20.済世
その業火は轟音を鳴り響かせる。まるで、猛禽類が山間で響かせる鳴声が幾重にもなった、清廉な合唱。しかしその実は数千度の炎が燃え上がる、煉獄の住人が生み出す灯火だった。齋藤は煉獄の深淵から響き渡る、怪物の咆哮にも感じた。
炎は徐々に形作る。火に包まれながらもそれらは、頭部、胴体、下腹部そして四肢……その姿は紛れもなく奏多を生み出そうとしている。
「侮ったか……」
ダンテは迂闊に近づけない。奏多を作りだそうとしている、その炎に接近することに躊躇していた。
伝説や言い伝えでしか知りえない未知の炎の性質を十分に理解できていないことに、二の足を踏む。
言わずもがな奏多は煉獄の住人。天使でもなければ、妖精でもない、ましてや悪魔でさえない。目の前で起こっていることは十中八九、奏多の煉獄の住人としての再生の能力を行使しているのだと推測された。
彼の能力の実態がわからない以上、傍観が最適解なのだろうと、自身に言い聞かせていた
だが、そこにたたずむ悪魔にも限界の時間が近づいていた。ダンテには現世に現界できる時間なく、猶予の終わりは着々と近づいている。
本来であれば奏多の回収が最優先ではあったが、轟々と立ち上る炎は、単なる燃焼を指すのではない。長期戦となれば、再び、あの再生の炎が奏多を造り上げるだろうと考えを帰着させる。
そして、奏多の炎は、異形に対して、心性を削り取る性質があると、先の戦闘で実感したダンテはもはや、ここで自身が用いる最大火力で奏多の一片も残さず、葬りさることで少なからずとも、後々の、報復の嚆矢になりうる存在を消してしまうことを是とした。
『―――、―――……』
ダンテは詠唱を始めた様子だった。言葉の発音は聞くことはすれど、意味がわからなかった。
徐々に、黒色の瘴気がダンテの周囲を取り囲む、瘴気は石英でも巻き込んでいるのか、黒くそして、ところどころ、何かが光を反射していた。
齋藤は、朦朧としながらも強制力管制システムに備わった、端末に目をやる。
『まずい』
尋常ならざる魔性が上昇していることが分かった。三境会職員が身に着ける端末には、天性や魔性の上昇を感知するためのいわゆる簡易的なレーダーが備わっている。
齋藤の端末が、異常な魔性の上昇を感知し、警告音を発する。
しかし、奏多を包み込む、紅焔は徐々に勢いをなくしていた。
「僥倖」
ダンテがそう言うと、腕を指し伸ばし、奏多へと向ける
『魔擲』
魔性が最大に励起したところで、悪魔はその力を解放した。
形容しがたい轟音。強いて言えば数百台の砲台から砲弾が数舜の内に絶え間なく撃ち続けられたような爆音が体の芯を揺さぶるような幾重もの衝撃が齋藤を襲った。
目を見開くとそこには、地下数メートルから削りとられ、荒川の土手が数百メートルほどが消失してしまっていた。たとえるなら、ウインタースポーツのハーフパイプのような形状に土手を変形させた。
舞い上がった粉塵が徐々に霧散していく。
そこには先ほどまでの轟々とした炎の姿がなくなっていた。
「そんな……」
齋藤は絶望の一端を感じ取った。
だが、ダンテは彼女とは違う何かを捉えていた。
「莫迦な……」
何かがたなびいている。何かが光っている。何かが……屹立している。
「……現世か……」
雨露が降り注ぐ、その地には、姿は異なれど、奏多がそこに存在していた。
「悪魔か……貴様が我に、力を行使した者は?」
「!?」
確かにそこに立っていたのは御浜奏多だった。服装も、背格好も変化はない。ただ違うのは、頭髪がアッシュブロンドとなり、そしてその双眸を白銀としていた。
奏多であって奏多ではない。
明らかに尋常ではない。加えて、その身なり以上に尋常ならざる心性を齋藤は感じ取っていた。
「今一度、問おう。貴様が我に、力を行使したのか」
ダンテは明らかに委縮していた。最小限に表情に表さないように努めていたが、四肢が強張り、震えていた。
「沈黙は、諾意と受け取る。貴様が余にあだなす獄界の者か。面白くもない。何か残す言葉はあるか?」
「私はダンテ・ミゲル!貴様を」
ド!
彼らに十メートル程度の距離があっただろう。しかし、奏多は一瞬して間合いをつめ、手刀でダンテの胸を貫いていた。
「……これが煉獄の住人……」
「なければ……」
「待ってくれ」
「貴様に与える時間は先ほど設けた。だが貴様は、煉獄の住人たる余をないがしろにするどころか、口を開く許可も取らずあまつさえ、汚らわしいその醜態を眼前にさらしていることさえも……不快だ」
「貴殿、いや御前への謝辞を」
「よい、底の知れた小悪魔などに割く時間が欲しい。煉獄の総意たる余に非礼を詫びるなどもはや意味のないこと。が、獄界からそのような姿で限界したのだ、最大の返礼で終幕としよう」
「獄界の者の最大の苦悶はやはり上に送ればいいか。然り。我が故郷へ葬送を……」
「や……め……ろ」
「還界」
奏多がそう呟くと、一瞬、閃光が走った。
齋藤がまぶしさに目を背け、うっすらと目を見開くとそこにはダンテが炎の柱に捉えられていた。
先の奏多が、用いた灯火とは異なる、ほとんど白色に近い青色の炎。
ダンテはもがいているが燃え滾る炎にかき消され声がほとんど聞こえない。悪魔は絶する苦痛を味わっている様がつたわるが、青白の炎がそれを許さない。
ダンテの動きは徐々に少なくなり、その姿は数舜の内に矮小し、最後にはすべてが燃え尽きた。




