13.降臨
深夜、午前2時
「ここか……」
洗練された心性がそのものの、身体、それ以上に周辺に覆いかぶさっている。
純然たる魔性。それは紛れもなく現界した悪魔だった。依代はないものの、姿は人間に近しいが紫がかった肌と黒い眼球に黄色い瞳は魔性の者であることを示していた。
警備体制を厳となした第22地区事務局。警備員や臨時の事務局員が待機する事務局は深夜の静寂に包まれていた。
突如としてドーンと爆発音が館内に響き渡る。建物全体がビリビリとした衝撃と揺れを襲った。
『一階にて火災発生。火災発生。これは訓練ではありません。一階にて火災……』
同時に全館にけたたましく警戒音とアナウンスが駆け巡る。
シャッターを落とした玄関が吹き飛んで何も無くなっていた。
玄関の奥の階段扉から警備員が飛び出してくる。
「なんだ!貴様!」
警備員に目もくれず突如として現れた襲撃者は腕を上げて聞き取れない言葉を僅かに発した。次の瞬間、警備員は元来た通路を、体をくの字にして宙を舞い、扉を突き破って奥の階段に叩きつけられた。
床に落ち、ぐったりとして動かない。
「力加減が難しいな。現界自体久しいのもあるが」
首をひねらせ、手のひらを開いたり握ったりを繰り返した。
「仮眠室だったか」
受付近くに張り付けられた館内案内図を一瞥する。
「5階と6階か」
奥の階段へと進む。
上階から臨時で待機していた渡辺経理部員と里田事業部員が駆け降りる。
「動くな」
「執行する!」
斥力を感じるものの、襲撃者は意に介さず、どこか不気味な笑みを浮かべる。
「面白い。これが強制力か……だが」
襲撃者が彼らの方へと腕を伸ばすと、即座に2人も一瞬で壁と天井に叩きつけられる。
「執行人もこんなものか」
さらに階段を上がる。
「下の連中の報告も仰々しい。私が来るまでもなかったな」
侵入者、否、襲撃者というべきその存在は淡々の口ずさむ。
「煉獄の住人だが知らんが早々に終わらせるか」
通常警備の範疇で各階の階段扉が閉ざされていた。五階まで来ると襲撃者はフロアの扉を開ける。案内図を思い出しながら道なりにあるくと、2人の男が立っていた。
恰幅のよい男性は日中とはまるで異なる眼光を見せる。またもう一人の男は凛然と肩を並べて凛然と立ち尽くしていた。
加賀地区長と真鍋事業部長だった。
「営業時間は過ぎています。御用があれば裏口からお願いしたかったところですが」
真鍋が事務的な回答を向ける。いつかの齋藤とのやり取りを交わした優男のような加賀はそこにはおらず、臆することなく屹立していた。まさにここは通さないといったように。
「いささか不慣れなもので申し訳ない。こちらは急いでいるので手短に用件を言おう。煉獄の住人を引き渡して欲しい」
「抵抗しないで欲しい。極力人間は殺すなと言われている」
諭すように述べたまがまがしさを纏う悪魔は二人に語り掛ける。
「随分物騒ですな」
加賀は不敵な笑みを覗かせる。
「同意見だ。私も人をいたぶるのは本意ではない」
「お引き取りを」
「残念だ」
襲撃者が片手を挙げほの暗いなにか相手に発する。
刹那、衝撃波が2人を襲う。
「?」
「強制力の応用ですよ。先に対応した職員とは違いますので」
「一筋縄ではいかないか。面白い」
次の瞬間、地区長に襲撃者が一瞬で間合いを詰め、顔面目掛けて拳を叩きつける。
その風貌からは想像できない速度と威力。
衝撃でフロア全体に亀裂が入る。手応えはあったが……
「!?」
悪魔はその様子に『ほう』というような関心さを見せる。
襲撃者は隙を与えず魔性で生成された斥力を地区長めがけて放ったが受け止めていた。
真鍋は一切の手心を加えず襲撃者の後頭部に蹴りを入れようとした時にすぐさま身をかがめ地区長の後ろに交代する。
「地区長!」
「まだまだ」
「やはりA-1装備では…」
「彼女らを待ちましょう」
加賀と真鍋は数舜の攻防で襲撃者の魔性を悟った。
『実力差』という歴然とした力の差をすでに感じ取っていた真鍋は防戦を図ろうとした。もちろん、第22地区事務局の最高責任者の加賀も同意見ではあったが……
「引けませんね。ここで引いたら地区長の職を返上ですよ」
加賀はどこか楽しさを感じていた。それはまるで子供のような嬉々とした雰囲気を感じさせる。
「天使も悪魔もやり合ったことがありますがなかなかですね。中級以上の獄側の方とお見受けしますが」
加賀は笑みをこぼしながらそう言葉を発する。
「こんな人間もいるのだな……」
「久々に血がたぎります。若い頃を思い出しますね」
「……」
「3分はお相手できますよ……いかがでしょうか?」
加賀はゆっくりとファイティングポーズをとる。覚悟を決めたように加賀の姿から真鍋も同様に構える。
「……舐めるなよ」
これまでの言葉遣いよりも語気を強めた襲撃者は、一瞬のうちに姿を消し、次の瞬間には加賀地区長の後側部に移動し横っ腹に渾身の蹴りを叩き込んだ。加賀は壁に叩きつけられ壁の中へと突っ込む。
真鍋がその隙に応戦を図り、間合いを詰め、2撃の殴打を胴部に決め込んだ。しかし真鍋の応戦も意に介さず、猛烈な速度で手刀を次々に叩きこまれる。次第に受けきれず、徐々に一方的に殴られ始める。
『このままでは……』追い込まれ始める真鍋は受け止め入れず、完全に防御の姿勢が崩れた。
悪魔はひどく冷静にガードが解けた真鍋の顔面に殴打を撃ち込もうと振りかぶる……。
「……まだまだ」という声が悪魔の背後から聞こえた。
めり込んだ壁から飛び出た加賀は鋭い眼光を纏わせ、襲撃者の背部に一撃を叩きこむ。およそ人間が出せる打撃音ではなかった。
悪魔と言えどもその速度に対応できず一瞬で壁に吹っ飛んでいった。
銃撃戦が行われたかと思わせるような粉塵がフロアに立ち込める。
「真鍋さん、まだまだ倒れ込むには早いですよ」
「これが獄側のものの力ですか」
おもむろに発声される。
「…第4位…地獄のダンテ・ミゲル。あなた方を殺めるものの名前だ」
殺生を避けようとしていた悪魔は自身の名を告げ、加賀と真鍋を葬り去る宣言を添えた。
ダンテの右手が歪んで見えた。光を歪めるほどの力。
「まずい」と加賀がつぶやく。
瞬きを許さない速度で魔性が放出され、真鍋は次の瞬間、フロアの奥の壁まで叩きつけられる。四肢には力みを感じさせず気を失っていたことは瞬時に見て取れた。
「まずは1人」
ダンテ・ミゲルと名を告げた、彼の右手を倒れ込んだ真鍋に向けておろす。
「こんばんは」
突如、ダンテの右側の閉ざされた階段扉の奥から、低くも凛々しい声が発せられる。
「お初にお目にかかります。私は局長の一条です。扉ごしに失礼しますが以後お見知り置きを」
代執行時、人間の力では対応できない異形のものに対し強制力を増幅させたりするなどの装備品で対応することがある。一条事務局長が持っているのはC—1といわれるその装備の一つだった。
局長はこれを扉越しに使用し扉の上部が白く膨張しひしゃげ溶解する。
ダンテに光線が直撃。上半身が吹き飛んだ。
下半身が自立できなくなりぐしゃり倒れ込む。
地区長が駆けて一条のそばに寄った。ひしゃげたとびらが蹴飛ばされて倒れる。
「事務局長、助かりました」
「いいえ、彼女らのおかげです」
そうと、一条の後ろに隠れていた女性職員がひょっこりと不安そうな顔をだした。
「一応、撃退できましたかね……」
一呼吸おこうとしたが次の瞬間に、けたたましく強制力管制デバイスの警戒音が鳴り響く。
周囲の心性の急激な上昇を知らせるものだった。
「新手!?」
そういって、周囲を見渡すと彼らは、そばに倒れていたダンテが無傷で、すぐそばの部屋の扉を開けた。
ドン!ドン!という破壊がした。加賀達がすぐさま音がした、部屋へと近づき、中を覗き込むとそこは仮眠室であり周囲が荒らされ、これ以上なく破壊されたいた。
「……御浜君たちはどこだ!?」




