11.駆け引き
「君には嘘は通用しないな」
「現状ではお話できないということですね」
齋藤は加賀に目を向けると軽く笑みを見せながらもどこか影を感じさせる。
「察しが良くて助かるよ」
「わかりました。失礼します。」
齋藤はもう一度退出の際に会釈をすると、いの一番に事務局長室をでて総務部に帰る。
デスクに見慣れないメモが置いてあった。
驚愕した。
牧田のところへ駆け込んだ。
「課長!」
牧田が斎藤に目をやる
「やっぱり田中はキレるな。俺のところに飛び込んできたのは正解だった」
「やっこさん、今日にも乗り込んでくるつもりだったらしい」
少しばかりの猶予しか稼げなかったが、と付け加える。
「こんなこと初めてです」
「十中八九、煉獄の住人の件だな」
「俺も対応するか?」
同じ課長職でも牧田は10個以上先輩だった。齋藤の手腕を軽く見ていたわけではないが、まだその職を預かってから、長くはないため、その言葉を発した。
「一旦、事務局長に報告して対応を協議します」
「了解」
暗に牧田の協力を断りつつも、彼の厚意にありがたみを感じる。
先ほどの事務局を離れたばかりの中村部長の言葉を思い出し、
「都の理事長と本部の代表理事?」
事務局長の阿南の個室へと向かう。即座に要件を伝えた齋藤。
「はい。牧田課長が確認しています。明日の午後1時に都長、3時に代表理事が訪問されます」
その言葉を聞きながら阿南は苦虫を嚙み潰したような顔を作り、整えられた片眉をへの字に作った。
「まずいな、よりにもよって中村部長がいない時に」
「狙われたのかもしれません。情報が洩れているかも……」
「彼ほどの人物だ。情報が洩れていようがなかろうが、商用の交通手段を使えば、どこにいるかの特定は然程難しい話ではない。次から次へと波がやってくるな。都のトップと本部四役の一人がくるとは……」
総務部長の中村は元々、三境会本部の調査課長を務めており、齋藤と同じように若くしてその実力を認められた人物だ。過去の実績から各方面に顔がきき、いざとなればある程度の事案や事件に横車を押せるような人物であった。
しかし、中村はなぜかこのタイミングで九州の佐世保へと旅立った。
「どちらにせよ、現状では御浜奏多を引き渡せない。やっかいな能力に、他の機関にきな臭い部分が散見される」
「……ゆすってきますね」
『煉獄の住人の可能性がある御浜奏多を引き渡せ』という本部側の思惑に至ることは第22地区の幹部陣には自明の理であった。
「だろうな……一旦この件は承知した。明日朝、加賀地区長と協議。いいな」
「お願いします」
翌朝。 地区長、事務局長および齋藤は手短にミーティングを済ませた。極力、引き渡しを引き延ばすように結論をもっていくことで話がまとまった。
午後1時きっかりに電話係から内線が齋藤へと送られる。好ましくないお大尽のご到着の知らせだった。
「はじめまして。第22地区事務局総務部総務課課長の斎藤です」
「名前は聞いているよ。よく働いているそうじゃないか。できるらしいね」
「恐縮です」
「赤生田理事長、こちらへ」
三境会東京都支部理事長の到着を玄関ホールで出迎えるとすぐさま、会議室へと誘導する齋藤。
「民間人に強制力を使用した時はどうしたものかとおもったよ」
「申し訳ございません。いささか緊急の案件でしたので」
「ははは。豪胆だな。悪くない」
赤生田に対しては毒にも薬にもなりそうにない、そんなファーストインプレッションを抱く。中肉中背、白髪が交じった頭髪をきっちりと整えていた。
エレベーター内でそんなやり取りをしていると事務局長室に到着する
「失礼します、お連れいたしました」
「局長お久しぶり」
「こちらこそお久しぶりです」
「鎌倉の立て篭もりの一件からか」
「よくお覚えで」
「どうぞおかけ下さい」
どさっと、応接用のソファに腰かけると、世間話も切り上げて本題へと入った。
「局長、手短に行こう。煉獄の住人を引き渡して欲しい」
『きた』と齋藤は頭の中で声を発する。
「やはりその件ですか」
「22地区だけの警備では何かと不足だろう。大天使の介入があったと聞いている。どこもかしこも大慌てだ」
「理事長、もうしばし猶予をいただきたい」
「この一件から解放されるぞ。齋藤課長の件も、事務局員の緊急、および臨時的な執行で済まされお咎めなし、という落としどころになるだろう。悪い話ではない。こちらから関係各所に今一度口利きしよう」
「……ご厚意をいただきながら恐縮ですが、我々はこの件から引く気はありません」
赤生田は阿南の回答が無論、想定内であると言わんばかりに、軽く笑みを浮かべながら話を続ける。
「監察局がここにちょっかい出そうとしている」
「監察……ですか」
「本部と私で監察の動きを遅らせている」
実質的な脅しだった。
先の斎藤の件は加賀地区長が便宜を図り本部と都との協議で監察委員会には提議されなかった。これは大きな貸しになっているのは事実だった。
実際、被害者は出ておらず、内々で済まそうとすれば済む話しである。
「恐れ入りますが、齋藤の件はある程度、話が進んでいるそうですが……その他にどのような件で?」
「斎藤くんの一件もあるがそのほかにも天使を匿っているそうだね」
「正規の保護申請を踏んでいますが?」
「これは天界の問題でもある。我々が介入するのはいささか踏み込みすぎではないか?あまり介入すると三境会の姿勢の根本に関わる」
言っていることが無理筋だった。どうにか第22地区側の弱みをちらつかせて、奏多を引き渡しをさせたいということだけが見え透いた、ご厚誼だった。
「彼は今どこに?」
「仮眠室にいるかと」「警備は行っています」
理事長と局長が声をかける。
「改めて幹部で協議しご返答いたします。今日はこの辺でご容赦を」
「近々で頼むよ」
その後の三境会本部の代表理事も同じような内容だったがもっと即物的だった。
「どう思いますか?」
「監察は送られてくるだろうな。難癖つけて彼を回収しようとする」
「中村部長がこの辺の処理が上手いのだかな」
内線が事務局長室へと入電。事務局長がとると相手は総務の田中だった。
「監察局の方からお電話です」
「…つなげ」事務局長が重たく答える。
「事務局の阿南です。…なるほどわかりました。お待ちしております」
阿南から嘆息が漏れる。
「聞いて驚け…副支部長と監察課長だ」
斎藤は聞き間違いかと思った。
「東京の監察の二番目と事務方のTOPですか」
「明日、お出ましだ」
「本部も都も嫌がらせは手回しが早いですね」
上記2名が訪問、どのように対処するのかを齋藤はすっぱく言われた。




