scene 1
――誰かと出会うこと。誰かと別れること。
それはどちらも、運命である――
* * *
雫が、美麗に舞った。
水の雫は蜜色の大きな満月の光を受けて反射し、光の粒子となって宙を飛ぶ。
たくさんの光の粒は虚空に滑らかな放物線を描きながら、自分たちがもといた場所――広大な湖へと落下する。湖は落ちて来た雫を己の中に吸い込み、雫は静かに湖へと波紋を広げていく。
「……水は、本当に綺麗だ」
湖のほとり。そこでふいに上がったのは、少年のような声だった。あどけなさを残すその声は、しかし子供らしくもない静かで儚げな雰囲気を醸し出している。
月明かりの下。湖のふちに腰かけている声の主は、細身の人物だった。美しい白群色をしたタートルネックのシャツと、紺色の細身のパンツを身に纏っている。短い髪は、闇の中でさえ鮮やかな色を放つ赤色。瞳の色は――不明。何故ならその人物が、ベージュ色のキャスケットを目深にかぶっているからだ。キャスケットの鍔の上には、青灰色の縁をしたゴーグルがのせられている。
「いいよな。本当に。水は、一点の濁りもなく……この世の穢れなんて、全然知らずに、ただ輝き続ける」
キャスケットをかぶっている人物は、水につけている自分の両足の先に視線を落とす。そのまま右足だけを水上に振り上げ、澄んだ水の割れる音を立てながら、再び宙に細かな光を作り上げた。煌めく水しぶきは派手に上まで飛び、その動きを追うようにしてキャスケットの人物の顔も跳ね上がる。その瞬間に、神秘的な深い紫色の瞳が蜜色の光のもとに晒された。
「――やっぱり。ナユタ、またここにいたの? 今何時だと思ってるのよ?」
唐突に、澄んだ声がその場に響き渡る。
声に反応したキャスケットの人物は、さして驚く風でもなく雫から視線を離し、肩越しに葡萄色の瞳を声の方向へゆるりと向けた。
「リスカか。どうしたんだ? 一体こんな時間に?」
キャスケットの人物から数メートル離れた場所。そこに、一人の少女が立っていた。
「それはこっちの台詞なんですけど。まったく。あなたの家に行ったら、明りもついてなかったし中にいる気配もなかったから、まさかと思って来てみたの」
「そっか。心配かけたな。ごめん」
素直に謝罪の言葉を述べたキャスケットの人物――ナユタの反応に、澄んだ声の人物――リスカは桜色の長い髪を揺らしながら、視線をそらすようにしてそっぽを向いた。
「そうに決まってるでしょ。もう、ナユタは……」
薄い生地の白いフレアワンピースを纏った色白の肌と、髪と同色の瞳を持つすねたような表情のリスカを見つめながら、ナユタは憂いを帯びた顔で小さく口元を微笑ませた。
「昔からそうだったな。オレはリスカに心配ばっかりかけて」
「その度に、あたしはナユタを叱ってる。それも大声で」
「保護者かよ。けど、オレが逆にリスカを叱ったことって、ないよな」
「そうよ。だって、あたしは誰かさんと違って良い子なんだからね」
クスクスッとリスカは自分の発言に、軽やかな笑い声を上げた。ナユタはそんなリスカの楽しそうな表情を、やはり憂いを帯びた顔で、瞳で、うっすらと作り笑いを浮かべながら見つめる。
「そうだな。リスカは良い子だもんな。明るくて、優しくて、こんな〝暗黒時代〟にも笑い顔を絶やさなくて。本当に、良い子だよ」
「褒めてくださり、誠にありがとうございます」
リスカは恭しい動きでわざとらしく腰を折り、ナユタへお辞儀をした。ナユタはそんな言葉を発し、大仰に腰を折ったリスカにやはり憂いているかのような笑みを向ける。
「そういうからかいは、止めた方がいいと思うぞ」
「あははっ。そーだね」
リスカは楽しげに笑い、ナユタの方へと一歩近寄った。ワンピースの裾が揺れ、リスカの白く細い足を滑らかに撫でる。良く見ると、その足には何も履いていない。
「リスカは、時々イジ悪になるよな」
「その通り。良く分かってるじゃない」
クックッとリスカは口元を手で押さえて悪戯っぽく笑い、肩を小刻みに震わせた。淡い桜色の光を放つ腰まで届くほど長い髪が、微かになびく。発光するかのように白い素足は〝柔らかで真っ白な〟地面を踏みしめる。
ナユタのそばまで歩んだリスカは、ふいに首をかしげながら美しく微笑んだ。