scene 30
* * *
「北にオアシスがある砂漠の街……。やはり、ここで間違いないようだな」
人気が全くない、崩壊した砂上の街。家はすべて破壊されており、残っているのは石の壁の残骸のみ。元壁の下部分だけが砂に突き刺さり、たくさんの家の壁が奇妙なストーンヘンジを作り上げている。
海棠は僅かに残った家々の壁から、崩壊する前の美しかったであろう街の面影を見出だしながら、密やかなため息をついた。
「……本当に、徹底的に破壊してくれたな」
乾いた砂と、その上に散らばる石壁の残骸を踏みしめながら歩む海棠は、悲愴に暮れるように顔を歪める。
「これでは、砂漠の薔薇の手がかりさえつかめないではないか。――確かな情報筋から、ここに砂漠の薔薇が祀られていると大金を払ってまで聞きだしたというのに。……確か、街の中心の大聖堂に祀られていると言っていたな」
街の中心へと足の先を向ける海棠は、まるで自分の言葉に呆れるようにして大きなため息を漏らした。
「街の外れがこの有り様だ。中心部にある大聖堂など、もっとひどいことになっているに決まっているではないか。砂漠の薔薇も祀られたいたのだし……」
海棠は双眸を細め、歩みを止めずに周りに広がる瓦礫の街を眺めた。見晴らしは大変良いが、景観としては大変悪い。荒涼とした砂漠の風景は、胸の中の虚しさをただ掻き立てるだけで、他の何も与えてはくれない。
海棠は本日三度目のため息を漏らしつつ、歩を進める。その時、
「?」
地を踏みしめる足の先に、何かを蹴ったような感触が伝わってきた。どうやら石ではないらしく、それは硬くはなかった。訝しく思った海棠は視線を下げ、まじまじと足先を見つめる。見た感じ、それは縦に長い石壁の残骸に見えた。が、それは木の枝のように細く、丸く立体的で、何より先端が五つに枝分かれしている。
最初、それが何であるのか分からずに眉をひそめていた海棠だったが、
「――あ」
唐突に、それの正体を悟った。それは、殆ど砂に埋もれて干からびた、人間の腕だった。
海棠は、地面に埋もれる腕を見つめ――自分が今踏んでいる砂の下に埋まっているであろう人間の死体を思い――憂いているとも思える表情で、痩せ過ぎているかのように骨ばった腕を見つめる。
「……この人たちは、一体どんなことを思いながら、死んでいったのだろうな……」
海棠は沈鬱そうに口を開くと、誰に問いかけるでもなく囁く。漆黒の瞳は陰り、まるで大切な仲間を死から助け出せなかったかのように、海棠は申し訳なさそうな暗い顔で頭を下げる。
「すまないな。某がもう少し早くここへ辿りついていたならば、砂漠の薔薇の略奪を阻止できていたかもしれないのだが……。いや。それは傲慢すぎる考えに過ぎぬな。某一人では、結局――どうしようもなかったか……。某自身も砂漠の薔薇を求めているのだから、結局この街に歓迎はされなかっただろう」
海棠は首を振りつつ視線を上げ、しっかりと前を向く。瞳はすでに憂いに沈んではいない。そんな海棠を、まだ低い場所に位置する太陽が静かに見返していた。
街の中心。そこに立つのは、一つの大聖堂。もともとこの街の人々は神への信仰が厚く、他者のための願いを叶えるという神聖なる砂漠の薔薇を深く尊び、大切に守っていた。
もとはと言えば砂漠の薔薇は数万年も昔、今でも謎が多い一人の魔術師が石膏や重晶石でできる本物の砂漠のバラを模して、とある砂漠の街で創ったものだ。その魔術師は今でも生きているなどと言う噂もあるが、それが本当かどうかは誰にも分からない。
そして、砂漠の薔薇を創った砂漠の街というのがどうやらこの街らしく、しかし世間では砂漠の薔薇を生み出した街はすでに崩壊したという噂が流れているため、その事実を知る者はほぼいない。そのため、この街に砂漠の薔薇があるということを知っている人もごく僅かだ。
――そう、海棠は信頼している情報屋に聞いた。大金を払って。
「――くそっ。イライラするな。せっかく情報を聞いたというのに。……今度こそ、彩乃の病を治せると思ったのに……」
海棠は俯きながらやり場のない怒りを砂にぶつけ、ブーツの先で乾いた砂を蹴る。砂はあっさりと舞い上がり、風によって流される。
俯いたままの海棠は本日何度目かのため息を落とした。ため息は地面に吸い込まれるようにして落ち、海棠の瞳も陰る。
「――次の街に行った方がいいのだろうか……。砂漠は危険だからな。早めに次の街へ旅立とう」
海棠は半ば諦め気味に言葉を漏らし、そして、
その身体が、ふいに大きな暗い影に覆われた。