走れタマル
図書室になかったお目当ての本を、本屋でやっと発見した。『誕生日、三百六十五日の花言葉』という本だ。
レース編みのような絵柄が描かれ、白とピンクのチェック柄でデザインされた表紙。もう、いかにも「女性向けですよ!」的な感じ。
その本があるコーナーにいる客は、女の子や女性ばかり。
どう見ても僕は、浮いている。本来僕は、武道や格闘技雑誌コーナーにいる客相だろうな。
僕は、あたかも誰かに頼まれたかのような感じで突撃し、本を手に取った。「これだ、頼まれたやつは」と言いながら。
紫色の学校ジャージ姿の巨漢が華やかな本を手にし、コソコソと立ち読みしている。何か、妙に周囲から視線を感じる気がする。別に変なことはしていないのだが。
本をペラペラ捲り、まず僕と小晴ちゃんの誕生日ページを見てみた。ああ、照れくさい。
二月二日と、十一月十一日のページ。そこには、こう書かれている。
☆ 二月二日の誕生花 【パンジー】
[花言葉] 私を想って
(白) 温順
(黄) つつましい幸せ 田舎の喜び
(紫) 思慮深い人
☆ 十一月十一日の誕生花 【ビオラ】
[花言葉] 私を想って
(白) 温順
(黄) つつましい幸せ 田舎の喜び
(桃色) 少女の恋 信頼しています 私を想って
「・・・・・・。・・・・・・パンジーもビオラも、ほぼ同じだなぁ・・・・・・。・・・・・・ん? ・・・・・・まてよ!」
僕は、はっとした。その場で瞬きを何回かした。小晴ちゃんの言葉が、頭をよぎった。
――― きんちゃんには、ピンクのビオラと黄色のパンジーを、大切にしてほしくてさ ―――
「ピンクのビオラと・・・・・・黄色のパンジーって、もしかして、そういうことっ? うそぉ!」
僕は慌てて本を閉じ、それを棚に戻した。周りの客は、本を閉じた音に驚いた感じだ。
急いで本屋を出て、音を立てながら走った。道行く人々を撥ね飛ばし、僕は重戦車のように、家まで走った。人目も気にせず、いつもの倍近い力で、走った。田丸きん平は、ひたすら、走った。
「何をやってたんだ僕は。・・・・・・気付かなかった。そういうことかい!」
息を切らせ、太った男子が走ってゆく。道に転がった空き缶が揺れる。小石は塀に弾け飛ぶ。
他人から見たら、ただのトレーニングか、お腹が空いて早く帰りたいのか、そのどちらかだと思われることだろう。どう見てくれてもいい。僕は走ったのだ。どすどす、どかどか、走ったのだ。
家に着くと、全力で走ったせいで、膝が痛くなっていた。僕は玄関脇の花をじっと見つめて、さっき読んだ本の内容を思い返し、手を伸ばした。
二つの花は、汗だくの僕へ笑いかけているかのように、緩やかな風を受けて揺れている。