15.梟は宵に飛び立つ
半壊した第22地区事務局の地下では、加賀が淡々と時に口調を強く指示を出す。
ダンテの襲撃以降は、事務局は平穏なもので、その静けさが通信とタイピングの音がやけに聞きやすくさせる。
加賀は一通りの指示を終えると、先ほどの齋藤の専行へ許可を出したことに一抹の不安を覚える。
「齋藤君……」
「地区長、連絡です」
先ほどと同じ臨時のオペレーターが入電に反応する。
「今度は誰から?」
「中村部長です」
数日前から佐世保に出張している総務部長の中村から連絡が入った。
「……僕のインカムに繋いで」
緊急時に伴い会話をオープンにしていたが、加賀は二の句を告げず、ヘッドセットを装着した。
第22地区 四ツ木橋 東詰
「あともう少し……ここを渡りきれば……」
息を切らしながら、奏多は小走りしていた。
「頑張って……くだ……さい……」
今更ながら、天使と自称しながらタハリエルが息を切らして走っていることが可笑しく思えた。
「なんで天使なのに、疲れてるの?」
安堵とやや滑稽に思えた姿に思わず、足が止まってしまった。
「異界の存在なのでこの方……依代にのっていて、現界してるので……ある程度の、体力はこの肉体に依存します……でも、なんでかな……あの時は……もっと速く……」
息絶え絶えに丁寧に説明するタハリエルは、橋上の川風にさらされるも大粒の汗が顔を覆っていた。
「そうなのか……まぁ、怖い思いしたけどここまでくれば……」
深夜の荒川は街灯の光を得ていたものの、周囲は暗く見通しが良いとは言えない。特に橋の上に来てしまうと、辺りは実質、闇夜のまま。
「安心は」
言葉を言い切る前にタハリエルは姿を消した。あまりにも刹那の出来事に奏多は理解が及ばなかった。
鈍い打撃音が聞こえたと同時に視界に入った存在は、先の大天使と呼ばれる金髪の一人が、一瞬のうちに奏多の前に現れた。彼は降って来たと言った方が適格かもしれない。
大天使は宙から降り、タハリエルを蹴飛ばした。タハリエルはその衝撃により欄干を飛び越え、川へと落ちていった。奏多が捉えた彼女は気を失っている様子で目をつむり、もがくことなく落下した。
「こんばんは」
今度は奏多の真後ろから男の声がした。
驚いて振り向くと、あの夕暮れ時と同じで、全く気配を感じさせない能力でもあるのか、黒髪の男が屹立している。
奏多を守ることを貫いてきた彼女が川に落とされた情動を彼らは許さない。
「タハリエルには悪いが、少し、『枷』を付けてやった、まぁ足止めのようなものだ。天性はより強い天性に抗うのが基本的には難しい。強い奴が強い。それだけの事だ」
抑揚はないがどこかう嬉しそうなすら寒い声で述べた黒髪の大天使はすぐさま、奏多の首をつかんだ。
創傷だらけでながらも、最初に出会ったタハリエルは奏多を引きずり、息を切らさず、三境会まで逃げおおせた。そんな彼女に違和感を感じ取れなかった奏多は怒りが湧き上がる。
両手で振りほどこうとするも、鋼鉄のように動かない。
悔しさと無力さからくる藻掻き。奏多の行動は空虚と化す。
「事務局の周辺で待っていたら、悪魔が沸いて出てきたもので静観していたらお前たちが出てきたわけ。意図はどうあれ好機以外の何物でもないからまぁこのまま……」
「事務局が襲撃されたのに、お前らは何もしなかったのか?」
奏多は黒髪に問いかける。
「三境会に教わらなかったか?中立公平の立場なんだろ?こっちがわざわざ手助けするのもお門違いだろ?」
意地悪く、口角を上げ、奏多の怒りをさらにかきたてる。
怒りが感情の大半を覆っていたものの僅少の冷静さが御浜奏多には残っていた。自身の炎、煉獄の住人の力を行使しないでいたのは眼前で憎たらしく微笑む男の一瞬の隙をみて、最大火力を放出することを企てていたところだった。
「おい!ここを離れるぞ!三境会が集まってくる……」
金髪の大天使は黒髪の男を咎める。
大天使もまた依代で現界している現状、様々な制約うける。天使にとって三境会の一人の職員では然程の脅威となりえないが数があつまればそうともいかない。金髪の大天使は警戒を怠ってはいなかった。
だが彼らの頭上には、あの時と同じく、『鳥』が静かに飛んでいた。
『使役するは森の賢者、黄昏よりも闇夜の今、彼の爪翼は其の仇成すに至る』
高らかに、聡明に、その声は響き、
『大光もって穿て』
閃光が奏多と黒髪の大天使の間に振り落ちた。




