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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 3 夢幻の願い、偽りの微笑
96/110

scene 4


     *     *     *



 太陽が東の低い位置で静かな光を放つ朝。空は抜けるように蒼く、どこまでも果てしなく広がる。

 そんな空に浮かぶ白く柔らかな地面――雲の上に建ち並ぶのは、シンプルな作りをした一階建ての家々。その家に住むのは、一見人間と同じ姿をしているが、人間ではない別の者たち。

『我が天空の王国は、長きにわたり神々と等しき日々を送り……』

 清々しい空気に満たされた朝。その何やら宗教めいた放送は、建ち並ぶ簡素な家の間に立つ一本の棒の上から流れていた。そこには巨大な拡声器が取り付けられており、大変迷惑な大音量の声はそこから家々へ向けて発っされている。

「ん……。ふぁ」

 快晴の元。一部屋しかないとある家の中にある、たくさんの布団や枕などを寄せ集めて作ったベッドのようなものの上で、ナユタはゆるりと目を覚ました。ナユタが目を開けた理由は、無論放送が耳に入って来たからである。

 小さな木のテーブルや棚などがならんだ部屋の中。ベッドの上には観音開きの窓があり、半分ほど開かれたそこからは清涼とした朝の空気と、心地よく身体を包み込む朝日が室内へと滑りこんでいた。それとともに、怪しげな放送も流れ込んでいたのだが。

「なんてことだ。〝放送〟で起きるなんて、寝覚めが悪いにもほどがある」

 ベッドの上に寝転んだままのナユタは、苦虫を噛み潰したかのような顔で大きなため息をついた。

『……雲海に住む者として我らは誇りを抱き、地上を醜く這いつくばる人間と同類でないことに感謝をしなければならない。我らは神と同じ。人間は神の創造物でしかなく、……』

 相変わらず、放送は続く。拡声器から流れる声は若く、張りがある良い声質をしている。しかし、感情がないような淡々とした喋り方で放送の言葉は紡がれていた。

「……くっだらない」

 ナユタは仰向けに寝転んだまま、放送をふんと鼻で嘲笑った。その顔は、軽蔑や嫌悪や憎悪などといった負の感情から、醜いほどに歪められていた。

 歪んだ顔のナユタはぼんやりと天井を見上げながら、やがて腹に力を込め腹筋を使ってベッドから上半身を起こした。方々(ほうぼう)に散らばっている艶のある栗毛の先が、力なく揺れる。

「――兄貴は、何故そこまで人間を嫌うんだ?」

『……人間は穢れの塊。見よ、西方に広がる瓦礫の国を。百二十年前、人間は西方の国を攻撃し、国を一瞬にして瓦礫に変えてしまった。人間は非情で冷血で無慈悲な生き物だ。それに比べ、我ら雲の上の者は……』

 ナユタの問いに答えるかのようなタイミングで、放送をしている人物――この国の王であるナユタの兄は言った。

 〝放送〟とは、この国中で毎日ラジオや道に設置された拡声器から流れる国王の言葉のことである。言葉とは言っても、放送される内容は毎日同じだ。その内容は、いかに自分たちの種族が崇高か、いかに人間が(よこしま)で醜い生き物かを訴えるものだ。

「……兄貴が思うほど、人間って醜いのか?」

 ナユタは放送を聞く度に己の心の中に芽生える疑問を、ほろりと唇の間からこぼした。そのまま、僅かに開いた唇から室内の空気を吸い込むと、まるで首の据わらない赤ん坊のように首を後ろへ力なく倒した。その首を右側に向け、視界に僅かに開いた観音開きの窓を入れる。ナユタは視線の先にある窓へ手を伸ばすと、そのまま窓を全開に開いた。眩しい朝日が薄暗い室内へ一気に流れ込み、新鮮な少し冷たい空気が室内を満たす。同時に太陽に照らされたナユタの顔にはっきりとした陰影が生まれ、神秘的な憂いを帯びた美しい瞳が紫の光を放つ。

「今日も、空は綺麗だな」

 言葉を一つ一つ噛み締めるように呟いたナユタは、物憂げな視線を蒼穹から下げた。

「オレは――この美しい国をこんな風にした兄貴の方が、人間よりよほど醜いように思えるんだけどな」

 ナユタの視界に広がる石造りの街並み。家は簡素ながらも並びが整っており、美しい風景と言えよう。しかし、市場や床から起きた者たちの声により活気に満ちる朝だというのに、外で動く人影が全くない。まるで、この街には誰もいないかのように。

 ナユタは緩慢な動きで窓のふちに頬杖をつき、不気味な静寂に満ちた街を焦点の定まらない瞳でぼんやりと眺めていた。


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