scene 5
静寂に満たされた街の中にひときわ大きく響く、宗教的放送。その放送を受け流しながら、ナユタは窓辺でぼんやりと思案に暮れていた。紫の瞳は正面を静かに見すえ、しかし街の景色が脳で認識されることはない。
『……本日も、崇高なる我が国のより一層の発展と、この国に住まう者たちのゆるぎなき王への忠誠心を祈念し、終わるとする』
やがて、仰々しい言葉によって放送は締めくくられた。しかし尚もナユタは目の焦点を結びはせず、瞳を呆然と正面に向けたまま思案を続けていた。
唐突に音が途絶えた街に、ひどく重たい沈黙がのしかかる。相変わらず人々は活動をしようとはしない。
と、その時。
ピチュルルルッ
「……うわっ。え?」
ふいにナユタが頬杖を突く窓辺に、一羽の小鳥がふわと舞い降りた。独特な美しい黄色と橙色をした、羽と尾の長い小鳥だ。まるで歌っているかのようなそのさえずりは、聞く者の心を癒すかのように柔らかい。
ナユタは街の風景からそばに止まった一羽の小鳥へと視線を下げ、小さく息をつきながら口を開いた。
「なんだ、小鳥か。どうした? お前も一人か?」
ピチュチュチュッ
小鳥は肯定するかのように小さくも俊敏な動きで首を傾け、高くさえずる。その円らな瞳がナユタの瞳をとらえ、純粋な光をたたえた小鳥の目に、ナユタは一瞬息をのむ。
「――あ。お前。オレと同じ色の瞳してるんだな」
光の入った小さな目は、ナユタと同じ神秘的な紫色。小鳥はナユタの言葉の意味が理解できないという風に、小さく首を横に傾げる。
その小さな可愛らしい動きに、ナユタはすっと目を細める。その仕草は、目じりをすぼませて微笑んでいるようにも、ただ単にもっとはっきりと見るために目を細めたようにも見えるものだった。
ナユタは目を細めたまま、苦笑するように小さな息をもらす。その表情が決して晴れることはないが、少しだけ憂いが和らいだように見えた。
「……お前よく逃げないよな。人懐こいのか?」
「そうじゃないわよ。あなたがあまりに可哀そうな顔してるから、逃げるに逃げられないだけに決まってるでしょ」
紫の瞳をした小鳥は、咎めるかのような口調でそう言った――訳もなく。
「はっ……? え、あぁ。リスカ?」
チルルルルルッ
ナユタの視線が小鳥から声の方へと素早く上がり、刹那に小鳥は歌うようなかん高いさえずりを響かせながら天空へと飛び去る。
明るい光のかたまりのような小鳥の姿を目で追いながら、リスカはナユタの家の壁の影から姿を現した。
「もちろん私よ。小鳥に話しかけてるあなたの図って、悲しすぎるわよ?」
空高くへと舞い上がった鳥から目を離したリスカは、薄紅色の瞳を悪戯っぽく煌めかせながら己を見つめるナユタの瞳を見返す。
「悲しすぎる図ですいませんね。……で、何?」
「で、何? はないでしょ。せめてもう少し口調を和らげたら?」
「じゃあ、こんな朝早くから、何しに来たんだよ?」
ナユタはやれやれという風に肩をすくめ、面倒くさそうに小さく吐息をついた。しかしその声音には、仕草ほどの面倒くさいという感情はなかった。
リスカはにっこりと可憐な花のように笑い、ナユタの方へと窓越しに身を乗り出す。反対に、窓辺で頬杖をつき外へと身を乗り出すような体勢になっていたナユタは、わずかに後ろへと身を引く。
「今日が何の日か分かる?」
「は? えっと……まさかリスカの、誕生日、とか?」
「馬鹿。違うわよ。私のはまだ三月も先」
「じゃあ。オレの誕生日か?」
「……自分の誕生日覚えてないって、かなり頭の方が重症じゃない?」
「はいはい。ちなみに覚えてるからな。リスカと自分の誕生日くらい」
「当たり前でしょう」
「で、結局今日は何な訳? 世界滅亡の日とか、びっくりな大予言とかするなよ」
「そんな馬鹿馬鹿しいこと言う訳ないでしょう。今日は――」
リズムの良い会話を繰り広げていた二人だったが、そこで一旦リスカが言葉を嬉しそうに溜める。
そして、
「――ソラト王の生誕百五十周年記念のお祭りがある日よ!」
笑顔全開で、心から楽しそうにそう言った。のだが、
「…………。えっと、ごめん。その〝ソラト王〟って、誰?」
怪訝な顔をしたナユタの言葉によって、その笑みは完全にかき消されてしまったのだった。