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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 2 夜半の月、砂上の旅
88/110

scene 34

 子供は名を問われているのだと気がつき、疑問符をかき消す。

「あ、……えっと、ヤナ」

 子供は何故か恥ずかしげに口ごもりながら、僅かに俯く。海棠は口元に薄く笑みを浮かべながら、長い髪を揺らして頷く。

「ヤナ、君だな」

「……あぁ。あんたは、えっと、〝カイドー〟だよな?」

 問うような視線で見つめてくるヤナに、海棠は口元に浮かべていた笑みを苦笑へと一変させた。

「……うーん。少し発音が違うが、名前は合っている」

 海棠は「まぁ、いいか」と独り()ち、「とりあえず外に出よう」とヤナに提案する。

 ヤナは黙したまま首だけを動かして頷き、それを確認した海棠は外へと歩を進める。

 血生臭い大聖堂の中に伸びる赤い絨毯の道をぬけ、海棠とヤナは熱と粒子を孕んだ乾いた風にあおられる。海棠の長い髪は滑るようにして風の中で泳ぎ、ターバンの隙間から出ているヤナの短い髪は小刻みな動きで激しくなびく。

 砂交じりの新鮮な空気を短い呼吸である程度吸い込んだ海棠は、早朝より鮮やかに色付いてきた青空を見上げ眩しさに双眸を細めた。漆黒の瞳は、中点へと向かって行く太陽を静かに見つめる。太陽は重圧を与えるかのように、じりじりと砂漠に立つ者をその熱で焦がす。

「そろそろ気温が危ないな……」

 海棠は視線を下げながら背へと手を伸ばし、上着に付いているフードを掴むとそれを目深にかぶった。天で輝く太陽から地上へと下げられた視線は、瓦礫と砂しかない街をぼんやりと見つめるヤナへと向けられる。

「ヤナ君」

「……えっ? あ、な、何だ?」

 ヤナははっと我に返り、自分より背の高い海棠を瞬時に見上げる。海棠の視線は、ヤナの瞳よりやや下へと向けてられている。その瞳が捉えているのは、ヤナの手に握られているままの銃だった。

「それは子供が持つには物騒だからな。某が持っておく」

「え? でっ、でも……」

 ヤナは眉をひそめて海棠を見つめる。右手で握る銃の引き金には、相変わらず人さし指がかかっていた。

「おぬしは初心者だろう?」

「ちっ、違う!」

「では、何故引き金に指がかかっているんだ?」

「え?」

 ヤナは意味が分からないという風に小首を傾げ、腕を視線の高さまで持ち上げ右手人差し指をかけている銃の引き金を見る。海棠は笑いを堪えるように顔を歪め、ヤナの持つ銃を指さした。

「引き金は、的に狙いを定めるまで指をかけてはだめなんだ。銃を扱ったことのない某でも、それくらいの事は分かる。本当はおぬし、初心者なのだろう?」

 海棠は馬鹿にするような笑みではなく、柔らかく労わるように微笑んでヤナを見る。その小さな身体にそぐわぬ銃を持つ子供は、虚をつかれたかのような表情で海棠を見上げる。

「知らなかったのか?」

 海棠の問いに、ヤナは恥ずかしげに瞼を伏せながら殆ど分からないほど小さく頷いた。

「……そうか。あ。くどいようだが、某はこの街を壊してはいないからな」

「それは、分かった。よく考えたら、街を壊したヤツはカイドーより髪が短かったしな」

 ヤナは俯いたまま小声で告げる。

 海棠はヤナの言葉に僅かに双眸を見開いて驚きを見せ、

「……そうか。うん。分かってくれたのならば、良かった」

 微笑みを消さぬまま頷いた。

「あぁ。じゃ、じゃあ、ほらよ。でも、ちゃんと返してくれよ」

「分かってるさ」

 顔を上げたヤナは、渋々といった表情で海棠へと銃を差し出す。その右手の人差し指は引き金にはかけらておらず、銃身に沿うようにして真っすぐに伸ばされていた。海棠はそれを確認した後、爆発物を取り扱うかのようにそっと銃を受け取った。

「では。預かっておくからな」

 海棠は指を真っすぐにしたまま、腰に巻かれたベルトの背中側へとそれをさした。

「……なぁ、カイドー」

 銃を収めた手を視線で追っていたヤナは、遠慮がちに海棠へと問いかける。

「うん? 何だ」

「……カイドーも、この街に砂漠の薔薇を探しに来たのか?」

「あ、あぁ。まぁ、な」

 海棠の遠慮がちな返答に、ヤナは小さく俯き顔をしかめた。

「じゃあ、カイドーもこの街を壊したヤツと、同じなのか?」

「あ。いや、某は力技で砂漠の薔薇を奪うつもりはなかった。某は、大変な病にかかっている妹の病を治すために、砂漠の薔薇を求めていたんだ。――きっと、砂漠の薔薇を盗んだ者も、誰か大切な人のためにこうしたんだろう」

 ヤナはさらに顔を大きく歪め、睨みつけるように鋭い眼差しを漆黒の瞳へとぶつけた。

「この街をメチャクチャにしたヤツを、カイドーはかばうのか?」

「違う。たくさんの命を奪った破壊者を許すことはない。しかし砂漠の薔薇は、自分ではない誰か他の人のために使わなければならない。だから、盗んだ者にも大切な人がいて――」

「盗んだんじゃない! 強奪していったんだ! みんなを殺して、街を壊して! それに、砂漠の薔薇には――っ」

 激情に任せ、罵るようなぞんざいな口調で言葉を吐き出していたヤナは、口にしてはいけないことを言ってしまったかのようにふいに口をつぐんだ。

 他人の言葉を途中で遮っておいて、途中で発言を止めてしまったヤナに対して海棠は眉をひそめ、

「砂漠の薔薇には、何だ?」

 言葉の続きを促した。

「――何でも、ねぇよ」

 ヤナは低い声音でぶっきらぼうに呟き、海棠の瞳から逃れるようにして黄土色のサラリと乾いた砂の上に視線を落とす。

 海棠は疑うように双眸を細め、静かな声音で問う。

「おぬし。砂漠の薔薇の何を知っている?」

「…………。何にも、知らねぇよ」

「――口を割らぬ気か。……ま。言いたくないのならば、無理な詮索はしないとしよう」

「あぁ。そうした方がいいぜ、カイドーさん。……この世には、知らない方がいい真実もあるってもんだ」

 ヤナは視線を下げたまま、ため息のような小さな吐息をついた。

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