6.強制力
「助けてください。私は天界のタハリエルというものです。訳あってこの事務局に飛び込みました。一時的に保護を申請します」
「ぐわ!」
タハリエルがその声の方へと向くと、奏多が棒状のようなもので肩を抉られていた。
「奏多さん!」
「あら?これはまた珍しいお客様ですね……大天使様がお二人も」
金髪と黒髪の彼らは顔色を平静に保ち、気が付かないうちに奏多たちの後ろに屹立していた。白いワンピースの女性はやや驚いた様子ではあったが、男たちが大天使であるということをすでに理解していた。
「その2人を引き渡してほしい。これは天界の問題だ。三境会が介入する問題ではない」
「ここは三境会東京都第22地区事務局です。どのようなことがあろうとも規程にはしたがってもらいます」
彼女はそう言いながら立ち上がり、機械的にそう述べた。柔和な雰囲気の女性から事務的な言葉が羅列される。
「即刻戦闘を中止してください。最初で最終の勧告です」
大天使の1人がまた槍のような棒状のものを何もないところから取り出す。
「三境会第9類規程、戦闘行為について、三境会施設内での戦闘行為またこれに準ずる行為の無許可の執行は禁止。行為者が警告に応じない場合、役職員は行為者に対し施設外への強制退去の執行、または無力化を可能とする」
「くっ!」
奏多たちが入ってきた扉から対面のガラス張りの建物へ張り付くように男たちが打ち付けられ瞬時にそのガラスが放射状にヒビが広がる。大天使が階段から外へ一気に吹っ飛ばされたのだ。
女性が男たちの後を追い、出入口の前まで歩き、大天使へと話しかける。
「三境会の規程は絶対です。界層、国や地域、所属、役職は関係ありません。規程にしたがっていただけないのでしたらあなた方の主にご相談ください」
真顔だった彼女は微かにほほ笑んだ。
「何かありましたら、改めまして三境会東京都第22地区事務局総務部総務課課長の齋藤までお申し付け下さい。いつでもお待ちしております。もちろん戦闘行為以外にて」
「それでは失礼いたします」
その女性が三境会のビルへと入り込むと観音開きのガラス戸が自動ドアのようにひとりでに閉まった。
齋藤と名乗った彼女はゆっくりと階段を降りてくる。
「強制執行は極力避けねばなりません……」
今度はやや困った表情を浮かべながら、独り言のように述べた。
「保護申請承認、ありがとうございます!」
「先の執行でしたら第10類規程の保護を目的としたものではありません」
天使が頭を傾げる。
「あくまで戦闘行為に対するものです。くれぐれもお間違いのないよう、お願い申し上げます」
「では改めて三境会に保護を申請します」
「先にその方の治療が優先されそうですが…」
「あ!」
いつの間にかビルの奥の扉から飛び出してきた職員らしき2人に齋藤が目を向ける。
「アリサさん、この方に治療を」
奏多は自身の能力を隠す意味もあったが体力を消耗し、先の炎での再生を使用しないでいた。
「お話をお聞きいたします。第3応接室へご案内いたします。ルイさん、受付をお願いします」
「人間界の一般人と貴女の保護ですか」
「はい」
ルイに向けていた体をタハリエルへと向けた。
「改めて申しますと先の執行はあくまで警告に従わなかった彼らに対する行為で天界の問題に三境会が手を出すわけには行きません」
「ここは絶対中立の場です。他の方に勘違いや先入観を抱かれるのは本意ではありません」
齋藤とタハリエルは第3応接室へと向かう。
三境会東京都第22地区事務局 2階 第3応接室
「……率直に言いますと彼は煉獄の住人である可能性があります」
「……言うこと欠いて、御伽噺ですか?」
第3応接室のソファに対面して座した齋藤とタハリエルがお互いを探るように話を始める。
「大天使2人の大捕物、加えて三境会内での力の行使、これだけでも大ごとだと考えますが」
「……証明できますか?」
「彼の能力は三界の住人に作用します」
「……」
「ですが強制力が効かない」
数舜、間を空けて、速やかに室内の電話の受話器に手をかけ、どこかに繋げる。齋藤は彼女の語り口に真剣さを感じ取ったようだ。
「私です。彼は?…そう、それでは彼をここに。それと人事課の篠村係長に手が空いたらここにくるように伝えていただけますか?」
数分後。
先に到着したのは奏多と手当した課員の一人だった。
すぐさま、齋藤が右手を彼に向ける 。
「課長!?」
田中と胸のネームプレートに書かれた課員が大声をあげる。
課員は強制力という力を行使したことに驚いた。
強制力は本来、正式な手続きを踏んで行使が可能となる。
仮にも手当した一般人に対する行為ではないことは齋藤もわかっていた。
「……信じられない……」
流麗な細い目を大きく広げ、齋藤はつぶやいた。
まったく状況を理解できないでいる奏多がいそいそと天使の隣に座る。
「これでわかっていただけましたか?」
「特異的な存在に間違いないですね。ですが煉獄の住人であることはわからないのが実態です」
「彼は先に言った通り『灯火』を使えます。」
「…」
課長が奏多の方を向く。
奏多はおぞおぞと人差し指を差し出して、ライターから出される火ほどの大きさのものを齋藤に見せる。
伝説では煉獄の住人は『灯火』という能力を有しているとのことだった。それがこの一端なのか。仮に彼が本物だとしても齋藤は判断しかねた。
部屋のドアがノックされ、女性が失礼しますと入ってくる。『篠村係長』と電話越しで呼ばれた人のようだった。
「およびですか?」
「どうぞ」と齋藤が中へと誘導する。
「……強制力を二回も使用して……大丈夫なんですか?」
篠村が不安そうに聞く。
齋藤は間を開けずに
「彼女と彼の第10類規程の保護申請の手続きをお願いします」
「え!?」
齋藤以外はすべからく同じ反応をした。
「人事課長と上の方には私から話をつけます」
「ですが」
「私が責任を持ちます」
「と言われても」
「……他課とはいえ、あんなに面倒を見た部下が先輩のお願い一つまともに聞いてくれない。寂しい世の中になったものです。ヨヨヨ……」
着物の袖で涙を拭うようなしぐさをわざとらしく見せた齋藤。
「わ、わかりました!保護申請は初めてなので時間がかかるかもしれませんが」
慌てて失礼しますとドアから篠村が出ていった。
「保護をしますが効力は我々の管轄内、つまり第22地区だけ。また事前の説明なく保護を取り消す場合を考慮して下さい」
ドアがノックされ別の課員が入室する。
「課長。部長が速やかに個室に出頭するよう申されています」
「わかりました、と伝えてください」
天使と奏多が状況を飲み込めないでいた。
「一両日中にあなた方の対処を考えます。今日はこのビル内で過ごしてください」
「田中さん」と声をかけ、
「保護申請承認確認後、彼らの24時間シフトでの警備を総務課で行います。警備室にも協力を仰いで下さい。代執行委員会での許可が降りれば事務局内でのシフト体制に切り替わるでしょう」
立ち上がり、外へ出ようとした齋藤に田中は慌てて声をかける。
「私、これが初めてで……」
「私も初めてです」
捨て台詞のようにそう述べると笑顔で出ていった。
「やりましたね!奏多さん!これで活路が見出せました」
「俺は出血が多くて、頭がついていかない……」