であるウェンディにも冷たいらしいじゃないか」
「それは元よりお互い様です。元々家の都合での政略結婚、お互いに愛などなかった!」
ジャンの言葉に一瞬、ほんの一瞬だけ、ウェンディの表情が変わったのを見ちゃった。
………だったらちゃんと伝えれば良かったのに。伝えないでフラれてから後悔するなんて、バカみたい。
「いいか、馬鹿息子よ。お前のような婚約者の事も思いやれない者が民を思いやれる訳が無い!何よりこのような場で、建国時から我々王家を支えてくれている公爵家の令嬢を貶すというその行為、王家の者として許される事では無い!」
「父上…」
「元より、お前とフォンテスには差は無かった……何が言いたいか分かるか」
「……そんな……」
「そしてスミラ・クロッカ男爵令嬢!聖女に選ばれながら婚約者のある者に懸想し近付くなど、貴族令嬢としてあるまじき行為だ」
けそう…?……ああ、好きになったって事か。
凄い勘違いしてる気がする王様、私がジャンを好きになって近付いたんじゃないのに。
「父上…!スミラに近付いたのは私です!どうか……どうかスミラには何も……彼女は何も悪い事などしていないのです!」
……ジャンは本当に優しい。優し過ぎるって私は思う。
私みたいに汚い所が沢山あれば良かったのに。
「息子の最後の願いとして、その件については聞き届けたいが……ウェンディ嬢を陥れようとした事だけは看過出来ない、公爵家へスミラ嬢の処遇について問うとしよう」
「でしたら陛下、私から1つお願いがございます」
「ウェンディ嬢、言ってみなさい」
ウェンディは私を見てから王様に言う。
「スミラ様の頬を2発程、ぶたせていただいても?私はそれで十分です。父たちも私の気が済むならと言ってくださるでしょう」
「しかしそれではあまりにも軽過ぎるのではないか」
「いいえ、結局私は陥れられていません。それに、殿下の気持ちを私へ繋ぎ留める事が出来なかった事、殿下の最後の願いという事……そういった点からも、これでいいのです」
わぁ、すっごい笑顔!
そんなに私の事殴りたかったのかぁ、殴り返しちゃダメかしらこれ。
「そういう事なら分かった、それで手を打とう」
「では、スミラ様?」
満面の笑顔のウェンディを前に、私は歯を食い縛る。
そして
「ッ!!」
バチンという乾いた音と一緒に左頬に伝わる衝撃。
「続けて2発目参ります」
「ングェっ!!?」
「何て言ったかしらこういう事……思い出しました、確か平民の間では『ざまぁ』、って言うらしいですね。ざまぁ!」
おい待てコラ2発目も左頬の上に右ストレート打ってくるとか思わないでしょ普通!!清々しい笑顔浮かべてんじゃないわよ!
私は床に倒れ込み、そこに駆け付けてくれたのは。
「スミラ…!大丈夫……ではないな、すまない…!」
「……だいじょぶ、そんな、かお、しないで」
口ん中切ってるなぁこれ。それに絶対今顔不細工だ。こんな顔ジャンに見られたくないし、ジャンの悲しそうな顔も見たくはないかな。
ジャンは私を抱き締めてくれて、他の人から見えないようにしてくれた。
「馬鹿な息子だ。ジャン、お前を廃嫡し、ヴェルデア辺境伯の元へ送る。もう二度と会う事は無いだろう」
ヴェルデア辺境伯……って事は国の一番北にあるっていう、ド田舎に……ジャンが?
そんなのって…
「スミラ、君との別れは悲しいけれど、どうか……君が幸せである事を願うよ」
私とジャンは、そうして別れる事になった。
**********
「葬式とはいえ、誰も来ないなんて」
私は前世の世界でふわふわ浮いていた。
自分のお葬式が開かれてるらしいけど、親以外は誰もいない。
そりゃあそうだ、だって私は外見だけで、友達なんて居なかったんだから。
母親が嘆いてるのを見てほんの少しだけ罪悪感。
でも…
「あの……お焼香を…」
2人の女が私のお葬式に来てくれたらしい。
誰?あの女たち。
「変に気を遣われるより臭いって言ってくれたの、案外嫌じゃなかったよ。他のクラスメイトたちも馬鹿にしながらだけど制汗剤とか汗ふきシートくれたし、ある意味助かった。体臭気を付けるようになったし」
え、デブ?マジで?痩せてんじゃん!普通に人に見える!
「ブスだの肌汚いだの言われたから、肌ケアするようになったわ。ある意味アンタのおかげで今の美肌があるから来てやったわよ」
ブス!!?え、めちゃくちゃ美肌じゃん何それツルツル!本当に同い年!!?
バカにしてた同級生たちは哀れみでも、お葬式に来てくれたらしい。
なら、最期に見送ってくれたの、親だけじゃないんだ。幸せな人生だったのかもね、私。
##########
「元王子様のクセにわりとやるじゃねーかお前!」
ヴァン・ヴェルデア辺境伯は、私が仕留めた魔獣を見て言った。
やるじゃねーかと言われても、雪の中で私の仕留めた魔獣の3倍はある魔獣の解体してる辺境伯に言われても…。
「んな顔すんなって!お前も俺みたくガンガンでけーの仕留められるようになるっての!第一怪我もなく仕留めてる時点でいい腕してんぞ!」
ヴェルデア辺境伯――ヴァンと呼べと言われるのでヴァンと呼ぶ事にしているが、彼はかなり豪快な人物だった。
その豪快さ故に30になるが結婚もしておらず、1人この辺境で部下たちと共に魔獣を仕留め続けている。
一応婚約自体は何度か結ばれるものの、いざこの辺境伯領に来ると婚約者から断りの旨を言い渡されるそうだ。近々新たな婚約者が来るというが、本人は「また逃げたらそん時ゃジャン、お前にあとは任せた!」などと笑う。
婚約者となった人間が逃げ出すのも仕方ない。雪の時期が長く作物も育ちにくい地域で、かつ魔獣も多く育った作物さえ荒らされてしまう、それがこの辺境なのだから。
そんな中でヴァンは「やりたい放題出来て楽しいぜ?」と不満を見せるでもなく生きていて……私はその姿が眩しかった。
体格も良く、無精髭がかなりの頻度で放置されているが男前なこの男を、私は尊敬している。
そしてその尊敬している男が何故か突然目を凝らし始めた。
「ヴァン?魔獣か?」
「ありゃあ……魔獣ではなく………は?いやいやおいおい待て待て!?」
「ヴァン!?」
ヴァンが慌てて駆けて行き、私もその後を追う。
そこで見たのは…
「っ、邪魔を!!すんじゃねーぞぉぉぉぉぉ!!!!」
2人組の女性のうち1人の女性が雪玉を思い切り魔獣にぶつけ、石が当たった魔獣がその場に倒れる光景だった。
そしてその女性は…
「スミラ!?」
「ジャン!久しぶりー!元気そうで何より!」
雪が降る中、雪景色に溶けてしまいそうな彼女の髪と優しい笑み浮かべる紫の瞳が、何よりも美しくて。
私はスミラの元へ駆け、彼女を抱き締める。
「何故……こんな所に!」
「友達が辺境伯の婚約者になったから、ついでに侍女として雇ってもらえないかと思って」
「友達…?」
スミラと共に来たという女性へ目をやると、彼女は戸惑いながらもカーテシーをしてみせた。
「ヴァン・ヴェルデア辺境伯、そしてジャン様。この度、ハーデリア伯爵家より参りましたマリーと申します…」
「お、新しい婚約者のマリー嬢か!何もない所だがゆっくりしてけ!嫌かもしれんがな!」
マリー・ハーデリア伯爵令嬢…?
ハーデリア伯爵令嬢というと……
「……しばらく見ないうちに美しさに磨きが掛かったようだ」
「スミラが……夜更かしやめなさいって、野菜も食べなさいとか色々言ってくれて、その通りにしたら…」
「規則正しい生活と食生活だけでこんなに可愛くなるんだから、元々マリーは美人なのよ。胸張ったら?」
学園ではいつも俯いていたマリー嬢は、今はしっかり顔を上げていた。
髪もいつだってきつく三つ編みに束ねられていたものが今は下ろされ、こんなに綺麗な髪をしていたのかと思った。
「……ジャン、マリーに惚れた?」
「君を見た瞬間に美しいと思って抱き締めてしまったというのに、スミラは私がそのような男とでも?」
「うん。婚約者捨てて私に乗り換えるような男だと思ってるし」
「………」
何も言えない。何も、言えない…。
私が沈黙していると、スミラが話し始めた。
「そうだ聞いてよ!酷いのよ御者の人!マリーが……伯爵令嬢がよ?婚約者の元へ行くっていうのに『この先は魔獣が多いから行けない』って……まさかの令嬢2人をこの雪山に置き去りよ!?馬鹿じゃないの!?本っ当に酷かったわ!」
「それはすまんな、えっと、スミラ嬢だったか?この辺はあまり街道も整備されてないしで来たがる人間が居ないからなぁ……魔獣もよく出るってのに無事で何よりだ」
「そうだ、スミラ!さっき君、魔獣を…」
私の言葉に彼女はふふんと笑って。
「聖女舐めんな」
**********
「来て早々魔獣と出くわすとか信じらんない」
弟が生まれて、聖女の力も使えないから居場所も無い私は、何故か本人曰く「友達」だというマリーが辺境伯と婚約した事を聞いて、辺境伯領へ行くのに着いて行く事にした。
そんな中、途中で馬車から下ろされて御者に置いていかれて、マリーと一緒に雪山の中。
遭難したらどうすんだふざけんな、常識的に考えてマジで有り得ない。
戻ろうにも馬車は行っちゃったし、御者曰く「真っ直ぐ行きゃあすぐに着く」とか言うからとにかく進むしかなかった。
私は一応平民上がり、前世も庶民だし多少の逞しさはあると思いたいけど、生粋の貴族令嬢のマリーは魔獣に怯えてるのでは……と思って隣を見れば。
「魔獣って案外怖い見た目してないのね!あんなのを倒したりするなんて、きっとヴェルデア辺境伯ってかなりお強いんだわ…!」
ものすっごく目がキラキラしてた。
正直、裏庭で囲まれた時とか肌も汚いし不細工って思ってたけど、私が言った事をバカ正直に実行しただけでマリーは随分綺麗になったと思う。性格も前向きになったし。キラキラした目のマリーは可愛い。
ちゃんと手入れするだけでこんなに可愛くなるマリーはいわゆる原石ってやつだったのかもね。私も含めてそれに気付かないバカが多かったから婚約者が居なかったんだけど、前向きになったマリーは「同世代の人には馬鹿にされてたから歳上の婚約者とかだったらいいな」と、いわゆる婚活を始めた。
で、辺境伯が未婚という事で名乗りを上げ、今回婚約が結ばれたんだけど。
「マリー、とりあえず逃げないと死ぬから」
「そうね、死んでも結婚出来るならまだしも結婚出来なくなるものね」
「……本当に逞しくなったわねアンタ」
そうして雪に足を取られながら全力で逃げようとするも追い詰められ、せめてもの抵抗に雪玉を作ってぶつけてやろうと思った。
私は……出来たらジャンに会いたいけど、おまけだから。
マリーだけでも辺境伯の所に……ジャンに出来たら会いたいけどね!
迫ってくる魔獣に思い切りぶん投げた。
「わぁ!スミラ凄い当たった!」
「言ってる場合じゃなくて逃げ……うん?」
自分でもナイスコントロール!とか思ってたけど。
雪玉が当たった魔獣は倒れてた。
雪玉って、中に石入れてなくてもそんなに攻撃力あるの?私怪力とかじゃないけど?
「何で…?」
「何でって……聖女だからじゃないの?」
「え。私力使えないのに?」
「命が危ないと力に目覚めるって本ではよくある事だし」
そう言われて、私は聖女の修行の時の事を思い出してみた。
力のコントロールの仕方とかあった気がする……どうやるんだっけ…。
ああでもないこうでもないと1人でしてると、マリーが楽しそうに言う。
「スミラ、ジャン様に会いたいって愛の力で目覚めたんだよきっと」
「……愛なんかじゃないっての。顔が良くて都合のいい男だったから会いに行くだけで」
「うんうんそういう事にしとこうね」
そんなやりとりをしながら進んで、何度か魔獣に遭遇しながらも雪玉ぶん投げて倒してを繰り返していたら。
ちょっと逞しくなって、男前度上がってるし。
**********
ヴェルデア辺境伯に連れられてやって来た砦で、私とジャンは2人きり。
何故かマリーと辺境伯に「お2人でごゆっくり」とか笑われて、凄く気が合いそうだなこの2人とか思った。
「えっと……スミラ。いくらマリー嬢に着いて来るにしても危ないし、聖女といえど…」
「……ついでに、ジャンに会おうと思ったの。ついでよ、ついで」
「ついででも嬉しく思ってしまうのは、私がまだスミラの事を好きだからなんだろうな」
ド直球に言うんだもんなぁこの元王子様…!
今思うと、裏庭でサボってた時も「スミラ、君が好きだ」って言ってたもんね。婚約者居るのは知ってたけど前世も相手が居ようが男が勝手に貢いでくるしって気にしてなかったから、特に何も思わず受け入れてたけど。
……でも、途中から「私が婚約者だったら」とか思ってたのは。
「けれどスミラ、私は君に隣に居て欲しいなどと言えない。きっと君は、地位も財も何も無い私に興味無いだろう」
「………大変不快」
「スミラ?」
「好きとか言いながら、私がそういうのしか見てない女だと思ってたんだ」
まあ確かに私は前世からバカでクズでビッチだったけど。
そういうの、好きだったけどさ。
でも、ちゃんと「この人が好きだ」と思った人にそう思われるのは、悲しい。
そんな人生を送ってきた自分が悪いって分かってるけどさ。それでも、イヤだって思っちゃって。
泣きそうになるけど、好きな人の前で女の武器使うのはイヤだ。
「私は……王子様被ってないジャンと過ごした時間のが長かった」
「……ああ」
「王子様のジャンなんて、初めて会った時の事くらいしか知らないし」
「そうだったな」
「だから、別にジャンが王子様だろうが王子様じゃなかろうが、どうでもいいの」
どうでもいいからこんな所まで来たの。
「ずっと、言わなくてごめんなさい」
だってこの言葉は、今まで沢山の男に言ってきて、自分の都合のいいようにしてきたから、本当の言葉は簡単に言いたくなかった。
「ジャン、好き。好きだから、一緒に居たい」
私は自分がろくでもない人間だって事を、ジャンに言う。
だってこのまま、ジャンと居れない。
私の話を聞きながら、ジャンは私を抱き締める。
「私だって、婚約者から他の女性に乗り換えた最低な男だ。今は王子でもない。それでもいいのか」
「王子様じゃないジャンだから、いいの。王太子妃とか王妃とか、私、マナー知らないし面倒臭いの嫌いだもん」
私の言葉に「そういえば礼儀作法苦手だったな」と苦笑いしながら
「ただのジャンである私と、結婚してください」
「聖女だけど、聖女としてでなく、ただのスミラとして愛してくれる?」
「もちろん。スミラ、君自身を愛してる…」
辺境伯領に送られた廃嫡された王太子と、公爵令嬢から王太子を奪った平民上がりの聖女はこうして結ばれたのでした。