12.齋藤の申し伝え
「どう思いますか?」
齋藤は小さな顔の中に納めた双眸をいつもよりも細めて、阿南に問いかけた。
三境会は各自治区、都道府県支部、本部の序列で組織されている。
簡易ではあるものの上位組織からの臨時の監査が入った。言わずもがな御浜奏多、もとい煉獄の住人の処遇に関してだった。
東京都支部の監査を終えた阿南と齋藤は連日の対応による疲労と戦いながら次の相手の動きを協議している最中だった。
「地区長が話しを付けている。それをわかっていての直々のお出ましだ。地区長の面子丸潰れだな」
加賀地区長が関係各所にお詫び参りと第22地区事務局のこれからのスタンスを説明したにも関わらず、本部と都側の訪問と唐突の監査が立て続けに行われたことに阿南はふつふつとした怒りを隠せずにいた。
「んー私も年貢の納め時ですか」
齋藤は何処か他人事のように、天を仰ぎながら言葉を漏らした。表向きには強制力の使用についてのお咎めを悔いるような印象を与えるが実際は微塵も反省していない。
「君が辞めても文字通り誰も得しない。強制力行使の件はあくまで口実だ」
ぴしゃりと言ったものの、その口調は真を得ていなかった。
「辞めても次々に厄介な連中が介入してくるぞ」
「監察の監察とかいないんですか?」
東京都支部が自分たちのやりたいように監察を動かしていることは明白であった。煉獄の住人を自身の管理下に置いておきたい。直接的には明言しないまでも、これまでの顛末では言わずもがなといったところまでに分かり切ったことだった。
「行政に届け出るしかないがやっても無駄だろうな」
「というと……何かお考えがあるのですか」
齋藤は阿南事務局長の真意を聞きたい。
「監察は独立性がモットーだ。行政が介入したんじゃそれこそ本末転倒だ」
「監察方の件は暴走に近いと思いますが……」
「現状で客観的に見てそこまで至っていない。だが時間は我々に味方しているよ」
齋藤は『はて』というように細長い目をのぞかせる。
「都の保護申請にかかる、この遅滞行為も長々とやってられんだろうから都支部と我々との根比べだ」
阿南の瞳には鋭い光が差し込んでいるようだ。
「方法は他にもある」
「さすが局長!」
両手を合わせて、調子づく齋藤。
「調子に乗るなよ。口実は君が作ったんだからな」
「はい…でその他の方法とは?」
「自治性を逆手にとる」
阿南は確信を纏い言葉を発する。
「墨東5区はつながりが強い」
「?」
「都も地方の一つだ」
「??」
「我々も地域の一つ」
「都が認めようが認めまいが保護申請許可はその地域側認めればその地域に適用される。我々のように」
齋藤のクエスチョンマークを横目に阿南は淡々と語る。
「他の墨東5区には貸し借りが多い。願書でも出せば許可が降りるだろう。同様に東京都全地区に波及させていく。結果都が承認しなくても都内で保護対象とされる。されないのは都の持ち物の中くらいだろうな」
阿南は親密にしている周辺の事務局と連携して、御浜奏多の保護と活動範囲を広げて墨東5区で煉獄の住人の保護を確固たるものにしようと算段しているようだった。
「そううまくいくでしょうか?」
「殊、墨東に関しては……承認がおりなければ嫌味をこれでもかと言ってやる」
「自治性とは…」
「大した正当性のない論理にいつまでも付き合っている必要はない」
「?」
「道理が通用しないなら道理で返す必要はないと思うがね」
真意を図りかねている様子を齋藤から感じ取った阿南は表情を軽く崩した。鼻を鳴らしながら言葉を続ける。
「とにかく、中村部長が帰るまで待とう」
「君も一旦帰れ。何日ここにいるつもりだ。中村部長も近々に戻ってくるだろうさ」
「シフト制を提案したのは私です。責任は私がとります」
「現在、君たちを預かっているのは私だ」
「…わかりました」
『帰宅して英気を養え』というような凄みを感じ取った齋藤は今度は素直に阿南の言葉を受け入れた。
同時刻。
仮眠室を拠点とした奏多と天使タハリエルは寝床でこれからのことを話し合っていた。
「さすがに疲れてきたな」
「そうですね」
「君は寝て食べているだけだろう」
「お言葉ですが通常業務も行っていますし、疲れるときはあります」
「僕に付きっきりが通常業務か……どうなるのかな……」
「んー、皆さんよく働いていらっしゃいます」
「そっちじゃなくて、斎藤課長の命令!」
「あ、そっちですか……全てではありませんが彼女の考えには概ね賛成です」
「あんなに外に出るなと言っていたくせにな〜」
「……明日も仕事です。早めに寝ましょう」
「天使も手伝ってよ」
「前もお話した通り、三境会のお手伝いは三境会の規程に反します」
「規程、規程って……規格外のことばっかりなのに」
「全ては神の決定事項です」
「何にそれ?」
「あーハレルヤ」
「話がまずい方向に進むとチャラけるよな」
「zzz」
「はぁー…もういいよ」
奏多とタハリエルは眠りに落ちた。




