scene 33
鋭利な刃物のような瞳で睨み据える海棠の瞳に、砂漠の民である子供は畏怖の念を抱き顔をこわばらせる。
「おぬしは、人を傷つけるようなことがしたいのか? 子供。質問に答えよ」
海棠は瞳の冷酷さを和らげぬまま、感情の淡々(あわあわ)しい冷たい声音で言い捨てる。その右頬に真紅の血が流れ、縦に一筋のラインを流れるように引いた。
子供は瞳に焼きついて離れない鮮血の紅蓮に一瞬息をのみ、魅入られているかのように視線をそらさずそれを見つめる。しかし、その視線は決して海棠のそれとぶつかることはない。
海棠は鮮血を食い入るようにして見つめる子供から、その手に持っている銃へと視線を下げた。
「少年。銃とは生き物を傷つけ、大切な命を奪う代物だ。そのように危ないものを、おぬしのような子供が持つな」
海棠の諭すような声音に、子供の手の平に力がこもる。
「だって……。だって……! 復讐してやりたいんだ! オレの住んでた街を、こんなっ、メチャクチャにしやがって……!」
子供は俯き、ぼろぼろと瞳から涙をこぼし始めた。涙腺から溢れる透明な雫は子供の頬を止めどなく流れ、それを止めようと手が白くなるほど握りしめた左手の拳で懸命に涙をぬぐう姿は、その子供の幼さを改めて感じさせるものだった。
瞳から次から次へと落ち続ける涙は砂をはじきながらその上に落ち、淡い黄土色の土を濃く染めていく。
海棠は必死に涙を抑えながら肩を震わせてしゃくり上げる子供のそばへ寄り、膝を折って視線の高さを同じにした。
「少年。その悲しみは、大変理解できる。大切な者を失うことは、自分の身体の一部を失ってしまうかのように、悲しく辛く苦しい。だが、復讐をしようと考えてはいけない。――某が、この街を壊した者ではないということは、分かってくれたか?」
呼吸さえも苦しげな子供はこくりと小さく頷き、泣き声ながらに訴える。
「それっ、は、分かって、る……。けどっ、何っ、で、だよっ……。だって、家族、もっ、友だ、ちも、家、もっ、街っ、も、全部、壊されたっ、ん、だぞっ……」
「あぁ。しかし、この街を壊した者を殺せば、その破壊者を大切に思っている人から、おぬしが恨まれ、殺されてしまうかもしれない」
海棠は射るような鋭い視線を和らげ、子供に優しく語りかける。その話の内容はけして優しいものでも、平和的なものではないのだが。
子供は徐々に収まってきた涙をぬぐい去り、力が抜けたかのように拳をすとんと下へ下ろした。
「でも……」
「復讐は復讐を呼ぶ。復讐は、連鎖するものなんだ。ここでおぬしが殺しを行えば、次々に復讐の輪が広がるのだぞ」
「けど、オレを大切に思ってくれている人は、もう、いない……。だから、オレが殺されたって、復讐は広がったりしない」
真っ赤になった目を真っすぐに海棠の瞳へと向け、子供は同じ高さにある漆黒の目を真剣に見つめる。真っすぐな、決意を秘めたような鳶色の瞳に、海棠はふっと柔らかな笑みを向けた。その笑みは、見た者もつられて微笑んでしまいたくなるほど、温かで抱擁感のある笑みだった。
笑顔を崩さぬまま、海棠は言葉を紡ぐ。
「そうだなぁ……。もしおぬしが殺されてしまえば、次は某がおぬしのために復讐として殺人ををするかもしれないな」
海棠の優しい笑みの中からこぼれた言葉に、子供は目を見開く。
「そんなっ……。別に、いい! オレのために復讐なんて、するなよっ」
「ほら」
海棠は子供の鼻先に、弾き出すようにして人さし指を突きつけた。子供は先ほどよりやや目を開き、僅かに顔を引く。
驚いている子供の反応を楽しむかのように、海棠は笑いながら言葉を続ける。
「おぬしがそう思うように、この街の人たちもおぬしが復讐をすることなど、望んでいないのではないか?」
「えっ……。あ――」
海棠は、最初の厳しい視線からは想像がつかないほど明るい眼差しで子供へ向けて微笑み、言葉に詰まっている子供の頭に巻かれた、少し黄ばんだターバンへポンッと手を置いた。
「わっ!」
子供は小さく悲鳴を上げ、海棠の手を捉えるようにして自分の頭へと左手を伸ばす。海棠は小さく笑い声を上げながら手を離し、服についた土埃をはらいつつ立ち上がった。
「まだ言っていなかったな。某は、海棠という名だ」
「は?」
唐突な自己紹介に、子供は疑問符を頭上に浮かべる。
「某の名だ。おぬしは、なんという名だ?」