1.サイセイの始まり
暗く、そして熱い……だけれどもそこが僕の帰るべき郷国のような……そんなノスタルジーを感じさせる故郷のような土地を思い浮かべる時がある。言葉にはできない、どこか懐かしい見たこともないあの憧憬、風のにおい……。寂しい風が頬を薙ぐ感触。
僕は夢を見る。
いつも目を覚ますときにはそれがとても曖昧で、誰にもこれを伝えることができない。いつもこのもどかしさに憂鬱を覚える。
どこで別れて、そして分かれてしまったのだろうか。
生まれた時から、何かを失ってしまっていたかのような。
もう一つの自分。自分であって自分でない。そんな何かを。
そして、自分が生まれた場所はここではないのではないかという形容できない『何か』をいつも追い求めていた。
このままでは僕は何者にも成れない。どこへ行き、どこへ帰ればいいのだろうか。
そんな日々が幼い頃から続いていた。
だけれどもある日、その瞬間から始まった。もう一つの僕を見つける旅が始まったんだ。
彼はいたって平凡な学生だ。
この春から都内の大学に通っている。
田舎から上京してきて、都内の安アパートに住んでいる。ワンルーム、ユニットバス、料理もまともに作れるかわからない、あてがわれたキッチン。
それが彼の始まりの住まいだった。
彼の名前は御浜奏多。
高校時代は陸上部に所属していたがほとんどが部活とは名ばかりの活動で、イベントや大会に出ることで実績を作ろうとする。それ以上の功績を上げようともせず、一回戦負けで部活生活の多くの時間を無為に過ごした。
目的があったわけではない。
ただ一つ言えることがあるとすれば、気を紛らわそうとしていた。
奏多はふとした瞬間に郷愁に駆られることがあった。
見たこともない景色、におい、湧き上がる寂しさ……そのような靄ついた感情を発散させるべく、とにかく運動をしていた。
はたから見れば活動的ではあったが怠惰な日々を永遠と過ごしているといつの間にか高校生活が終わってしまっていた。
彼の人生設計にもこれと言った目標もなく、日々是好日と言わんばかりに、やり過ごして人生を生きてきた。
大学へ入学したのは言ってしまえば、箔をつけるというよりも、人生の後回しにあった。やりたいことが見つからない。できることも見つからない。そんな彼には時間が必要であるとなし崩し的な考えに至った結果だった。
「何をすればいいんだろうなー……」
登校中、受講中、食事中、睡眠前……切羽詰まっていない彼はふとした瞬間にそんなことを度々あたまの片隅をよぎる。漏れ出てくる漠然とした焦燥感は彼を何かに駆り立てることはなかった。
唯一、彼が時たま感じるモノがあった。
何かを見たときに浮かぶ残影、訪れたこともない場所の風景、感じたこともない匂いがフラッシュバックする。
悪い記憶ではない。ただそれは「そこへ行きたい。帰りたい」という謎めいた寂寥感だった。
大学の講義が終わると彼は早々にアルバイト先へと向かっていく。
これまた大したことのないバイトで、それは生活費や遊興のための仕事だった。
大学に入学してからそんな日常がしばらく続いた。
しかしながら、神様でもいたら運命や偶然とかいう、そんなある種の歯車やプログラミングが仕込まれていたんじゃないか、と思わせる些細なできことが動き始めようとしていた。