5.三境会第22地区事務局
「な……なぜ貴女がここへ……」
「私がどういう立場か、なんて貴方たちが一番よく知っているでしょう?」
「……ということは、彼にというよりも私たちにご用件ということですか?」
「まぁ、私の派閥の件もあるし、私自身の研究もあるの」
ウェーブがかったセミロングの髪の毛を揺らしながら、優雅にほほ笑む大人びた女性。彼女もまた『天界』の人間なのだろうかと奏多は想起した。
「それで?貴方たちはこの後どうしたいのかしら?大天使諸君」
傷口が塞がったものの、あふれ出た血液と肩に残る鈍痛が意識を遠のかせる。
互いの一挙手一投足を見逃さないといった様子。数舜のにらみ合いの後、助太刀に入った女性が声を発する。
「少年。その子と一緒に逃げなさい」
「……逃げるってどこへ……」
「お嬢さん、いつまでもうずくまってないで守護としての役目を果たしなさい。すぐ近くに」
そう言葉をかけているとその間隙を相対する彼らは見逃さず、金髪の男が先の金色の棒を創り上げる。
「あぶな」
パン!
「な!?」
奏多が相手のその所作に反射的に声を出し、言い切る前に金色の棒が何かにはじかれ霧散した。
「黄昏時に私と対峙したことが不運だったわね」
「……鳥か」
黒髪の男がそう呟くと上空を見渡す。その姿につられた奏多も空に目をやるが鳥はおろか雲一つない鈍い橙色と紫がかった風景だけが空に広がっていた。
「現界している状態では視認できないかもね。戦闘はあまり得意ではないけれど、貴方たちの天性と私の神性で言えば、私の方が上よ」
目を細めながら男たちに睨みを利かせる。
「2人掛かりであればそうとも限りませんよ……」
倒れていた守護天使がその隙を見逃さず、すぐさま立ち上がり奏多のもとへと駆け寄った。
「失礼しますっ!」
そういうと彼女は奏多の背面から衣服の首元をつかみ、一目散に逃げ去った。
「ぐえ」
つかまれ、引きずられる格好となった奏多はカエルのような嗚咽がもれる。
「待て!」
一閃。ドンという音とともに駆けだそうとした黒髪の男の地面が抉れる。
目視ではほぼ確認できなかったが、光の筋が地面に向かってぶつかったように見受けられた。
その気高く、澄通った眼が『ここは通さない』と雄弁に語っていた。
「お、おい!そろ…そろ…放してくれ!ぐえ!……息が」
「は!失礼しました」
先の助太刀に入った女性が示唆した方向へと走っていたのだろう。奏多を引きずっていた彼女はまるで草原で走り回るネコ科の動物のようなスピードでしばらく走っていたが奏多がもがいていることに気づきやっとでその韋駄天を緩めた。路地に入ったところで最後にグイっと奏多を壁際に寄せる。
「うっ!ゲホッゲホ……コポ」
「大丈夫ですか!今、コポって何かを生み出しましたか?」
「空気が……抜けたような感じがしただけだ」
心配そうに近づく彼女を片手で追い払うように避けた奏多。
「一体何なんだ……あの男たちもあの女も……」
「本来は敵ではないのですが」
「加えて言うなら君もだ。守護天使だがなんだが知らないけどとんでもないことに巻き込まれた」
「失礼しました。まずは自己紹介を。私は天界の使い人、貴方様の守護天使のタハリエルです」
「その守護天使っていうのはなんなんだ。なにか契約とか呪縛とかかけたりかかったりはしてはないはずだけど!」
「人間の守護天使は……何と言いましょうか。生まれながらにして持っている……ハイパーナチュラルな存在です」
眉を顰め怪訝な顔を浮かべる奏多はさらに問いかける。
「全く理解が追い付かない……守護天使っていうのは何をやる人で目的は何なん」
奏多の言葉を遮るように、ドンとさらに先ほど聞いた爆発音があたり一帯に広がり、それに追随し空気の振動を感じる。
音の方向から大天使と呼ばれる彼らとどこからともなく現れた女性の攻防であることは容易に想像ができた。
「細かい説明はあとで。とにかく今はここから離れましょう」
「ちょ……わけがわからない」
そう言いうと、タハリエルと名乗る女性はすぐさま駆けだした。
走り出した彼女の背中を追いかけると徐々に引きはがされる。
(……あの人、早いな)
かつて陸上部に所属していた奏多は中距離の選手であったがそれでも、自身の瞬発的な動きには自信があった。その彼が早いと感じる速度で彼女は移動していた。
「思い出しました!三境会なら」
「三境会?なんだそれ」
「詳しい話は後で。とにかくあそこなら中立です」
「全然話が見えない」
一言二言を伝えるためにやや走る速度を落としたかと感じたが奏多は彼女の様子を窺うと息一つ乱さずに言葉を交わす。彼はその様子にやや不気味さを感じるほどであった。体育会系の人間であればすぐ気が付く。呼吸はもちろん、姿勢、腕の動きがまるで乱れない。トップアスリートと言われれば納得する部分もあるだろうがその動きに乱れがまるで見受けられない。そんな彼女の姿に奏多は不自然さを感じざるを得なかった。
(これが天使ってやつなのか……)
「ここから1番近いのは第22の事務局があります!そこへなら」
「この状況がどうにかなるならどうにでもしてくれ」
「はい!もうすぐです」
住宅街を駆けぬけ、ある場所へと一目散にその女性の後を追う。
「あそこだ!」
一件のビルを指し、透明な観音開きの扉へと駆け込むように促すタハリエル。
ほぼほぼ全力疾走に近い速度で移動していた奏多は自身の体力に限界を感じ始めていた。しかし、タハリエルの考える目的地を視界にとらえた途端、気が緩み始めた。
ガンっと彼らのすぐそばの地面に何かが突き刺さる。
金の棒……しかし今度はその棒の先端が鋭利と化し、殺意を増幅させていた。肩越しで覗き込んだ先には金髪の男が追い打ちをかけようと金の槍を取り出し、奏多の背中に投擲しようとしていた。
(さっきの女性はやられたのか!?)
「やばい!もう追いつかれたのか?またあれがくるぞ!」
「事務局に飛び込みます!」
「うわ!」
奏多はなだれ込むようにビルへとなだれ込んだがすぐそこは下りの階段で何段が踏み外し、転んでしまった。
「い……って……」
呼吸が整わないまま、階段を踏み外し転んだ奏多は朦朧としていたが意識を集中させ辺りを窺う。
地下1階なのだろうか。材質がよくわからないが全面黒張の受付、一方の壁に水槽が埋め込まれているようだが一本の線のように壁がくり抜かれて水槽の一部が見える。彼らはホテルのロビーのようなところへ飛び込んだようだった。
「こんにちは。かわいいお客様ですね。今日はどのようなご用件で?」
そこの長椅子にひとりの女性が座っていた十代、いや二十代くらいだろうか。若いというよりも幼さを感じさせる。白いワンピースに黒のジャケットを纏ったその女性はキツネのような、はたまた猫のような顔だった。
(あれ……この人、どこかで……)
奏多は意識を手放しそうになりながら、駆け込んだ建物のカウンターに似つかわしくない幼げな女性に見覚えがあった。