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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 2 夜半の月、砂上の旅
82/110

scene 28

 誰も、何も言葉を生み出しはしない。人々は沈黙し続けることを選択し、口を閉ざす。

「――それはな」

 ふいに沈黙を破ったのは、のんびりとした緊張感の欠片もない声だった。

 女性の荒い息が響く中。ふいに上がったその声に、皆が視線を声の主へと向ける。声の主、蓬は地面に横たわる女性をじっと見つめたまま、ゆっくりと口を開く。

「君を切った黒髪の少女、彩乃が、君が最初に捕まえていたユーフェミアちゃんを――本物の守り主を、守るために戦ったからだよ」

 道に身体を伏せているユーフェミアが、はっと目を見開く。

「私は、騙さ、れ、たのか……」

 女性は苦しげな呼吸の中でやっとそれだけ言い、蒼白の顔に自嘲気味の笑みを(かす)かに浮かべた。

 蓬は、瞳孔が開きかけているかのように虚ろな女性の瞳を見つめ、静かに言葉を紡ぎ始める。

「誰かを守ることは、決して容易いことではない。守ることは、殺すことよりも断然(だんぜん)難しい。でも、誰かを守ろうとする気持ちは、他の何よりも強いんだ。自分の身や命より、他者の身と命を思う強い心。大切な人を守るのだという、ゆるぎない決意。恐怖を押しのけて、行く手を阻むたくさんの壁に挑む勇ましさ。そんなものが集まってできたのが、〝誰かを守る気持ち〟だ。その気持ちは、決してやわなものではない。――彩乃は、そんな気持ちを持って刀を振るったからこそ強かったんだ。ユーフェミアちゃんを殺す、という気持ちだけしか持っていない君よりも、はるかにね」

 ユーフェミアは、返り血に汚れた彩乃を見上げ、その蜜色の瞳を潤ませた。そんなユーフェミアの反応に、彩乃は困ったような微笑みを浮かべる。

 女性は二人のやり取りを一瞥した後、ふんっと小馬鹿にするように鼻で小さく笑った。

「こんな、こと、で……、私が、改心する、と、思う、なよ……。私は、刺客、だ。殺しを、する、だけ、だ……。絶対に、私は、お前を、そこの、金髪、女を……殺し、秘宝を、奪って、みせる……!」

 女性は最後に一度だけ血交じりの咳をこぼし、そのまま霧のようにふっと姿を消した。後に残されたのは、赤黒い溜まりをつくり上げている女性の血と、地面に刺さったままの一本のくないだけだった。

 女性の姿が完全に消えた後、美桜はすぐさまユーフェミアへと駆け寄った。が、ユーフェミアは美桜の進行を手の平を差し出して止め、桜の木に寄りかかりながら自分で立ち上がった。

 ふいに刀を握る彩乃の右手が力なく垂れ、刀の切っ先を地面に突き刺した。それはまるで、突然刀が重くなってしまったかのように見えた。彩乃は安堵したかのような、自分へ押し寄せる疲労感に顔を歪ませているかのような表情をする。

「彩乃……」

 ユーフェミアのか細くも凛とした声が、彩乃の耳へと僅かに、しかししっかりと届く。彩乃はふっと、視線を桜の木の下のユーフェミアへと向ける。桜が風に散る中、ユーフェミアは涙を浮かべた瞳で、桜にも負けぬ美しく綺麗な笑みを浮かべた。

「ありがとう、ございました……。貴女には、とても感謝しています」

 ユーフェミアは桜の幹から身体を浮かせ、深々と腰を折った。礼を言われた彩乃は、照れているのか顔を赤く染め、その表情を隠すかのように僅かに俯けた。

 海棠と蓬が笑顔で二人を見つめる中、

「――彩乃さん」

 彩乃の数メートル近くまで歩み寄ってていた美桜が、顔を赤く染めている少女の名を呼んだ。

 その声には気のせいか、僅かな敬意がこもっているように思えた。

「うん? 何だい」

 彩乃はいつも通りの、少し年寄りくさい軽い口調で返事をする。その右手には、まだしっかりと刀の柄が握られている。

 美桜は切れ長の瞳で静かに彩乃を見つめ、口を開く。

「私は、貴女の行動力と力量、そして何より――主様を守るその心の強さに、感動いたしました。同時に、主様をお命を守ってくださったころに感謝いたします。そこで、私からの提案なのですが――守り主と、秘宝の守り手の指名を、貴女に譲りたいと思うのです」

 美桜の言葉に、彩乃、海棠、ユーフェミアが一様に息をのんだ。蓬だけは、すべてを見透かしたようなその瞳で薄く笑っただけだった。

 美桜が見つめる中、彩乃は、

「えっと、それは……え? だって、いいのかい? あたしゃあんたとの勝負に負けたんだよ」

「えぇ。そうです。しかし、先ほどの戦いをこの目でしっかりと見、貴女ならば守り手になることができるのでは、と思いました」

「えっと……え? でも……。そりゃ、嬉しいし、守り手になりたいけど……」

 彩乃の戸惑いながらも肯定するような言葉に、美桜は双眸を細める。

「では、貴女には守り手となる意志はあるのですね」

「――あぁ。意志は、ちゃんとあるよ」

「――それは、守り手になるということが、どんなに厳しいことか重々承知の上での言葉ですか」

「もちろん」

 彩乃は力強く頷く。その右手は僅かに汗ばみ、刀の柄が湿り気を帯びる。

「では――。今日(こんにち)、この場で、私は貴女に守り手の役目を譲り与えます。守り手たるもの、その身と命にかけて、守り主と秘宝を守りなさい」

 彩乃は、鼻から大きく息を吸い込んだ。春の甘い香りが彩乃の鼻孔をくすぐり、肺の中をその香りに満たす。何処か遠くで、うぐいすがその軽やかな鳴き声を上げた。

「あぁ。あたしは、この命をかけて、ゆうちゃんを、ユーフェミアを、守って見せるよ」

 彩乃の落ち着いた、しかし強い響きを含む声。その声に、美桜が小さく顔を歪める。まるで、彩乃のことを心配するかのように。

 顔を歪めたままの美桜は、唇を重たげに持ち上げ言葉をもらす。

「――では、彩乃さん。もう一つ、貴女に伝えなければならないことが、あるのです」

 美桜の苦しげに吐き出された言葉に、彩乃は怪訝に顔を傾ける。

「何だい。ゆうちゃんのためなら、あたしゃ何でもしてみせるよ?」

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