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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 3 夢幻の願い、偽りの微笑
94/110

scene 2

 美麗な表情を僅かも崩さないまま、リスカは口から言葉をこぼす。

「ナユタ。あなただって、イジわるよ」

「は?」

 リスカの思いがけない言葉に、ナユタは首をかしげて「どういうことだよ?」と立て続けに問おうとした。がその時。

 ――ふいに、リスカが腰を折り曲げ、白く細長い腕をナユタの顔へと伸ばした。そのまま滑らかな手の平はナユタの頬を撫で、そして、

「ッ!」

「ほら」

 リスカはクスッと子供っぽく笑いながら、ナユタの左頬をつまんでそのまま上へと引き上げる。結果的に、ナユタの顔には歪な笑みが作り上げられることとなった。

「なっ。何するんだよッ」

 口の左端が上がっているため、ナユタの発言は少々聞き取りにくくなっていたが、かろうじて意味を持つ言葉となっていた。

 歪な笑みの中、困惑と小さな怒りに顔をしかめるナユタを見ながら、リスカは口元に小さな微笑みを浮かべて言う。

「だって、ナユタは意地悪なんだもの。暗黒時代になってから、全く笑わなくなったじゃない。まぁ……無理もないかもしれないけど。でも、あたしは、ナユタに笑っていてほしいし、あたしは、ナユタを昔みたいに無邪気に笑えるようにしたいの。でも、全然、ナユタは笑ってくれない。だから、これは罰よ。それから、笑う練習も兼ねてる」

 柔らかな、大輪の花を思わせるリスカの笑み。リスカはナユタの頬から手を離すと、ナユタの視線に合わせるようにして笑顔のまま、その場にしゃがみこんだ。

 ナユタに笑ってもらうために、自分は笑っていようと努めている、優しさを含んだ笑顔。だが、

「……そうだよな。でも――ごめん。オレは、無邪気な笑い方なんて、もう、忘れたから」

 リスカの笑みに、ナユタが応えることはなかった。

 悲しみに視線を伏せるナユタは、暗い声音のまま続ける。

「もう、今のオレは、偽りの笑みを顔に貼り付けることくらいでしか、笑うことなんてできない」

「ナユタ……」

 リスカの顔から、先ほどまで浮かんでいた笑みが消える。代わりに浮かぶのは、胸をかきむしりたくなるほど悲痛な表情。

 ナユタは、深い悲しみの色で満たされた紫色の瞳をさらに暗く染める。

 二人の間に虚しい沈黙が流れるかと思いきや、表情を曇らせたままのリスカがすぐに口を開いた。

「――やっぱり、まだ悲しい……? その……」

 その先の言葉を言い辛そうに濁したリスカは、下から見上げるような視線で遠慮がちにナユタを見つめる。

「両親が殺されたこと、だろ」

 ナユタは顔色一つ変えないまま、何の躊躇いもなくその言葉を口にした。あまりにきっぱりとした言葉に、リスカは少したじろく。

「あ、うん……。そう。――ごめん」

「なんでリスカが謝るんだよ」

「え。だって、その、ナユタに、イヤなこと、思い出させちゃったから……」

「いいって。リスカは何も悪くない。悪いのは、全部兄貴なんだから。オレが笑えなくなったのも、そのせいだし。今でも、父様と母様を殺した兄貴を見るたびに、心の中で、破壊衝動が疼いて――」

「ナユタ!」

 リスカは鋭い声でナユタの言葉を遮るように叱咤する。その声のあまりの鋭さに、ナユタは驚いて顔をはね上げた。色白の顔の中で暗い影を漂わせる、二つの紫の瞳が驚きに大きく見開かれる。

 しばらくリスカは緊張した面持ちで息をひそめるようにして座っていたが、ふいにその瞳に陰りを落とした。

「ごめんなさい。……でも、もしさっきの言葉が、あなたのお兄さんに盗聴されたいたら、あなたは反逆罪で即死刑になるかもしれないって思って……」

「盗聴? いくら何でも、それは考え過ぎ――」

「そんな、呑気なこといっていられるの?」

 リスカの力強い声音に、ナユタは僅かに戸惑う。

「え、あ。あぁ。確かに、兄貴ならそれくらいのことしててもおかしくはないけど……」

 ナユタは考え込むように、視線をリスカから下へ下げる。

「それにあなたのお兄さんは、この国の王(・・・・・)なんだからどんなにお兄さんが悪くても、あなたは刃向かうことなんてできないし、しちゃいけないことなのよ」

「うん……」

 ナユタは納得のできないような顔で地面を凝視していた。


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