22.手はず
行政施設諸々が林立する第1地区。その一角には三境会東京都支部の事務局が入るビルがあり、そのフロアに中村総務部長と部下の齋藤が到着していた。
「ここに来る意味あるんですか?」
「まぁ、ほぼ『かた』はついているが、先方の思惑をこの耳で聞いておきたい。いかんせん老い先短い身の上だ。念のため彼の思惑を聞いておきたくてな」
「棺桶に持っていける物は持っていきたいと?」
「お前はいいな、その体があるから。初めてあったころからまるで変っていない。ワシが年を取るばかりだ」
「……」
減らず口と評された齋藤は嬉しくも悲しくもない真顔で飾られていた。
数分間、事務局の受付で係員に待たされていた。
「お待たせいたしました。こちらへ」
受付の係員に誘導され。事務局へと進む。事務局内ではいくつかのセキュリティが施されているようで、目的の人物が鎮座する部屋まで幾分か時間を要した。
「私たちもこれくらいセキュリティを敷いた方がよかったですかね」
「ああも壊されては、無意味だろうな。だが今後の課題としよう」
「お待たせいたしました。こちらになります」
係員が軽く会釈をするとそのまま立ち去ってしまった。給茶のために、水場にでも足を向けたのだろう。
中村部長が閉ざされた重厚な木目調の扉をノックする。
「どうぞ」
「お久しぶりです、赤生田理事長」
東京都特別区および市町村の三境会取りまとめ役としての存在、三境会東京都支部。各事務局では今なお独立性がモットーとされる三境会では、彼らの発言は絶対ではない。しかし、この都支部事務局には、各事務局からのOB・OG、はたまた各界からの歴々が定年後の再就職先として活用されるなど数多の理由でその役職を拝命している。加えるならば、各方面への影響力が見え隠れする。もちろん、事務局運営を円滑にするためにその能力と人脈を活かしている側面があるが各地区の事務局からすれば、東京都支部からの発言があればやすやすと無視はできないという、なんともやっかいな存在なのである。
その都支部の長たる人物が赤生田だ。
「中村君……どうやら元気そうだな……たしか君は……」
「中村の部下の齋藤です。先日、当局にご訪問いただいた際に挨拶させていただきました」
赤生田はやや目を細め、思い出したように『ああ』いう言葉とともに破顔した。
「そこに掛けてくれ」
三人はそれぞれ対面するように一対のソファに腰を下ろした。
「大変だったな。そっちの事務局は」
「ええ。手痛いものでした。幸い死者が出ませんでしたが重軽傷者が看過できないほどになってしまいましたよ」
先の悪魔・ダンテの強襲に伴って、事務局は多くの被害が出たことに言及した。もちろん赤生田の発言は社交辞令でしかなかった。
「私が不在のところ、阿南事務局長が対応していただき、ほとんどとんぼ返りにさせてしまいとんだご無礼を」
「いや、なに、ことがことだったからな。こちらも押しかけて申し訳ない」
挨拶を簡単にすました彼らの本題は両者ともにわかっていた。
「……まぁ、私だろうな」
「はい。今日までに様々な機関から聴取があったかと拝察します」
中村は張りつめるでもなく、淡々と切り出した。
「私も年だ。この席に座るまでにいろいろなことがあったよ……いよいよ私がスケープゴートにでもされたのだろう」
「それをわかっていて、わざわざ我々に獄界との関係性をほのめかしたのですか?」
第22地区事務局の上層部は赤生田のもとへと来る前にある程度話し合いを進めていた。
「齋藤。それは間違いないんだな?」
「はい。赤生田理事長は御浜奏多の事務局内での寝室の位置を確認しています。また襲撃したダンテもすぐさま彼の寝室めがけて、侵入を試みたと……」
「監視カメラや音声にもダンテの言葉が残っています」
「うん……それだけだとちょっと弱いけど……心当たりあるのは赤生田さんが今のところ一番なんだよね……」
加賀地区長の応接にて、阿南、一条、中村、齋藤が顔を合わせて時系列とこれまでを整理していた。
「いいんですか!このままで!」
齋藤が珍しく声を荒げる。それほどまでに、此度の襲撃に怒りを感じていた。
「急くな。齋藤」
「ですが……」
「同感です。齋藤君と私は同席していましたし、その言葉ははっきりと覚えています」
赤生田来訪の際に対応した阿南が齋藤の情動に呼応するように不快感を表しながら頷いた。
「しかし、地区長がおっしゃるように赤生田理事長からの質問だけでは……盗聴など第三者の仕業も可能性としては……」
「……中村君」
一条も加賀の考えをくみ取り、他者の介在を気にしている様子だった。加賀は考えあぐね中村に声を掛ける。
「仮に赤生田理事長が獄界側に肩入れするのであれば、それ相応の理由があるはずです。しかも彼は大臣官房の審議官も務めていたかと記憶しています。そのキャリアと現職を投げ捨てる可能性がある。そこまでしてこの件に関わる理由はなんでしょうか」
「……まぁカネ、はたまた天からのお告げか……年齢から考えて政界への足掛かり、というのは考えにくいかと……」
阿南が述べた「天からのお告げ」というのは、信仰的に意味するところではなく、上位者や人脈的な繋がりからくるパイプ役を行ったことを示唆している。
「……本庁のよしみで防諜のエキスパートからいささか面白いことを聞きました。赤生田理事長は行政にいらっしゃった時に事務レベルでの協議の関係で某国に足しげく通っていらした時期があるそうで……特に強制力の管制・制御にかかわる極めて専門的な部品やそれにかかるシステムがその国から現在も調達されている……そして相手国の当時の担当官との通信を御浜が事務局に現れて半日後に確認していると……」
「その通信相手というのが……」
「語るまでもなく」
加賀が目を見開き、中村がいやらしく片頬を上げた。
「それでも今回の襲撃との繋がりが明確ではない」
一条が加賀と中村のやり取りに割って入る。
「通信方法はかなり秘匿性の高いアプリケーションを使用しています。いまだ本庁は解析中のようですが、今更になってそのような方法で通信する理由はなんでしょうか」
「『今度日本に行くので呑みにいこう』ではいささか疑問符が付きますね」
齋藤は天井を見上げながら呟く。
「御浜君を差し出すことで見返りがあった?」
「どこまでシナリオを書いていたかは定かではありませんが、ダンテの行動から生死を問わず御浜を確保することが最優先事項であったのではないかと」
中村が話し終わると応接は沈黙に包まれた。
「まぁ、私にできるのはここまでだ。いいね?齋藤君」
加賀が齋藤に釘をさした。
「え!?ここまでわかっててなにもしないんですか?」
「何を聞いていたんだ」
「でも、情報がここまでわかっているのであれば……」
「本庁からの情報だ」
「……最初から私に言い聞かせるための会合だったのですか?」
加賀と中村が意図していること、この件はすでに『かた』がついているということを意味していた。中村が言う『本庁』は三境会本部を示す。そして、その防諜の情報が事務局の幹部まで下りてきているということは、すでに様々な機関が赤生田の行動を捕捉し、確保に動きだしている。加えて、もはや終盤戦、詰めの状態にまで運ばれているということだった。
「やられっぱなしで終わりですか……」
齋藤は肩を落としながら嘆いた。
「まぁ……この件でワシも手を焼いた。知己とはいえ、まさか九州地区長にまで借りをつくる羽目になるとは思わなんだ……ささやかな意趣返しでもくれてやるか」
齋藤を一瞥し、呆けたように中村がつぶやいた。




