17.灰燼
「ええ、そうです大天使2名を捕縛しました。先ほど述べた四つ木橋です。応援をお願いします。奏多さん達は……」
薄暗い川岸に目をやると、奏多がどうにかタハリエルを陸に上げようとしている様子だった。
「無事です。ただし天使は意識が低下しているようなので、救急搬送を」
インカムで通話を終えると驚いた様子のミネルヴァが視界に入った。
「あなたは一体……」
満身創痍ながらも数分前までの大立ち回りに腰を抜かしていた。
「気付かなかった……のかしら。私はただのちょっと強い三境会職員ですよ。彼らの隙を見てちょっと小突いただけということで」
「だ、だけれどもあの眼は……」
「また、後でお話しましょう。ミネルヴァ様」
慣れないウィンクを送るとその場をはなれ、奏多がいるであろう土手に橋上から飛び降りた。
「タハリエル……目を開けろ!しっかりしろ!」
意識が混濁しているのか奏多はタハリエルのほほを優しくたたく。
「ダメですよ。ケガ人をそんな乱暴にしちゃ、私が介抱します」
「齋藤課長……タハリエルが」
川に落ち、ずぶ濡れの奏多はいまだ、落ち着かない様子でいた。彼は今にも泣きそうな表情を浮かべる。どこか幼げな表情と、えも言われない感情の伺わせた奏多を齋藤は一瞥する。
『……嬉しくない、どうしてだろう』
齋藤は自分でも思ってもいない感情が突然心の真ん中に会わられた。はっと自分を正すように、自身のほほを叩き、『いまは、しっかりしろ齋藤雅那』と言い聞かせる。
齋藤はタハリエルの容態を確認するため、彼女の身体に触れる。
『……やはり天性は得意ではないのかしら……』
いつもの飄々としながらも落ち着いた齋藤を見ていた奏多は心のどこかで違和感を感じていた。
「……問題ありません。彼女は天使ですし、ほほの傷も依代にとってに大事に至るようなものでもありません。応援を呼んでいるのでしばらく待ちましょう」
その言葉を聞くと気が抜けたのか、奏多は膝を折り、どさっと腰を下ろした。
「大天使を倒した……んですか?」
「ええ。ミネルヴァさんから聞きました。彼らはバラキエルとサラフィエル、間違いなく天上九階級の大天使の二人です。依代に憑依して助かりました。そのままの姿で現界していたら、手も足も出ませんでした。御浜さんは運がいいですね」
「彼らはこの後どうなるんですか?」
「まぁ、結果からいえば天界に強制送還ですかね。事情を聴く必要はありますが御浜さんを狙っていたことは、御浜さん自身がよく理解しているかと思いますけど」
話しているといつもの柔和な表情がもどり奏多に語り掛ける。
『終わったんだ。早く帰ってベッドで眠りたい……風呂に入って』
「あ、そろそろ隣の事務局に避難しましょう。悠長に」
「貴殿が煉獄の住人か?」
齋藤と奏多は背後からの予期せぬ声に即座に反応した。
『いつ、どこから』、二人は逡巡する。
齋藤はすぐさま、振り返り心性を増幅させる。
ドッという鈍い音が鳴ると、橋脚に齋藤が張り付いていた。いや、何かしらの挙動でたたきつけられたのだろう。齋藤は張り付いていた橋脚から崩れるように、倒れこんだ。その橋脚はかろうじて全壊は免れたものの、重機に衝突したかのように側面が粉々になっていた。
奏多はあまりにも一瞬の出来事に屹立している事しかできなかった。
「我が名はダンテ・ミゲル」
「今一度問おう。貴殿は煉獄の住人か?」
ダークグレーの肌、二つの角を有し、2メートル近くの大柄な異形が奏多に問いかけていた。これが依代を持たない、悪魔。いくつもの異形と相対した奏多だったがそのまがまがしい、魔性を肌で感じ、意識を失いそうになる。眩暈、悪心、脱力、怯弱……ありとあらゆる感情と不調が五臓六腑に襲い掛かる。
奏多は心性を解放しようとした瞬間、
ズンッと奏多の胸に衝撃が走った。
「動け……ぐふぉ」
奏多は吐血していた。体が動かず、違和感を覚え、目を胸に向けた。
ダンテの禍々しい腕が奏多の胸部を貫いていた。
動揺が体を支配するが痛みよりも、この状況から抜け出そうともがくが、身体のほとんどに力が入らない。
「遺体をもって帰っても大差ないだろう……」
奏多は意識がもうろうとする中で、一点だけに集中する。ダンテに貫かれた腕を自身の両腕でしっかりとつかみ最大の心性を解放させる。
「うああああああ!!」
自身が持ちうる最大の火力を放ち、ダンテもろとも、『灯火』の能力で屠ろうと図った。
奏多は赤く、そして紫がかった炎を纏い、ダンテに立ち向かう。
「ぐ……これが煉獄の住人の力か……確かにこれは……まずい……放せ!」
相対する悪魔は奏多の灯火の能力を侮っていた。火傷と鈍痛がダンテを浸蝕する。それはダンテという悪魔そのものの存在を脅かすという行為に他ならない。
奏多自身は気づいてはいなかったが灯火の能力を発動させると身体能力も比例するように向上していた。
「なんだこの膂力は!なぜ抜けない!」
ダンテの腕を両手を使って、離そうとするも凍結されたようにピクリとも動かない。
灯火の能力は怪異には有効でありながら、自身に対しては一定の時間は治癒の能力を発揮する。
『まずい……炭化に……変化してきた』
だが、治癒としての能力として使用する場合は、一定時間使用すると、奏多の身体を炭化に変化させてしまう諸刃の剣となってします。
それは、奏多の攻撃としての能力の限界が近づいていることを示し始めていた。
顔、指先、肌……体中が徐々に炭のように変化し始めている。
「……なるほど……貴殿の能力は長続きしないようだな。煉獄の住人の能力もこんなものか……回収するまでもないか」
痛みをかみしめながらダンテは奏多の終焉を予期した。それはこの戦いの敗北を意味していた。
「よくわからないけど、お前を倒せるならこの体もろとも……使ってでも!」
奏多は意を決した。
これまで以上に灯火の能力を解放させた。蠟燭が最後の一瞬に燃え上がるように力を降りしきるような様子だった。
それは二人を火柱で包む規模の大きさへと変異させた。
轟々と立ち込める火柱は川辺の土手を昼間のような明るさまでに変化させた。
「御浜さん……」
倒れていた齋藤は気が付くとそこには高さ数十メートルの火柱がそこにはあった。
火事や爆発ではない。しいて言うならば火災旋風を彷彿とさせるような、一種の恐怖を感じさせる。
「くっそ……くそ……く……そ」
奏多の灯火は徐々に弱くなっていく。彼は身体のほとんどが炭化し、もはや人の形をした炭と形容した方が正しいのではないかと思えるほどまでに変化していた。
「貴殿の覚悟、確かに見届けた」
奏多はもはや人間としての機能は喪失し、すべてが炭化してしまった。
「さらばだ」
ダンテが動かなかった腕を勢いよく、横一線に薙ぎ払った。
そして奏多は、粉々に散った。奏多だったものは炭から灰となって地面へと還った。




