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Aspire[執行人]  作者: 日下部素
第1部.始まりのサイセイ
14/22

14.逃走

三境会事務局では、緊急時に対応するべく、対策室が地下に設けられている。


すでに地区長である加賀は、行動可能な職員を引き連れ、地下へと降り、関係各所に連絡と緊急配備を敷こうとしていた。


言わずもがな、このビルではけたたましく、避難や緊急時の音声がこれでもかというほどに轟いていたが、彼の判断で不要なノイズを取り除く。


一条は地上で、警察、消防や救急で駆け付けた職員への状況報告や第22地区としての陣頭指揮をとっていた。


「事務局長、状況報告を」


加賀は頭に叩き込まれた緊急時のマニュアルを基に、一条との無線連絡で現状把握に努める。


「先の襲撃で職員の重軽傷者は多数、緊急搬送を要する者もいますので、関係各所と協議して救急の搬送先を手配しています」


地上では、行動可能な職員とともに、その対応に追われていた。


すでに、警察はもちろん、三境会本部および、東京都支部に発報がなされていた。非番の職員もちらほらと、周囲に散見された。


この騒ぎで周囲の、特に墨東地区に区別される事務局には緊急配備が敷かれている。これは三境会のシステム、習わしと言った方が近しい、いわば臨戦態勢がとられる。


「引き続き、負傷者の搬送と手当を」


加賀は緊急の初動はある程度は一条が対応できるとわかるや否や、並行して進めていた、ダンテと名乗る襲撃犯である悪魔の捕捉を試みようと、三境会独自のシステムを展開させ、周囲の防犯カメラ、街角の音声、夜勤の警らに当たっている職員から情報を収集する。


御浜奏多が連れ去られる事態が考えうる最悪のシナリオである。ダンテに連れ去られる前に彼らを捕捉し、現場に警らしている職員を急行させる必要が最優先だと加賀は考えていた。しかしなぜ、彼らは突如として、事務局の仮眠室から姿を消したのかがわからないでいた。


緊迫した状況が覆う緊急対策室に入電の通知音が入る。


「地区長。通信が」


「今は忙しいの!後にできない?」


「齋藤総務課長です!」


女性のオペレーターは語気を強める。


「え?今!?……繋いで」


事務局の中核たる総務課長の齋藤が緊急の回線をわざわざ使用してきたことに、加賀はそこはかとない、心のざわつきを覚える。


「……あーあー、こちら齋藤。聞こえてますか?」


齋藤の返事はどこか間が抜けていた。しかし、それでいて事務局の状況を把握しているような落ち着いた雰囲気を感じ取らせる。


「齋藤君いまどこにいるの?早くこっち来て、もうハチャメチャだよ」


「あー……やっぱり。地区長、私は煉獄の住人と彼の守護天使を追います」


「心当たりあるの?」


「私が第7地区事務局に避難するよう彼らに命令しました。悪魔さんも多分そちらへ追っているかと……私が事務局に行っても大したことができません……事務局長もいらっしゃるのであれば、なおのこと」


「いろいろ言いたいことがあるけど、そっちに行っても、相手は純然たる悪魔だ。ARYS(アリス)の出動を待った方が……」


加賀が煮え切らないような声色で齋藤に声をかける。


齋藤はこの時すでに、愛車に暖気を駆けていた。半地下に格納された駐車場のシャッターを遠隔操作で解放させる。

「A—1装備と()()()でもって、どうにかします。それに先日現れた大天使達もこの好機を見逃すことは考えにくいかと。御浜さんたちはそろそろ荒川あたりに着く頃です」


「……」


『彼女に考えがある』と逡巡した加賀。そして、その間隙は齋藤にとって、有利に働いた。


「四つ木橋への急行、事務局襲撃犯の捕捉および煉獄の住人の安全の確保を……」


「……許可する。ご安全に!」


「了解!」


齋藤はアクセルを踏み込むと水平対向エンジンがうなりを上げた。


「本当にこれでいいのですか?」


「仕方ないよ。齋藤課長の作戦に従うしかないよ……」


奏多は先日守護を目的として現れた天使を連れて、建物の下層で騒ぎがあった直後から事務局を離れていた。


彼らは行政区画から、荒川方面へと向かっていた。


『いいですか?私の見立てですと、今日から明日にかけて、獄界側が事務局を襲撃する可能性があります。騒ぎが始まったら、一目散にここを離れて、大通りから市街地まで行って、第7地区事務局に保護を求めてください。ここから一番近い事務局で、彼らはあなた方をすぐに助けてくれるはずです。こちらでその手はずを整いています。これは命令です』


緊張と混乱で入り混じった頭でどうにか齋藤の言葉を反芻させた。


「とにかく、ここから四つ木橋を渡って、第七地区の事務局を目指そう」


深夜の水戸街道にまばらに流れる自動車を横目に歩道を小走りしている。目的ははっきりしていたが、襲撃した悪魔のダンテから逃れようと、焦燥を抑えながら一心で駆けていた。


「……見えてきた。橋だ」


橋詰まで近づくと黒く、底の見えない川とは対照的に、長橋は設置された街灯に照らされ、都会の夜景の一部となっていた。その暖色に染められた構造物にどこか安心感とわずかな落ち着きを取り戻させる。


あと幾分か進めば第7地区の管轄に入れる。橋の向かいからは、三境会独特のサイレン音が聞こえ始めていた。


『……逃げられるのか……』


奏多は心の大半が安堵に覆われていた。


橋を渡り始める二人。


やや疲れの色が見え始めた奏多の足取りに合わせ、タハリエルは彼に言葉をかける。


「一旦、落ち着きましょう……ここまでくれば対岸からも、三境会の方々が……」


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