18.一縷
ダンテの足元に灰が積みあがる様子をただ見るほかなす術がない齋藤は負傷した片腕を抑えながら、呆けていた。
灰には霖雨が降り注ぎ、その灰山が徐々に平らに姿を変えていく。雨粒は舞い上がった灰さえも大気へは逃がしはしない。
齋藤は虚無以外の感情を表すことはなかった。奏多が敗北したのだと理解はしていたが悔しさなどはこみ上げさせなかった。煉獄の住人はただ目の前から消えたのだ、という事実さえわかっていればそれ以上を突き詰めなかった。
彼女は次の行動をどうするべきか、逡巡していた。
音も気配もなくダンテは移動できる。現状の装備では対処できないあの打撃が一番の不都合。頭部に直撃すれば、ひとりの執行人が違う世界に葬られる……いや私であればあるいは。
先の一撃で致命傷にいたらなかったのは強制力ではなく、自身の心性が有利に働いただけ。
この場合での最大功利は何か。
奏多はいない。タハリエルは放置して、逃走する。
こちらを追ってきた場合はどうする。攻勢にはでれない。防戦ではじり貧。急所を守りながら対応しても、30秒は持たない。
動けない。動けない。動けない。
可能性を樹形図のように巡らせるが、すべてがある一点に収束する。
『敗北は必至』
プラグマティズムに侵食され、その言葉が導きだされた瞬間、齋藤の携帯端末が着信音を発した。
「しまっ」
ダンテがこちらに首を向けた。コンマ1秒もなく間合いをつめられた。およそ人間が認識できる速度を超えて移動したダンテが齋藤の目の前に屹立し手刀を振り落とそうとした瞬間、閃光が走り、その手刀を弾いた。
「まだ『灯火』を消させはしない」
曇天から雷が落ちたかと思わせる一戦はミネルヴァからの一撃だった。
ダンテは即座に、後方へと退き、自身の手に目をやった。ダンテはその腕にひどくやけどと創傷を負っていた。
赤く染まった腹部を抑えながら、橋から降りてきた女神は、いき絶え絶えと言わんばかりに齋藤のそばに寄った。
「彼は?」
ミネルヴァは間髪入れず、辺りに見当たらない奏多の行方を気にかけてる。
「あそこに粉々になったものが彼でした」
「……あなたまだ動ける?」
「私は腕を……女神さまは大丈夫なのですか?依代も」
「一時的に私の力で出血を抑えています」
それよりも、とミネルヴァは続ける。
「まだ方法はある」
「どの方法です?」
「奏多さんを起こす方法です」
「……」
齋藤は思いもよらない一言に、言葉が出なかった。
「私が一時的に悪魔を足止めさせます。あなたは彼に強制力ではなく心性を送りこんでください」
「どこにどうやって?」
「あの灰山に、よ。あなたは方法知っているはず。『始まりのサイセイ』は知っているわね」
「?……煉獄の住人の力で、自身の負傷を回復させる……」
「それをわかっていれば十分よ」
「彼はあの状態で生きていると?」
「とらえ方に齟齬があるけど、今はその認識でかまわないわ」
「まってまだ」
齋藤が言い切る前に、ダンテが負傷していた手を回復させて、拳を状態を確かめていた。
『次の攻撃が来る』と悟った齋藤は自身の心性を滾らせる。
その目は赤く、髪は神々しい金髪へと変化した。
『賢者のたなびく大翼は一つまた一つと重ね、十二対よりの円環を創造する』
ミネルヴァは詠唱する。上空を飛行する光の鳥は詠唱とともに1羽ずつ増え、6羽まで増えた。気が付けば彼女らの頭上を環状に飛行していた。
『穿つはダンテ・ミゲル、捉えるは五体とその盃』
『六梟の尚磔 (ヘックス・クリスフィクション)』
ミネルヴァが声を上げて言い切ると6羽の鳥が一瞬にして、光の槍となり、ダンテの頭部、両手両足そして心臓を貫いていた。
「はやく!」
見とれていた齋藤に声を荒げて促し、彼女はすぐさま奏多だった灰山に駆けた。




