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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 2 夜半の月、砂上の旅
81/110

scene 27

 女性の頭上を身体の前で両手をクロスさせた彩乃が、背面跳びの要領で跳ぶ。

 皆が蝶のように飛ぶ彩乃を見つめる中、視線を集めている少女は背筋を使って僅かに反らしていた身体を伸ばし、横に一回転した。続いては腹筋を使って身体を前方に曲げ、小さく身体を丸めた状態で音も立てずに地面へ吸い込まれるように着地。彩乃が降り立ったそこは、

「白胡! さっき言ったとおりによろしく!」

「分カッた、アルよ」

 クリーム色の髪を持つアンドロイド、白胡の右隣だった。荒い呼吸を繰り返している女性を睨み据えたまま彩乃は立ち上がり、白胡が自分へ差し出した物をゆっくりと慎重に手に取る。白胡の細い腕によって持ち上げられていたそれは、かちゃりと心地よい小さな音を立てながら彩乃の手におさまる。

 ――彩乃の手がしっかりと握ったもの。それは、黒光りする鞘に覆われた、刀だった。

「ひっ……!」

「……っ!」

「…………」

「――うん」

 艶めく黒鞘に収まっている刀に、全員の視線が注がれる。腰が抜けているのか、未だ立ち上がれずにいるユーフェミアは口元を押さえながらも小さな声を上げ、海棠は驚きで目を瞠り、美桜は険しくも興味深げな顔つきで彩乃を見つめ、蓬は楽しそうな表情のまま頷いた。

「な、に――!」

 女性は双眸を見開き、後方に降り立った彩乃を見つめる。

 刀をその右手に握り横に構えている彩乃の立ち姿は凛々しくも美しく、それが握られていることに、一片の違和感もない。まるでそこにあることが当たり前であるかのように、すらりと伸びる刀は彩乃の手に収まっている。

 彩乃の左手が、黒鞘を軽く握る。刀は右方向へと引かれ、イィィィィ……ンと刃を振動させながら彩乃は刀を鞘から滑らかな動きで抜き放った。己の白刃(はくじん)を露わにした刀からは、ため息の様な息吹が聞こえるような気さえする。

 時が緩やかに進んだような気さえしたが、彩乃が白胡のそばに降り立ってから僅か十数秒ほどしか経っていない。

 黒鞘を彩乃は後ろの白胡へと渡し、右手で柄を握る刀を空を切り裂きながら振るう。刀は彩乃の動きのままに滑らかな軌道を描き、鋭い唸りを上げる。

 彩乃は刀を身体の前で構え、そっと右手に左手をそえる。視線は女性に注がれたままだ。

「覚悟することね。お馬鹿な刺客さん」

「その口をいい加減、閉じてやる!」

 憤りによって動きが大きくなり、無駄な力も入れ過ぎている女性はかなりの体力を消耗しているのか、肩で息をしている。その黒い瞳は、獲物を狙う獣のように鋭い。

「はぁぁぁぁぁッ!」

 女性は唸り、勢いよく走り出す。土が、女性のはくわらじの裏から飛び散る。

「――っ」

 彩乃は女性を見すえたまま、自分めがけて駆ける女性を迎え撃つかのように地面を蹴る。

「はぁ!」

 女性が、間近に迫った彩乃の首へとくないを横へ薙ぐ。

「これで、終わりだぁぁ!」

 光線を放つようにして閃くくないは、残像を残しながら流れ――

 時が、止まる。まるでスローモーションの映像を見ているかのように、ゆっくりと時が流れる。

 淡い桜色の花弁。閃く白刃。ほとばしる鮮血。目に沁みる空の蒼。大きく開かれる瞳。

「――がはっ! あぁぁぁああぁぁ――!」

 鼓膜をつんざくような、鋭い悲鳴。派手な音を上げながら、身体が傾き地面へ向けて倒れゆく。返り血に濡れた、真っ赤な刃。彩乃の首や頬にかかる、赤い雫。

「うっ、あ。げほっ! ぐッ。ゴホッ! ゴホッ!」

 女性の口から溢れだす、大量のどろりとした粘り気のある血。

 鋭い光を放ち続けている、彩乃の瞳。その手に握られているのは、赤く濡れた刀。

 時が、景色が、スローモーションから解放される。

「くっ、そ……。何故、こんな、小娘、に私がぁぁぁ――!」

 地面に倒れ、腹から真紅の血を流す女性は脂汗をかいた顔で彩乃を睨みつけながら、絶叫する。

 先ほどの戦闘時、自分の首を狙うくないを体勢を低くして逃れた彩乃は、ガラ空きになった女性の腹部を刀で横に薙いだ。くないは最後の最後まで彩乃の血を浴びることはできず、先ほど抜かれたばかりの刀が女性の血にまみれることとなったのだった。

「うっ、ぐっ。はぁ……。はぁ……。くそっ――。何故っ……。何故……。私が、負けたっ、んだ……。うっ。はぁ……。はぁ……」

 女性は荒い呼吸を続け、虚ろな瞳から、一滴の涙をこぼした。

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