【改訂版!!】結婚式の後旦那様は仕事だと言って、披露宴は一人で挨拶をしました。六日後帰ってきた最初の言葉は「出て行ってくれるか?」でした。
私の頭の中にあった世界観を書き足しました。
凄く長くなってしまいました。
貴族の成り立ちを教えてくださる方がいらっしゃいました。
ここは異世界であって、地球のヨーロッパではありません。
地球の貴族の成り立ちとは全く関係ありません。
「すまないが、出て行ってくれるか」
疑問形ではなく命令形で、先の言葉を結婚して六日目の夫に言われてしまいました。
この部屋から出ていけってこと?
この部屋に付いてこいって言ったのだから部屋のことじゃないわよね?離婚のことであっているのかしら?
新婚六日目の夫・・・と言っても、結婚式だけを済ませると、夫となったミラーレスは仕事の都合だ・・・と言って行方をくらまし、それ以降一切の連絡もなかった。
結婚式の後独りになった私は一人で披露宴の挨拶回りをすることになってしまった。
笑顔を顔に貼り付けたまま披露宴を乗り切れた私は自画自賛した。
ミラーレスは帰ってこず、当然初夜も行われるはずもないので、夫の居ない家に勝手に上がり込むのも気が引けたので、実家に帰ろうとしているところを、夫の家の執事とメイド長に両脇を抱えられて、ミラーレスの家に連れ帰られていた。
まさか家から一歩も出してもらえなくなるなんて思ってもいなかった。
この国はまだ誕生したばかりで、世界の中心となる人物に王と言う名称が与えられ、王の側近として力を持つものが侍る世界だった。
王の側近達色々な階級が与えられ、一括りに貴族という名称が与えられた。
その中で力を持つ者、王の親族、王に可愛がられている者達に公爵と言う名称を与えられた。
その下に侯爵位がいて、更にその下に伯爵位が設定された。
公爵以外は力の食い合いで立場がコロコロと変わっていく。
王が『力こそが正義』と言ったために貴族の中での激しい食い合いが起こった。
そして貴族以外の中でも頭角を現してきた者に男爵位、その上に子爵位を与えた。
昨日侯爵だった家が男爵家にまで下がっていたり、男爵が侯爵なることなどざらにあることだった。
王は今一番力のあるダンティス団から王の年齢の釣り合う娘を一人貰い受け第三夫人として丁重に扱った。
王はダンティス団の力を王の手足となるように引き上げた。
ダンティス団には侯爵という名の力を与えて思うがままに使っていたが、いつからか王はダンティス団を恐れるようになっていた。
そしてダンティス団は王すらも恐れなかった。
海では海賊業に精を出し、地上では盗賊をまとめ上げてダンティス団は日に日に大きくなり強者となっていった。
荒くれ者の集まりではあったが、団長に逆らうようなものはいず、結束力はとても強かった。
ダンティス団は貴族は食い潰していくが、本当に弱い者達は守っていた。
ダンティス団はいつしか王よりも人気が出始め、王はいつしか自分が引きずり降ろされる未来を覚悟して、殺されないためにダンティス団の娘に愛される努力を惜しまなかった。
そんな時代にダンティス団の息子、ダスティに気に入られてしまった娘がいた。
その娘の名はカルティアといい、嫁に欲しいと本人にも父親にも伝えたが娘には「父には逆らえないので父を説得してください」とダスティは言われてしまっていた。
父親はダスティに娘を嫁がせると今の王との玉座の取り合いになった時に巻き込まれるのが嫌で、カルティアが十六歳になると直ぐ、元々婚約していた公爵家へと急いで嫁に出すことにした。
結婚式までは普通に執り行われていたのだが、披露宴になってからそこには娘の姿しか見えず、夫となった公爵の姿は披露宴が終わっても見かけることがなかった。
カルティアの父はダンティス団がなにかしたのだとすぐに気がついたが、結婚さえさせてしまえばこちらの勝ちだと思っていた。
カルティアはミラーレスが帰ってこず、お客さん気分が抜けないまま、してもいいことも解らないので、三食昼寝付きの退屈この上ない日々を送っていた。
友人に会おうと出かけようとすると、執事のカールとメイド長のミンティが仁王立ちになり、私を外に出すまいとするので、出かけることは諦めて「人を呼ぶのはかまわないのかしら?」と聞くと、頷かれたので、仕方なく友人達にこちらの家へ来てもらうことにした。
友人達の中で十六歳での結婚第一号の私に興味津々で友人達はやってきた。
「結婚式で行方をくらまして以来、旦那様にお会いしていない」と言うと「まだ処女なのか?!」と聞かれ笑われた。
わたくしだって処女でいたくているわけではないけれど、ミラーレス様が帰ってこないのだから、どうしようもない。
結婚式の日や次の日まではミラーレスを心配していたが、妻に何の連絡もしてこないことに少し腹を立て初めていた。
妻になる覚悟を決めていたものが音を立てて崩れていく。
女は男の所有物なので、妻には夫に逆らう術を持たない。
使えるものは父親の立場だったり、可愛がってくれる人達の力だけだ。
ミラーレスのことを心配するのが馬鹿らしくなる前までは、カールやミンティに旦那様のお帰りの予定を聞いてみたりしていたのだけれど、二人の返答は判で押したように「ご予定は伺っておりませんので解りません」だった。
そして二人共本当に戸惑っているようで、どうすればいいのか誰かに指示してほしいくらいだと戸惑っていた。
「わたくしがしてもいいことを教えてくださる?」
「外出以外なら何でもしていただいて構いません」
「なぜ外出しては駄目なのかしら?ミラーレス様はお好きになさっているのだから、わたくしも好きにしたいわ。一日中何もすることもなく、お茶を飲んで、溜息を吐くだけの人生を送るには、わたくしはまだ二〜三十年、いえ四〜五十年早いと思うのよ」
「勿論、理解しております。旦那様がお帰りになるまで、どうかご辛抱の程をお願い致します」
「いつ帰ってくるのか解らないのよね?」
「申し訳ありません」
真っ白な頭のカールに言われると、それ以上文句が言えなくなって、溜息とともに二人の言うことを聞くしかなかった。
図書室に案内してもらって、読める本を探したけれど、難しい本しかなくて、わたくしが読めそうなのは、絵本くらいしか無かった。
図書室の内容を見て、長く婚約していても相手のことは解らないものなのねと思った。
図書室に並んだ本を見ても楽しめそうにないとため息が漏れた。
「図書館に行きたいのだけれど・・・」
そう言ってみたけれど、やはり認められることはなく「なら、商人に恋物語の本を大量に持ってきてもらって」とお願いすると、商人は本当に大量の恋物語の本を持ってきてくれた。
カールは一体どんな風に頼んだのだろうかと頭を抱えたい。
読んだことのない本を次々と選び、これだけ購入したいと言った時は四十冊近くの本を積み上げていた。
カールとミンティは喜んで本を買ってくれ、その総額を聞いてわたくしの方が「やっぱりいいです・・・」と遠慮してしまうほどだった。
商人は私が選んだ本をすべて置いて、金貨をたっぷりと持ち帰ることになり、わたくしに最高の笑顔を見せて帰っていった。
本のおかげでわたくしの退屈な時間は潰せるようにはなったけれど、ミラーレス様は帰ってこない。
時間を忘れて読書に没頭していると、ミンティに肩を揺さぶられ「旦那様がお帰りになられました」と聞かされて、わたくしはミラーレス様をお迎えに出た。
出迎えたミラーレス様にいきなり「付いて来い」と言われたので、わたくしとカールとミンティが後に続いていくと、応接室に案内されて扉が閉まったと思ったら、冒頭のセリフだった。
「この部屋からの退室を求められているのでしょうか?それとも離婚をお求めと言うことでしょうか?」
「離婚を求めている」
「では、なぜ?とお聞きしても?」
「婚姻関係を結んでいられる状況でなくなった」
「意味が解りません」
「我が家がどうなるか解らない状況下で、幼い妻の相手をしていられないんだ。一旦婚姻を白紙に戻したい」
ちょっと言い方に頭にきたが、わたくしは冷静に取るものをしっかり取る算段に切り替えた。
ふっかけてやるだけふっかけてやるわ。
「でしたら、旦那様のご都合の離婚となります。わたくしに支払われる慰謝料はいかほどになりますか?」
旦那様は、女が慰謝料の話をするとは思っていなかったようで、目を瞬かせたがコホンと態とらしい咳払いをしてから「それ相応のことはしたいと思っているが、どうなるかそれも解らない」とそっぽを向いて答えた。
「現状とはどのような状況下なのでしょうか?」
「君に話すようなことはない」
「そうですか・・・では、申し訳ありませんが、わたくしへの慰謝料が、それ相応ではいくらなのか解りません。我が家が今回の結婚に掛けた費用と、わたくしを披露宴に一人で放置したこと、その後、今日まで放置したこと、その間、監禁されていたこと、十六歳の私の経歴に傷がついたことなど合わせて、わたくしは金貨五百枚を要求いたします。それが支払われた段階で、離婚届にサインいたしましょう」
「金貨五百枚だと!?」
「はい。離婚理由もミラーレス様お一人の都合ですし、わたくしは泣く泣く、それに従うのですから、それくらいは当然でしょう。それで、どういたしましょう?金貨五百枚が支払われるまで、実家に帰っていたいと思っていますが、監禁状態は解除して頂けるのでしょうか?」
「監禁などした覚えはないっ!!」
わたくしが「ミンティ!!」と呼ぶと、カールと二人で、しどろもどろになりながら、ミラーレス様に今日までのことを話した。
「はい、あの、実は・・・旦那様がお帰りになるまで、何がどうなっているのかも解らなかったので、外出していただくわけにはいきませんでしたので・・・」
「ご理解いただけましたか?結婚式すら途中で逃げ出すくらいなら、婚約時に解消してくださればよかったのです。ミラーレス様側にどんな理由があったのかわたくしには解りませんが、ミラーレス様は人として、最低だと思います。わたくしは実家へ帰ってもいいですか?」
「慰謝料諸々のことはバルバラット侯爵と話し合う。だが、大した金額は支払えるとは思わないでくれ」
力なく項垂れているミラーレス様が少し可哀想になった。
「コホン。ちょっとふっかけすぎましたか?ミラーレス様は私と婚約して五年になりますが、どうしてわたくしと結婚することにしたのかその理由も私は聞いておりませんので、今の状況もわたくしには理解できません。ですが、離婚を求められたのならば、別れないでくれとすがりつくような女ではありません。離婚は応じます。後はお父様と話し合ってくださいませ。ではわたくしは荷物をまとめて出ていくことにいたします。本当に短い間でしたが、お世話になりました」
わたくしは父へ「離婚することになった」と使いを出した。
空の荷馬車を十台早急に用意して欲しいとミンティにお願いした。
「そんなに慌ててご準備をなさらなくても・・・」
「二度とここに入れるかどうかも解りません。わたくしの物はすべて持ち帰ります。それとも、わたくし、ここに居座ったほうがいいでしょうか?」
ミンティはどう答えればいいのか、判断がつかないようで、オロオロとしている。
「ミンティ、どうしていいか解らない時は、主人に言われたことを淡々とこなしなさい。今あなたがすべきことは空の荷馬車十台を用意することです」
「・・・かしこまりました」
ミンティが出ていき、カールが「奥様、旦那様の言葉をそのまま受け取らないでくださいませ。どうか、短気は抑えて、旦那様と話し合ってくださいませ」と私にすがりつく。
「わたくしは短気など起こしておりませんよ。至って冷静です。話し合うことをしようとしないのはミラーレス様でしょう?披露宴もほったらかしにされ、『すまない』と言う謝罪から始まる会話なら理解できますが、『出ていけ』という完結した言葉をかけられて、何を話し合えばいいのでしょうか?わたくしを馬鹿にするにも程があります。女にだって感情はあるのですよ。とにかく今直ぐメイド達を集めてください。荷物を纏めなくてはなりません」
「奥様・・・」
「不愉快です。カルティアと呼んでください」
部屋から誰もいなくなってからカルティアは一筋涙をこぼして慌てて拭き取った。
カールは老体に鞭打って旦那様の元へ走る。
「旦那様、奥様にあのような・・・」
「どれだけ温厚な人間でも、結婚式のことだけでも、許せる気にはならんだろう?」
「ですが、まずは謝罪から始めるのが筋だと思いますが・・・バルバラット侯爵もなんと言われるか・・・披露宴のときにも、それはもう凄い怒りようで・・・奥様がバルバラット侯爵を抑えてくださったから、何事もなく終わることができましたが、そうでなければ・・・」
旦那様は、椅子にドサリと大きな音を立てて腰を落とし、頭を抱えて苦悩されていた。
「旦那様、何があったか教えてくださらないと、私も正しい行動が取れません」
「そうだな」
旦那様は椅子の背もたれに体を預け、口を開いた。
「まず、船が三艘行方が解らなくなった。詳細を調べている途中だが、海賊が出現したのだと思われる。もしかしたらカルティア関係かもしれない」
「それは・・・」
「バルバラット侯爵にダンティス団にカルティアが目をつけられているとは聞いていたが、まさか船を三艘も拿捕されるとは思いもよらなかった」
「カルティア様に関わりがあると判明しているのですか?」
「船だけじゃなくて、荷馬車が、あらゆる場所で襲われている。逃げのびた者の話では、かなり大きな集団に襲われたそうだ」
「それは・・・」
「カルティアは実家に戻したら荷が戻ってくるかもしれない。それにカルティアも安全だろう」
「そうで・・・ございますか。でしたら、その事を素直に話すべきだったと思います」
「そうかもしれん・・・だが、もうその段階は過ぎただろう。カルティアを手元においておくと被害が増えるかもしれん」
「旦那様!!今のこの状況下で奥様がこの家から一歩でも外に出たらご実家まで無事に着けないかもしれません?!」
「まさか、カルティアまで狙われるというのか?!」
「なぜ、狙われないと考えられるのでしょうか?全てをお話になるのが一番だと進言させていただきます」
「カルティアを呼べ!!」
「かしこまりました」
カールに旦那様がお呼びですと言われて、今度はミラーレス様の執務室に案内され、ソファーに腰を落ち着け、わたくしはカールが入れたお茶を一口飲んだ。
「さっきは申し訳なかった」
わたくしは片眉だけで不愉快を表し、返答はしない。
「実は、結婚式の日、船が三艘行方不明になっている。多分、海賊だと思われる。そして、我が家の荷馬車が彼方此方で襲われていて、人、荷、全て奪われている」
「それは・・・」
「証拠はないが、ダンティス団の旗を見た者がいるんだ」
わたくしはソファーの背もたれに背を預け、人差し指で唇を軽く叩いた。
「それでしたら、わたくしの責任かもしれませんね」
張り詰めていた糸が切れるような気持ちを味わった。
ミラーレス様はコクリとつばを飲み込む。
「本当にカルティアに関わることなのか?!」
「ダンティス団の旗を見かけたのなら、私のせいでしょう。お父様から何も聞いておりませんか?」
「いや、聞いてはいた」
「そうですか・・・」
ミラーレス様の間抜けな顔を見て、溜飲が少しだけ下がった。
「便箋と封筒を」
カールに上等な便箋を渡されると父に状況を書いて、私が出ることを認める。
封筒に父宛と書き、至急!!と、親展、重要を書いて、カールに渡す。
「直接お父様に渡してください。わたくしはお父様の返答がどうであれ、わたくしは『動く』と伝えてください」
「解りました」
カールが執務室から出て手配をしに行くと、わたくしはミラーレス様に謝罪した。
「申し訳ありませんとわたくしが言うべきでしょう。今回のことはわたくしの結婚に不満があるダスティの犯行だと思います。全て取り戻してまいりますので、ミラーレス様はごゆるりとなさっていてくださいませ。離婚書類を出していただけますか?」
「結婚して直ぐに離婚の準備などしていない!」
「では、至急準備してください。サインいたします」
「はんっ!さっきまで離婚にサインはしないと言って居たのではないかっ!」
「状況が変わりましたので・・・わたくしのことが理由ならばこれ以上被害を増やさないためにも、早々に離婚したほうがいいでしょう」
「・・・解った」
一時間ほど経って、ミンティが「離婚届の用意ができました」と伝えに来る。
執務室へ行き、わたくしがサインすると、ミラーレス様もサインした。
「届け出はわたくしが責任もっていたします」と言って離婚届を受け取る。
わたくしは離婚届を手に立ち上がり「短い間でしたがお世話になりました。それと、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「離婚届を出したら、荷はすべて戻ってくるのか?!」
「絶対のお約束は出来ませんが、ほぼ間違いなく。ただ、この家は弱いと知られてしまいました。今回は引き下がるように説得いたしますが、今後のことは保証できません」
「私は君を妻にする覚悟が足りていなかったのだろうか?」
「わたくしには解りません。ダンティス団が何を考え、何をしようとしているのかも解りません・・・想像は付きますが・・・」
「この家を出て大丈夫なのか?」
「わたくしの身に何かあることなどありえません」
ミラーレス様はため息を吐いて、執務椅子に背を預け、上を向いた。
「わたくしは離婚届を提出しなければなりませんので、これにて失礼いたしますわ」
ミラーレス様はほんの少しの私への情と厄介払いをしてしまいたい思いを表情に乗せていた。
わたくしは少しミラーレス様に笑いかけて「ご安心ください。お望み通り、この後すぐ離婚届を出してまいります」と伝え、その場から退出した。
わたくしは当初の予定通りにわたくしの荷物を全て荷馬車に積み込んだ。勿論、つい先日買ってもらった新しい本ももちろん持って帰る。
ミンティは最後まで「考え直してください。行かないでください」と言ってくれていたけれど、全てはわたくしが原因で起こったことなので、責任はわたくしが取らなくてはならない。
わたくし専用の馬車に乗り込んで短い生活の場を後にした。
実家へ帰る前に、役所へ離婚届を提出する。
あっさりと受理され、わたくしに離婚歴が一つ付いた。
役所を出て二十分程経つと馬車が停止した。
来たのだと解った。
武装した集団が私の馬車の周りを取り囲むのが見える。
一騎が私の馬車に近寄ってくる音が聞こえ、わたくしの馬車の窓がノックされる。
わたくしは不機嫌丸出しの顔で、ドアを開けると、手を差し出されて、馬車から降ろされた。
強引に馬へと乗せられ、わたくしの背後で男が馬にまたがり、わたくしの荷物は実家へと先に戻るように伝えられ、御者達は怯えながら走り去っていった。
わたくしを守るものはここには誰もいない。
いえ、誰よりも強い人が守ってくれている。の間違いかもしれない。
「わたくしが馬に乗るのを嫌うのを知っていて、馬に乗せるダスティが嫌いだわ」
「俺に黙って結婚しようとするカルティアに腹が立って、仕方がない。俺はこの感情をどうしたらいいのか解らないね」
「結婚はお父様の命令よ。わたくしにどうにかできるようなものではないわ。それに結婚してはいけないとあなたに言われなかったわ!」
「言わずとも解っていただろう?」
「・・・解っていたわ。けれどわたくしはダスティに出会うずっと前から婚約していたのよ。それを許していたじゃない!」
「許していたか?」
「何も言わなかったわ!!」
わたくしは背後を振り返ってダスティの顔を見る。
「ミラーレス様から奪った荷と人を解放して!!」
「今回はカルティアの望み通りに」
「お父様に追い回されるわよ」
「覚悟の上だ。それにお父上は弱い」
「愚かな男。女なんかのためにこんな事をして笑われるわよ」
「力を示すから問題ない」
ダスティは声を上げて嬉しそうに笑った。
カルティアがダスティと初めて会ったのは十三歳の夏休みのことだった。
ミラーレス様は仕事があって、私達より一週間ほど早く帰っていた。
父が私専用の馬車を仕立ててくれたのが嬉しくて、専用馬車での初めての旅行を楽しんでいるときだった。
わたくしの荷だけでも何台にも連なる馬車が、騎乗の男達に取り囲まれ、馬が嘶いて急停車したことで荷物を狙った強盗だと直ぐに理解した。
わたくしは馬車の内側から鍵をかけて、中が見えないようにして、床板をいつでもはずせるように準備していた。
わたくしのメイドの悲鳴が聞こえ、わたくしの馬車をノックされた。
「開けないと、大変なことになるけどいいのかい?」
わたくしは全てを無視して馬車に閉じこもっていた。
そうするようにと父や護衛騎士たちに教わっていたから。
メイドの悲鳴はどんどん大きくなりわたくしは耐えられず、諦めと共に内側の鍵を開け、馬車から降りた。
「何だ、残念!まだお子様だよ」と笑われ「メイドを離して」と言うと「気が強いお嬢様だね」と下卑た笑いが彼方此方から聞こえた。
この盗賊は今、泣く子も黙ると言われているダンティス団だと直ぐに解った。
強盗をするのに、旗を上げているのは力を誇示しているからだ。
下品な色んな言葉が聞こえたけれど、わたくしはその中のリーダーだと思わしき一人の男を見ていた。
「お嬢ちゃんはどうしてさっきからずっと俺を見ているんだ?」
「あなたが頭目でしょう?見れば解るわ」
「へぇ〜〜・・・」
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「バルバラット侯爵が娘、カルティアです」
「侯爵の娘か・・・」
「大物を引き当てましたね!!」
男達の喜ぶ声に恐怖を感じる。
「あら?ダンティス団は人身売買だけはしないと思っていましたが、わたくしの勘違いだったようですね。がっかりです」
膝が震えるのを必死でこらえる。
「このアマっ!!」
近くに居た男に胸ぐらをつかまれ、持ち上げられる。
体が小さめのわたくしは簡単に男に持ち上げられてしまう。
わたくしはそれでも視線だけは、この中で一番力ある者だと思う男から目を離さずに睨み続けた。
「気の強いお嬢さんだね。ちょっと気に入っちゃったよ。お嬢ちゃんの言う通り、俺がダンティス団の頭目の息子のダスティだ。以後よろしくな」
「今後お付き合いすることはないと思いますが?!」
剣の鞘でわたくしの胸ぐらを掴んでいた男の手を離させ、わたくしの正面に立つ。
「荷物を全て奪え。人は要らない」
男達は手慣れたように馬車から人を降ろして、捕縛していき、手近にある木にくくりつけていく。
「カルティア嬢、俺に付き合ってくださいよ」
「わたくしは忙しいから付き合う暇はありません」
「まぁ、そう言うなよ。隠れ家に連れて行ってやるから」
わたくしはダスティと名乗った男の馬の前に乗せられ、メイドや従者に「お嬢様!!お嬢様を連れて行かないで」等の言葉を聞きながら目隠しをされ、隠れ家と言われた場所に連れて行かれた。
そこは大きめの山小屋の一つで、時間的に考えても、バール山の中腹にある山小屋の一つだろうと当たりをつけた。
「わたくしを連れてきてどうするつもりなの?」
「ちょっとしたデートのお誘いだよ」
「デートとは両方の合意があってこそだと思っていたわ」
男達は私の馬車の荷をバラしていき、積み替えている。
ダスティはわたくしの手を引いて、山小屋より高い場所へ歩いて案内する。
「どうだ?いい景色だろう?」
「ええ。ここがどこか解ったわ」
「凄いね」
「わたくしの別荘が見えているもの。元々狙いを付けていたのね」
「大当たり。でも助けてやったんだぜ」
この世界にはまだあまり知られていない双眼鏡を手渡され覗き込むと、わたくしの部屋の小物まで見通すことができた。
わたくしは忌々しい気持ちになりながら、ダスティを見上げる。
「護衛の数が少なすぎる。俺達じゃなければ、女は娼館に売られて、男は奴隷落ちになっている。カルティアはまぁ、暫く仲間内で楽しんだ後、やっぱり娼館落ちか、身代金を巻き上げられるのが落ちだな。自分を守りたければ、護衛は十五人以上付けるべきだったな」
「子供を襲うお馬鹿が居るとは思いもしなかったのよ」
「お前はもう、子供じゃ済まない歳になっていると気がつくべきだな。それと、自分の値打ちもな」
ダスティはわたくしの腰を背後から抱き、双眼鏡で覗けといって、別の方角を指す。
私が止まっていた別荘の三軒隣が襲われている最中だった。
「助けなければっ!!」
「そんな義理、俺にはないな。弱いものは淘汰される。弱くても価値があれば守ってやってもいい」
双眼鏡でも、人が斬られているのが解る。
「力こそ正義だ。王様が言ったんだから間違いない。命が惜しければ、護衛でしっかり身を固めることだ。俺達はここから眺めて、的をお前に絞ったが今襲っている奴らはリール団、人身売買から、人を殺して遊ぶことまでが好きな奴らだ。俺からしたら殺してどうするんだとおもうけどな。カルティア俺だったことに感謝することだな」
「襲われたのに、感謝などしたりしないわ」
ダスティは快活に笑って「目隠ししても怖がらなかったところも 気に入った」と背後から抱きしめられた。
抱きしめられるなんて、ミラーレス様にもされたことのないことで、わたくしはこの後どうなるのかと震え上がった。
「男を恐れろ。身を守ることを人任せにするな。自分でもちゃんと考えるんだ。いいな?解ったか?」
わたくしは無言で何度も頷いた。
わたくしは山小屋の中に閉じ込められ「そのうち助けが来るように手配してやる。二〜三日ここでのんびりするといい」
「わたくしがあなた達に連れ去られたことで、もうまともな嫁ぎ先も見つからないと解って言っているのかしら?」
「当然解っているさ。カルティアの結婚相手は俺だと思っていればいい」
「お断りです。わたくしは盗賊になんかなったりしないわ」
「誰に嫁いでも俺の元に来るしかないように手配してやる」
「どうしてわたくしを?!」
「今はまだ子供だが、後三〜四年もすればいい女に育つだろう?だから予約だよ。傷物では誰も貰ってくれないんだろう?」
望遠鏡に移る景色の中に動く人は誰も居なくなった。
外から鍵をかけられて出られないようにされて、山小屋に閉じ込められてしまった。
わたくしが好む恋物語の新作が六冊置かれていて、時間つぶしの刺繍道具まで置かれている。ここでゆっくりしろということらしい。
窓は開かないように細工されていてどの窓も開けられない。
食べ物、水もたっぷり用意されている。ただ外に出られないだけ。
わたくしから奪った荷物からわたくしの着替えも用意されていて、お風呂も魔石に触れるとお湯が出るようになっていた。
わたくしは外に出ることを諦め、刺繍をして、飽きたら本を読んで、また飽きたら刺繍をして迎えが来るのを待っていた。
馬のいななきが聞こえ窓の外に目をやると、父が騎士を引き連れてやってきた。
「お父様、来るのが遅いわ。退屈で死にそうだったわ」
わたくしと父の気持ちの落差は想像がついたが、わたくしはただ退屈だっただけだった。
父に抱きしめられ、ホッと息をつく。
「お父様、ご心配おかけして申し訳ありません。わたくしは何事もなく、ここに閉じ込められていただけなので、ご安心ください。それより。わたくし達が居た別荘の周辺が強盗に襲われたのを知っておられますか?」
「なに?」
「ここから双眼鏡があれば見えるんですが我が家の別荘以外、襲われて殺されています。そちらの手配もお願いします」
「それを見ていたのか?!」
「いえ、わたくし達も襲われるところだったのをダンティス団の頭目に気に入られてしまって、わたくしは助けられたようです。わたくしを守るには護衛が足りないそうです。これからはしっかり周りを固めろと言われました」
「何もされていないのか?」
「当然です。そんなことになれば、生きては居ません」
「そうか・・・良かった」
強くお父様に抱きしめられる。
「ダンティス団に助けられていなければ、ひどい目にあっていたと思います。悔しいですけれど、わたくしはダンティス団に守られました」
「そうか・・・」
「わたくしを嫁にしたいそうです」
「そんなことは認めんぞっ!!」
私は父の顔をじっと見た。
「お父様、わたくしを守りきれますか?」
父は答えに窮した。
わたくし達が過ごした別荘地は全て荒らされ、周辺の別荘にいた男と年のいった女は殺されていて、あらゆる物が盗まれていた。
「お父様。わたくしがダンティス団に助けられたことは認めなくては・・・」
認めたくないお父様はおいておいて、騎士団長に別荘地に居た女性達の行方を探すように手配した。
それからダスティはこちらの気が緩んだ頃にわたくしを攫いに来ては、騎士団に地団駄を踏ませ、父の怒りを盛大に買った。
父が持つ騎士団ではダンティス団には敵わないことがはっきりとした。
そしてダスティと初めて出会った日に奪われた荷物は、私が好むものが上乗せされて返された。
父はわたくしが独身でいることが駄目なのだと言って、わたくしが十六歳になると同時にミラーレス様に嫁がせる事に決めた。
そして私は結婚式当日、花婿が居ない披露宴を体験することになった。
「俺の女になる覚悟はできたか?」
「公爵家に全て返してくれるのよね?」
「当然だ。今はもうダンティス団は護衛任務を得意とする傭兵団だからな」
「短期間で、よく転身できたものね。たとえ傭兵団だったとしても父が許さないことは解っているでしょう?」
「勿論解っているさ」
「この後、どうするつもりなのかしら?」
「カルティアが十八歳になるまでは、今までと同じことの繰り返しになるかな」
「その後は奪う。被害者を出したくなければ、カルティアも他の男のところに行ったりするな。俺を試さないでくれ」
「わたくしは試したりしていません。わたくしは父の所有物です。父の言われるとおりにすることが生まれたときから決まっています。わたくしを自宅に帰す以上は、また父の言いなりで、わたくしの身はどこへ行くかは解りません」
「傷物として扱われると言っていたくせに、ちっとも傷物として扱われていないじゃないか」
少し拗ねたような物言いにわたくしはいつからダスティを怖いと思わなくなったのだろうと考えていた。
「傷物ではありませんからね。わたくしの強かさに皆感心していることでしょう」
「取り敢えず、離婚できたんだな?」
「我が家は大損害ですが」
「公爵の立場で金も払わず離婚なんてありえないだろう?」
「そうであって欲しいと思います。そうでないと本当に大損害ですもの。わたくし、本当に傷物になってしまいましたわ」
「婚姻届を盗んであるから、離婚届の受理も取り消されるさ」
「もう!!そこまで手をかけるのなら、さっさと連れていけば簡単でいいのではないですか?」
「まだ、俺に落ちてないカルティアじゃ駄目なんだ」
ニヤリと笑うダスティにわたくしはもう半分は落ちていると思った。
「本当に面倒臭い人だわ」
「愛してると言ってくれ」
「・・・愛した時が来れば言います」
ダスティは堂々とわたくしを屋敷まで送り届けてくれて、実家へと帰り着いた。
ダスティは父と、騎士団長と握手して帰っていった。
後日、ミラーレス様から連絡があり、荷、人は全て戻ったこと、金貨五百枚は用意できなかったが金貨百枚用意したと言って、荷物を取り戻せたことの感謝料として支払われた。
そして、婚姻届が受理されていなかったと言う理由で、離婚届は受理されず、わたくしの経歴は綺麗なままで、ミラーレスとの婚姻話は終わりを告げ、婚約も解消された。
父は私がダスティに捕まる度に、少しずつ心が折れていく。
早く諦めたほうが父のためなのにと思ってしまう。
わたくしを思ってくれない相手に嫁ぐくらいなら、ダスティに嫁ぐ方が幸せになれるとわたくしは思っている。
騎士団長は毎回わたくしが攫われては気合を入れているけれど、ダスティには勝てないと諦めている。
どれだけ護衛を付けても一ヶ月に一度、わたくしは攫われているのだからそれも仕方のないことかもしれない。
「お父様、わたくしは三女で居ても居なくてもいい娘ではないですか、いい加減諦めたほうがいいと思います。今度わたくしを嫁にやったら、相手の家は没落して、酷い目に遭うことは間違いないですよ」
「解っておる!!だが可愛い娘を王族と揉めるであろうと解っているダンティス団になんぞにやるわけにはいかんだろう!!」
「そうは言いますが、今の公爵家などダンティス団が王になってしまえば没落する家ではないですか。それにダンティス団はもう王位に手を掛けていますよ」
三ヶ月後ダンティス団の団長、ダスティの父親が王位を勝ち取った。
今まで貴族と言われていた者達はその座を追われ新たな公爵、侯爵、伯爵にすげ替えられた。
ミラーレス様ももちろんその立場から追われた。
我が家は侯爵のまま残された。
そして陛下からわたくしへの婚姻打診がもたらされた。
相手は陛下の息子、ダスティだ。
父はそれを受け入れられずにいる。
「お父様は、陛下より望まれているのですから私が嫁がない訳にはいかないでしょう?」
「私は聞きたくない!!そんな話聞きたくないからなっ!!」
「ミラーレス様には簡単に嫁がせたのに、どうしてダスティは駄目なのですか?」
「ダスティは私から娘を奪っていくからだっ!!」
わたくしはため息を吐くしかなかった。
もう意地になっているだけとしか言いようがない。
「お父様、王命が出たらお父様の我儘は通りませんよ。私を守るためにダンティス団と徹底抗戦されますか?一度も勝てない騎士団で」
父は何も言えずに頭を抱えた。
お兄様は既にダスティとわたくしの結婚準備を始めている。
ダスティがわたくしのウエディングドレスを発注していると兄から聞かされた。
ダスティの好みが全面に押し出されているので、ウエディングドレス一着にどれほどの支払いをするつもりなのかと想像して恐ろしくなる。
父にとってはそれがまた腹立たしくて仕方ないのだろうと、想像がついてしまう。
ダスティは未来で王となるだろう。
それはもうそこまでやって来ている現実だ。
それともまた誰か強い人が現れて王位を奪われるのかもしれない。
ダスティが玉座に座っている姿を側で見てみたいと思った。
わたくしは外出する度にダスティに攫われるようになり、婚約指輪だと言って左の薬指に大きなダイヤの指輪をはめることになった。
父はその大きなダイヤの指輪を見て、息を呑みわたくしとダスティの結婚の許可を出した。
わたくしが十八歳になる二ヶ月前のことだった。
十八歳の誕生日、わたくしはダスティと結婚式を挙げることになった。
今回は披露宴の間もわたくしの夫となったダスティは側にいてくれる。
披露宴が終わるとそのまま寝室へとダスティに連れて行かれ、ウエディングドレスを剥ぎ取られ、名実ともにダスティの妻となった。
その八年後、ダスティは玉座へと座ることになった。
そしてわたくしはこの国で初めての王妃となった。
今までは王とその妻でしかなかった。
私の立場を作ってくれて、ダスティは女性の地位向上にも力を入れた。
女は男の所有物ではないと声明を出した。
直ぐには女性の地位は向上しないだろう。
けれどいつかは所有物ではない日が来るかもしれない。
ダスティはほんの少し夢を見させてくれた。