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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 3 夢幻の願い、偽りの微笑
99/110

scene 7

 ナユタは一声上げた後、大きく開け放たれている観音開きの窓を静かに閉めた。窓からの光はその一瞬にして遮断され、部屋の中を照らすのは隙間だらけの壁から差し込んでくる頼りなげな光のみとなった。 柔らかに身体を包む布団から固い材質の床へと着地したナユタは、寝床からは僅かに遠い部屋の隅へ置かれたタンスの前まで大股に進んだ。

「さてと」

 ナユタはタンスの取っ手らしいくぼみに手をかけると、僅かに後ずさりながら自分の方へと棚を引いた。中身が丸出しになった棚の中には様々な色の服やズボンなどといったものが入れられており、どこにどの服があるのか一目で分かるよう丁寧にたたまれていた。

 ナユタはまず、裾が長く生地が薄いフードの付いたベージュの上着と袖の短い白のシャツを取り出し、しわがよるのも気にせずそれを無造作に床へと放り投げる。さらに裾が絞られた七分丈の黒いズボンを手にすると、ワンピース状の寝巻を脱がずにそれに足を通す。腰の位置でズボンを落ちつけた後、片手でそれを押さえながら先ほど開けた場所より少し上にある小さめの棚を片手で引き、手探りで細い茶色のベルトを取り出した。しっかりとした作りのそれをズボンに通し金具で止めると、寝巻の腰辺りにクロスさせた手をかけ一気に頭を通して脱ぐ。あまり筋肉のついていない白く細い身体が露になる。ナユタは屈みこんで床から白いシャツを手に取ると頭を通し、さらに上着に手を通しつつわりと長い足で下の大きな棚を押して閉め、上着の袖をくぐりぬけてきた手でそのまま静かに小さいほうの棚を押す。

「――よし。準備完了」

 仄暗(ほのぐら)い部屋の中、目を細め小さく呟いたナユタは急いで玄関口へと駆けだそうとし、

「っと。忘れ物忘れ物」

 ピタリと足の動きを止め、出入り口のドアからタンスのそばの壁へと素早く視線を移す。そこには、青灰色のゴーグルがついたベージュ色のキャスケットがつるされていた。

「いくら祭りに浮かれてるからって、大事なものなんだから忘れるなんて論外だぞ。全く」

 自分に言い聞かせるように呟いたナユタは、さきほど服を適当に放り投げた手と同じものとは思えぬ慎重な動きでキャスケットを手に取り、丁寧な動きで頭にのせる。キャスケットのサイズはナユタの頭には大きすぎるようで、それは自然にナユタの顔を深く隠す。

「よし。もう大丈夫だな」

 下がってくるキャスケットの位置を調節しつつ、ナユタは一度小さく頷く。そして、今度こそといった風に正面を向き足を前へと運ぶ。が、

「って。しまった。朝食食ってねぇじゃん」

 再度やれやれといった風に足を止め、視線を正面から僅かに斜めへ反らし、部屋の中央に置かれたテーブルの上へと流す。そこには色とりどりのフルーツが盛られた木編みの籠が一つだけ置かれていた。籠の中では様々な果物が微かな光を浴びて、赤や黄や橙や紫や緑といった極彩色を薄暗い中で煌びやかに放っていた。

 ナユタは果物の置かれたテーブルへ近づくと、籠の中から紅玉のように美しく光り輝いている林檎を二つ取り出した。それを器用に右手だけで持ち、

「今度こそ、行くぞ」

 急ぐように玄関へと向かった。

 玄関の木戸を外側へと押して開け、外の眩しさに一瞬目を細めたナユタは太陽の光にその身体を晒す。

「遅い。このあたしを待たせるなんて、いい度胸してるじゃない」

 扉のすぐ傍――玄関から見て右側の壁にもたれていたリスカは、少し不機嫌そうな声で冗談半分に言葉を発する。

「ごめん、ごめん」

 ナユタは己の右手に視線を落とし、その手に持った林檎をリスカにそっと差し出した。

「これ、やるから許してくれ」

「やった! ありがとッ」

 リスカは心から嬉しいという風に嬉々とした声を上げて笑い、ナユタが握っていた林檎を二つともその手中に収めた。ナユタはすっかり手ぶらになってしまった自分の右手を、まるで何が起きたのか理解できないという風に見る。しばらく見つめ、見つめ続け、やがて、

「……朝食」

 ほんの少し悲しげにつぶやき、右手をぶらりと下へ垂らした。

「うん? どうしたの、ナユタ」

「え。あ、いや。……はぁ。もう、いいや」

 ナユタはため息交じりに短い声をいくつかもらし、「行こう」とリスカを促した。本気でナユタが一瞬落ち込んだ理由が分からないらしいリスカは怪訝な表情で小首を傾げる。きょとんとした表情をそのままに、リスカは右手に持つ紅色の林檎にまっ白な歯で齧りついた。


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