21.ARYS(アリス)
奏多であって奏多ではないその人物は、ダンテを葬った。すさまじい心性を伴った炎はダンテの心性の一片の残渣を残すことを許さないと言わんばかりに、光を放った。
奏多はどこか虚ろになりながら、仁王立ちしていると、白髪と白眼が徐々に元の色へと変化する。
力がなくなったのか、糸が切れたように彼は、どさりとそこに倒れこんだ。
齋藤は一目散に奏多のもとへと、駆ける。
「御浜さん!」
鈍い赤色が彼の胸元部分の衣服を覆っていたが、齋藤はそこを探ってみると、出血はおろか傷一つない。
彼の身体を見渡しても、大きな怪我はないようだった。
「よかった……」
「あなたは大丈夫なの?」
同じく、これまでの攻防を見ていた女神、ミネルヴァは齋藤に声を掛けた。
「もうご存じでは?私は……特別ですから……」
いつものように、目を細めて笑みをつくるも、その声色に哀愁が滲んでいる様子にミネルヴァは感じた。
「天使は……」
「彼女も問題なさそうね」
大天使達により川に落とされた手前、ずぶ濡れだった守護天使だが、意識がまだ混濁しているようだ。
しかし、依代にも大きな怪我はなかった。
齋藤はあたりを見渡すと、三境会はもちろん、警察、消防があたりの状況を確認している様子を確認し、安堵した。
『ひとまず……』
「くそ……早く……それを……」
暗闇から、かすれた声がする。橋の街灯がわずかに届く、土手の草むらに、黒髪の大天使・サラフィエルがいつの間にか拘束を解き、彼女らのすぐ近くにはいよっていた。サラフィエルは満身創痍といったようだった。拘束具の影響なのか大した怪我をしてはいなかったが立つのもやっとといったようだった。
しかし、齋藤はすぐさま奏多を庇い、ミネルヴァも身構え、残るわずかな力で退けようと臨戦態勢をとった。
パーン……パーン……
サラフィエルは目を見開き、その音とともに地に伏した。
「な……銃声?」
齋藤はあたりを見回した。着弾後の発砲音。一定の距離からの射撃。
夜空を不意に見上げると幾分か距離が離れたそこには、数機の航空機がホバリングしている。
サラフィエルの無力化を確認したのか、サーチライトを齋藤らに向ける。
サーチライトの明かりがちらつきよく見えなかったが、射線から察するに上空に浮遊するヘリからの狙撃があったようだった。
「あの機体のマーク……ARYS……」
機体の側面には曼荼羅のように八つの輪が繋がり九つの円を示す部隊章。それはまさしく三境会が保持する即応特殊部隊ARYSのトレードマーク。その機体が齋藤らの上空を飛んでいた。
数機のうち二機から、隊員らがロープで降下。四方八方に散る中、1名が齋藤に近づいてきた。
彼らは一様に、小銃を抱え、顔もスモークがかったフルフェイスマスクを着用していたため齋藤は軽く身構える。
「第22地区事務局の齋藤さんですね?こちらは三境会第九管区佐世保隊所属のARYS第1および第2チームです。九州地区長よりあなたたちの保護を命令されました。これまたどえらくやられましたね」
近づいてきた隊員の一人が、上空のヘリコプターのターボファンエンジンの爆音に負けじと、笑いながら大声で述べた。
特殊部隊ARYSの所属は、本部や支部などの分け方ではなく、北海道、東北、北関東など9つの管轄に分かれて、組織されている。今まさにここにいる部隊が九州の佐世保所属の部隊。そしてその指示は、第九管区の長、所謂、九州地区長の命令で動いている。
異形の者に即座に対処するべく設立された部隊がいきなり九州からこの地に来た理由……もちろんそんな大外たことができる人物は齋藤の周辺では1名しかいなかった。
いつの間には、上空に待機していた機体が着陸し、何名かが機体から降りたようだった。
そのうちの一人が齋藤に近づく。
「どうした、その有様は。いつもの威勢とは程遠いな」
見慣れた仏頂面から、愛想ない言葉が述べられた。
「中村部長……ずいぶん遅かったですね。大捕り物は終わってますよ」
第22地区事務局総務部長の中村は、いささかくたびれた様子だった。
「大天使、殺してしまったんですか?」
「なにを莫迦なことを。特殊弾頭だ。あまり細かいことは言えないが依代のダメージを極力与えず依代から大天使が離れないように設計されている」
天使は生物のように死ぬことはなく、現界の制約に達した場合、強制的に天界に送還される。それは平の一般職員でも知っていることであった。わざわざそのことを齋藤が問いかけたため中村は鼻で笑った。
「こんなことできるんだったらもっと早く手を打ってほしかったですよ!」
「裏ドリと根回しで時間を要した。奮闘していた割にはその減らず口は健在のようだな。この件が落ち着いたら、きっちり報告書を書いてもらうからな」
「わ、わたしはなにも……」
「とぼけるな!保護対象者をずいぶん危険は目にあわしたようだな。公道を封鎖、破壊して使用不可にしているようだが、あれの補修費用の請求書はどこに来るのか聞いてみたいものだな。齋藤課長。まぁ結果的に狙撃は成功してはいるが……」
すべてを見ていたかのように語る古老は齋藤の責を問う。
「あれは、最大限考慮して、致し方なく……」
「向こう一年は、減給か……」
「そ、そんな無慈悲な」
「なら、挽回のチャンスをやろう。これから付き合ってもらうぞ」
「え?告白ですか。さすがに年の差が……」
「はぁ……もういい」
「冗談です……その感じだとまだ黒幕が?」
「ああ。最近、事務局に来たそうだな……うちの事務局も大分やられたようだし、たっぷりと礼をしてやろう」
にやりと中村が不敵に笑った。
「あ、彼女が私たちを……」
ミネルヴァの存在を忘れていたが思い出したように口にすると彼女はそこにいなかった。
「なんだ。何かいたのか?」
中村がわざとらしくとぼけた。




