scene 6
気まずそうに、遠慮がちにナユタはリスカを見上げる。深く肩を落としたリスカは、呆れたような声音でため息交じりに言葉を続けた。
「ナユタ、知らないの? セスティナ王国の二十代目国王であるソラト王を?」
「え……。あ! あぁ、分かった思い出した。あの西方の瓦礫の街の」
「そ。セスティナ最後の王と言われる彼よ。彼の果てしない努力と限りない知力によって、セスティナはこの雲海の上の王国で最も栄えたわ。ソラト王の時代はセスティナの黄金時代と呼ばれるほどだった。けれど――百二十年前、下界の人間がセスティナに攻め込み、国は滅びてしまった。それからは私たちの住むフェイランティス王国が最も栄えていた」
リスカは過去形で言葉を終わらせ、その先を言いはしなかった。唐突に視線を泳がせ始め、口を閉ざす。
そんなリスカの姿を横目に、ナユタはリスカが言うことを躊躇った言葉の続きをあっさりと口にする。
「けど今の王になってから、この国はすっかり衰退してしまった」
きっぱりとした口調で言って退けたナユタに対し、リスカは視線をナユタに向けて目を剥き、唇の前に右手の人差指を素早くまっすぐに立てた。
リスカの反応に対し、ナユタは「別にいいだろう」といわんばかりのうんざりとした表情でリスカを見返す。
「馬鹿ナユタ! なんてことをさらりと言ってんの。いつもあれだけ反逆罪に当たる言動は慎みなさいって言っているでしょ! ……まぁ、その言葉を思わせるようなことを言った私も悪いけど。少しは緊張感を持ちなさい」
リスカは声をひそめてナユタを咎め、眉間に険しいしわを作った。
ナユタはまるで他人事であるかのようにリスカの言葉を受け流し、ひらりと右手のひらを振った。
「分かってるよ。その忠告ならもうとっくに聞きあきてる。けど――言ってないと、やってられないんだよ。王が、兄貴がしたことは、一生償っても償いきれないことなんだよ。たとえその命を以て償ってもな」
「ナユタ……」
計り知れないほどの暗い闇を秘める、ナユタの紫色の瞳。妖しく、しかし鋭く閃く真剣な其の眼差しに、リスカはナユタへ声をかけることを躊躇った。
「……そっか。――たは――になって、くれ――のね」
声を地に落とすようなリスカの暗く重い言葉に、ぼんやりと遥か遠くを見つめていたナユタははっと視線をすぐ傍にいるリスカに向けた。
「えっ。うん? 何だ、リスカ」
「うっ、ううん。何でも、ないの。――よし。ねぇ! ところでもちろん、お祭り行くわよね?」
リスカは先ほどの暗い声が幻であったかのように、笑顔全開の明るい声音でナユタに言葉をかけた。
「あっ。あぁ……。そうだな。言ってみるか。その祭りはもう始まってるのか?」
「えぇ。だから、速く行くわよ!」
リスカはふふっと軽やかに笑うと、ナユタに背を向け玄関がある方へと軽やかに歩いて行った。
リスカの薄紅色の髪が壁の死角へと消えたことを確認した後、ナユタは薄く唇を開き外の空気を胸一杯に吸い込んだ。
「……さてと。行きますか」