花は揺れ、そして笑う
目の前で揺れるビオラとパンジー。その花を見ているうちに、僕は、小さい頃から身近にいた小晴ちゃんとの思い出を振り返っていた。
保育園の頃、近所の公園で転んで泣いた僕に「げんきだして」と言ってたな。
小学二年生の夏、初めて町の相撲クラブに入門した時、「つよくなってね」と言われたな。
小学五年の海浜学習の時、海パンを忘れて海遊びできない僕に「元気だしなね」と言ってたな。
中学一年の秋、期末テストで九教科八十点で凹んでた時、「なんとかなるよ」と励まされたな。
中学三年の修学旅行、奈良の寺で鹿に噛まれた僕に「いいことあるから」と言ってくれたっけ。
高校一年の登校初日、寝ぼけて中学校に行ってしまい、「さすがにそれはないね」と笑われたな。
そして、いろんな女の子に告ってその都度フラれた時に、いつも小晴ちゃんは微笑んで「元気だしなね」と、横で慰めてくれていた。呆れたような、微妙な表情は何度もしていたが。
思い出すと、いつも、小晴ちゃんは側で支えていてくれたのだ。
僕が鈍すぎて気付いていなかっただけで、小晴ちゃんはずっと、僕を大切に思って接していてくれたのだろう。そうでなかったらきっと、相手にされるはずもない。いくら幼馴染みだからって。
「・・・・・・ん?」
その時、後ろから足音がした。花の前でしゃがみ込んでいた僕は、立ち上がり、振り向いた。
そこには、茜色の夕陽に背にした小晴ちゃんが、淡いシルエットのようになって、立っていた。
「きんちゃん、どうだった? 探していた本は、見つかった?」
「・・・・・・ああ、見つかったよ。・・・・・・す、すまん小晴ちゃん。あ、あのさぁ・・・・・・ええと・・・・・・」
すると、しどろもどろになった僕の前で、小晴ちゃんは花咲くように「よかったぁ」と笑った。そして、表情をそのままに、玄関脇にある二つの花を指差した。
「見て、きんちゃん。・・・・・・これ、わたしときんちゃんみたいだね? パンジー、大きすぎだし」
「大きすぎ・・・・・・って、これ、もともと小晴ちゃんが育ててたんじゃなかったんかい?」
「え? あ、そっか・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・ぷっ」
「ふっ・・・・・・ふははっ!」
数秒後、僕と小晴ちゃんは、吹き出すように笑った。夕空には、白い星が一つ、瞬いている。
僕は、花を知って、一番身近な人の心も知った。もっと早く、気付いていればよかった。
いつからだったのだろう。小晴ちゃんが僕を想っていてくれたのは。
もしかしたら、それは花だけが知っていることなのかもしれない。
風に揺れ、可憐に咲いてる、三色スミレたちだけが・・・・・・。
サンシキスミレ
終わり