7.無茶と承知で
齋藤が早足で9階の総務部長室に出頭した。
「齋藤。説明しろ」
開口一番、中村総務部長が齋藤の顔を見るや否や即座に冷たく言葉を発した。
「先ほど、一回目の強制力行使は大天使の施設内での戦闘行為の即時中止を勧告しましたが応じずやむなく緊急強制執行、二回目は保護対象者への強制力が効果しないことの確認のため使用しました」
「強制力行使の要件は?」
「三境会第9類規程、強制力概要、行使要件、行使においては部門関わらず部長以上の役職員、1名以上の承認を必要とする。承認を一時的に省略可能な場合は、緊急での使用を必要とした場合、管理者の管理下にあって行使を必要とした場合、または管理者に命じられた場合です。以上3つを緊急執行と位置づけ、これらの行使にあたっては事後、承認を必要とします」
「それで?」
「承認を下さい」
やや甲高い声でウインクして、総務部長に『お願い』をした。
「ばかもの!停職ものだ。警察官が署内で1日に2度も発砲したのと同じだ。しかも2回目は手当した一般人に発砲したのと同義だ。地区長と事務局長、それに他部門の部長に説明がつくんだろうな。報告しなくても監察が出張ってくるぞ。いつもの『規程は絶対』はどこにいった!」
やや荒げた声を作りながらも冷静さを伺わせる老齢の部長。
「緊急の案件です」
「言ってみろ」
「保護対象者が煉獄の住人の可能性が出てきました。大天使が2人も追随し仮にも政府の出先機関内で力を行使したことも整合性が取れます」
「頭をおかしくしたのか?」
片方の眉毛を吊り上げた部長がまの抜けたように言葉を発した。
「事実です」
トントンとノック音が聞こえた。顔を覗かせる。
篠村係長だった。
「……保護申請の書類の準備できました」
「牧田はどうした」
「斎藤課長の言うことだから否応なしに承認しなかったら飛んでくるだろうと。部内の承認は斎藤課長と中村部長だけです」
「さすが人事課長です」
両瞼で弧をつくりガッツポーズをつくる齋藤。
「はぁ…5分後、10階事務局長室内応接室に出頭。それまでに地区長と事務局長を納得させる口実を作っておけ。篠村。事業務部長、経理部長にお声がけしろ」
「ありがとうございます」
「問題はこれからだ」
「6階が仮眠室と談話室になっています。さすがにシャワー室はこの階の突き当り。後でドラッグストアでボディソープなどを買ってきます。あと必要そうなものも」
奏多の手当の対応をしたアリサが事務的に彼らに事務局内の施設を説明する。
「ありがとうございます」
「必要なことは私たちが行いますので絶対に外出しないで下さい」
「施設の人は大丈夫なんですか?」
「仮に私たちに危害を加えた場合、三境会全体を敵に回すのと同じです」
それにと付け加える。
「齋藤課長……総務課長が幹部方に話をつけたら東京都事務局と本部に本件を通報。東京都全域に警戒令が発令。近県にも及ぶと思います。あなた方の件も臨時議題として取り上げると思います。大天使と言えども簡単に手は出せません」
アリサがややうつむき、顔に影を落とす。
「一つ心配なのは彼らが構わず力を行使してきた場合です。彼らが本気を出せばこの施設ごと簡単に吹き飛びます」
「こわ……君、そんなの相手にしてたの?」
「……今更気づいたんですか?」
タハリエルが奏多にケロッと返した。
「なんで力を使ってこなかったんだ」
「考えるにいろいろと制約がありました。大天使様たちも多数の犠牲を出すことは本意ではないはず。また依代を使用しないで現界しようとすると極端にここにいられる時間が短くなり次に現界できるまでしばらくかかります」
「さっきから依代とか現界とかよくわからない単語がありすぎて……」
「私たち天使や悪魔はこの世に現れることを現界といいます。この世に長く留まろうとすると人間などの依代と呼ばれる者の協力が必要です。その者に憑依し活動します」
「そ、そうか……本部とか都の事務局とやらが介入してこないのは?」
アリサが答える。
「自治性を尊重しているからです。各自治体に三境会の事務局が設置されていて、この地域では第22地区事務局が置かれています。説明を端折らせてもらうと警視庁の捜査一課がすべての事件、事故に当たるのは無理なので基本的には所轄の警察署に任せるのと似ています。ですが今回は介入案件となりそうです」
「なんで?」
「あなたがいるからです!」
第22地区 水元公園内
奏多とタハリエルを襲った金髪と黒髪の男が闇夜の公園で佇んでいた。
「どうすべきかねー」
「焦りすぎだ。事務局の件もまずい」
「やり過ぎたのはあんただろう?あんなに棒をポンポンポンポン、投げるから……悪魔達が介入してくるぞ。ミネルヴァもちょっかいを出してきたし」
「獄界も三境会には逆らえない。獄界にもルールはある。時間をかけよう。必ずチャンスがくる。ミネルヴァの件は一旦置いておこう。彼女も消耗しているはずだ」
「……了解」
「齋藤君、それ、僕が言うの?」
頭頂が寂しくなり白髪が混じった恰幅のいい中年男性がか細い声でそう述べた。
「はい。お願いします。同伴いたしますか?」
「いやぁ、そういうことではなくて…現実的でないというかなんというか」
「もう一回、彼に強制力をつかいますか?」
「やめてくれぇ!」
何処か楽し気に強制力の行使をちらつかせた齋藤に対して、その男性は上ずった声を作り懇願する。優男のようにも感じられる彼はこの事務局の地区長、加賀義輝。40万人の区民を異形から守る最高責任者だ。
「齋藤君、君らしくないな。何か焦ってないか?」
「本件は即、都と本部に報告する必要があります。他の者も介入するのは時間の問題かと。大天使クラスが動いているのなら地獄もそれ相応の者が動いているはずです」
「あなたにしては積極的ね」
「今回ばかりは攻勢に出なければと」
「あまり派手に動くと公金に関わらないか?」
「考えにくいですが、最終的には監督省庁の判断にもよるものと考えます」
事務局長の阿南、財務部長の佐藤、事業務部長の真鍋が矢継ぎ早に質問し、飄々と総務課長の齋藤が回答する。
間を開けず「それに」と齋藤が話し始める。
「彼が本当に煉獄の住人であれば各所に貸しができます。研究所からも依頼がバンバンくると推察します。天地創造以来の発見です!」
「三境会での力の行使は少なからずとも見逃せません!」
「お前がいうな…」
総務部長の中村がぼそりと述べ、あきれたように頭をわずかに下げる。
「えっと……とにかくわかった。斎藤君がそういうんだ。保護の件は了解。もうこの時間だ。明日、朝一に私の方で都と本部に報告。同じく明日に代執行委員会は私の命にて緊急の開催を要請。今夜は空いている職員を警備に当たらせるけど委員会承認までは基本的には総務課で警備の件を任した。それでいいね」
「ありがとうございます」
「ふぅ……今日の寄り合い飛ばしちゃったよ……」
「この件は必ず報いてみせます!」
「君のことが怖くなってきたよ……」
はきはきと応える齋藤に対して加賀はどこか恨めしそうに言葉を吐いた。