言葉も交わしたことない大好きなあの娘に電話してみたら着信拒否されてた
白河ゆき──
俺は君のことが好きだ……
夢にまで見るんだ。
俺の名前は永田平。
ちょいワルな感じの、クラスの人気者だ。
女の子の友達も多いが、そいつらのことは女だとは意識してない。
白河ゆきとだけ、会話が出来ない。
彼女を見ただけで緊張してしまって、話しかけるなんてとても出来ない。
君は清冽な高山の上に咲く真っ白い花だ。
俺が触れただけで汚れてしまうような、高潔な花だ。
得意のバスケットボールの時間、君が俺を見てくれてないか、ついチラチラと見てしまう。
君は女の子どうしの会話に夢中らしく、俺のことはまったく見てくれていなかった。
それでも諦めずに信じてるんだ。
いつか、君と、恋人どうしになれること。
ある日、彼女が学校を休んだ。
初めてだった。彼女のいない教室は、俺にとって光が消えた薄闇のように、色がなくなって見えた。
「おい、永田」
担任のハゲワラが俺に言った。
「おまえ、白河ゆきの家に電話してくれんか」
「は……、はあっ!?」
思わず俺は情けない大声をあげていた。
「な、なんで俺がですか!?」
「だっておまえ、白河に電話したいだろう?」
ハゲワラはニチャァと意味ありげな笑いを浮かべた。
「俺はおまえのことなら何でも知ってるんだぞ」
言葉の意味がわからない上その笑いがとてもキモくて背筋をダニの大群が走ったような気持ちに一瞬なったが、俺はハゲワラに感謝した。感謝しながら、憎んだ。なんてことをさせやがる。白河ゆきに電話なんて……こんな俺が……これをきっかけにもしかして……怖い!
結局、家に帰るなり俺は自分のスマホを握った。
萩原先生が、連絡事項を、俺から伝えるようにと、不自然だけど、そう言われたので、仕方なく、いや喜んで、電話をかけたんです、連絡事項は何だったか忘れたけど、いやメモしてあるので伝えよう、それよりもお話しませんか? これをきっかけに、仲良くなりませんか?
スマホを握りしめたまま、頭の中でぐるぐるぐるぐるそんな思考を巡らせながら、1時間23分してようやく発信ボタンを押した。
女性の声で、メッセージが聞こえてきた。
「こちらはソフトパンクです。おかけになった電話番号への通話は、お客さまの申し出により現在お断りしております」
頭の中が白くなった。
なんだ、これ。
どういうこと?
もしかして……
着信拒否されてる!?
次の日、学校で、悪友の玉国にその話をすると、あっさり言われた。
「うん。着信拒否されてるな、それ」
「なんで!?」
俺は声をあげた。
「俺、彼女と会話もしたことないんだぞ!?」
「なんかコイツ嫌だな、電話とかしてほしくないな、って思われたんじゃね?」
「おいおい……」
崩れ落ちそうになるプライドを必死に持ちこたえさせながら、俺は反論した。
「たとえばハゲワラやおまえならそういうことをされてもうなずけるが……、この俺だぞ? 自分で言うのも何だがクラスの人気者で、背が高くてバスケのうまい、この永田平様だぞ?」
「そういうとこなんじゃね?」
「すまん。今のはチョーシこいた。なんで俺が彼女から着信拒否されるんだ? 心当たりがなさすぎる!」
「聞いてみればいいんじゃね?」
「そんなの本人に聞けるかよ」
「おまえ、女友達、多いだろ? 一人もいない俺と違って」
玉国は、優しくアドバイスしてくれた。
「その女友達に聞いてみてもらえばいいじゃん。『昨日、永田くんが学校の用事を連絡するために電話したけど、変なアナウンス流れたんだって。着信拒否してるの? なんで?』って」
女友達の一人の洲都香ちゃんに聞いてもらった。
彼女は他人に気を遣えない性格だ。それがよかった。白河ゆきから聞いた通りのことを、忖度なく、たぶん純度100%に近い形で俺に伝えてくれた。
「白河さんさー、永田の顔が大っ嫌いなんだってー。なんだかワルそうでー、性格悪いボーダーコリーに似ててー、つまりナルシストのくせに外面がよくて従順なフリしてるゲスみたいな感じでー、そういう人とは絶対に合わないしー、付き合いたくもないしー、話もしたくないからー、電話なんかかかって来ることないだろうけどー、でも万が一の時に備えてー、着信拒否にしてるんだってー」
なんだそれは……
俺は世界が真っ暗になったような気がした。
白河ゆきは損をしている。
この俺と付き合える可能性を自ら潰し、人生における大損をしている。
そんなふうに思えた。
確かに俺、せフレは3人いるけど、根は一筋なやつなんだぜ?
いや……、それがイカンのか。自分の乱れた交友関係を綺麗に整理すれば、彼女も見直してくれるのか?
あと……、顔をなんとかしよう。性格悪いボーダーコリーってどんなのかわかんないけど、それに似ないように努力しよう。
ちょいワルなイメージも払拭だ。よし制服に毎日アイロンをかけて、髪型を真面目にして、黒く染めて、メガネをかけよう。
そんなことを色々考えていると、涙が流れはじめた。
「あー、男泣きー?」
洲都香ちゃんが面白いものを見るように笑う。
「永田……」
隣で玉国が慰めの言葉をかけてくれた。
「大丈夫だ。俺はおまえのこと、結構好きだから」
嬉しくもなんともなかった。
帰り道、俺はいつもと違う道を歩いていた。
目の前には彼女の背中がある。まだ気づかれていない。
俺は意を決すると、歩く速度を速め、彼女の背中から、その肩を掴んだ。
白河ゆきが、ホラー映画の被害者のような顔をして振り返った。
「おい!」
穏便に誤解を解こうと思ってたのに……。つい声が荒くなってしまった。
「なんでおまえ、俺のこと着信拒否にしてんだよ!?」
叫ばれてしまった。
まるで人殺しにでも出会ったように、白河ゆきが俺を見ている。泣き喚きながら、そのかわいい呼吸腔から鼻水を出しながら。
「あっ……、ごめん」
しまったと思った。
「怖がらせるつもりじゃ……。俺、ただ誤解を解きたくて」
誤解が誤解じゃなかったと思わせてしまったようだ。
彼女は壊れた操り人形みたいにガクガクとした動きで俺を睨みつけながら逃げ出した。
俺は追った。
全力で追いかけた。
このまま、誤解されたままここで別れたら、一生後悔すると思った。必死の形相で追いかけて来る俺を見て、白河ゆきが絶叫した。
「助けて! 殺される!」
俺は足を止めた。
どうにも出来ないどころか、これ以上何かをすれば嫌われる一方だと悟った。
俺には彼女を変えることなど出来ない。俺に出来るのは、自分を変えることだけだったのだ。
その日の夜から、俺は自分の改造を始めた。
金色に近かった茶色い髪を真っ黒に染め、黒ぶちの伊達メガネを用意した。外見だけじゃダメな気がしてNHKの教育番組を見るようにした。
ボーダーコリーを検索し、なかなか賢そうな犬だとは思ったが、なるべくそのイメージから離れるような努力をした。
「誰だ、おまえ」
教室に入ると玉国にそう言われた。
「俺だよ、オレオレ」
「詐欺師かよ」
「彼女に好かれるよう、自分を変えることにしたんだよ」
俺がそう言うと、玉国は間違ったものを見るように、しげしげと俺を、黒々とした頭のてっぺんから綺麗に洗ったばかりの上履きの先まで見つめ、残念そうに言った。
「こんなの、おまえじゃねーよ」
「今までの自分を捨てるんだ。彼女に好かれるための俺になるんだ」
「おまえらしくないおまえを好かれてもしょーがねーだろうが」
「だから! 新しい俺になるんだよ!」
俺は決意していた。白河ゆきに好かれるため、徹底的に俺らしくない俺になるのだ。名前を永田平から『永田上司』に変えてもいい。
「自分らしさなんて、そう簡単には変えられねーよ」
玉国が言った。
「合わない相手ってのはいるもんだよ。他の女を探しな」
「そんなことできねーよ……」
声が少し涙まじりに震えてしまった。
「白河が、好きなんだ……。他の女は女じゃねー」
「気持ちなんてそのうち変わるもんだよ。諦めろって」
「大好きなんだ」
「白河の鼻水垂らした顔見たんだろ?」
「それでも好きなんだ」
「俺も好きだよ、そのままのおまえが……さ」
「嬉しくねーよ!」
「悲しがるおまえを見てるのたまんねーよ。笑ってくれよ、いつもみてーに」
「好きなんだ……」
遂に俺は教室の真ん中で涙をぽろぽほとこぼしはじめてしまった。
「あの子のことが好きなんだよ……」
白河ゆきのほうを見ると、俺からなるべく顔をそらすように向こうを向いて、友達と何やら楽しそうにお喋りをしていた。