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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 2 夜半の月、砂上の旅
79/110

scene 25

「ははははっ! ぷっ、はははっ! あははははははっ!」

 陽気で高らかな彩乃は蒼穹へと、高く高く響く。

 彩乃の笑い声に驚いたのか、二羽の(すずめ)が小さな羽を広げて家の屋根から飛び立った。

「彩、乃……?」

「ついに狂いましたか」

「――ふふっ」

 狂乱しているとしか思えないほど笑い続ける彩乃を、海棠は呆気にとられたような顔をして見つめ、美桜は呆れたように一瞥し、蓬は物語の急展開をわくわくと見つめる子供のように目を輝かせ鼻で小さく笑う。

「なっ……、何が、可笑しい!!」

 ユーフェミアを捕まえている女性は、彩乃に向かって獣のように吠える。その顔には、明らかな苛立ちと疑念がうかがえた。

「はははははっ! あっははははははははッ!!」

 女性の言葉には答えず、尚も彩乃は身体をくの字に折って笑う。

「……っ。お前! この女がどうなってもいいのかッ!」

 笑い続ける彩乃への憤りに耐えかねたのか、女性はユーフェミアの喉に食い込ませているくないに力を込めた。さらに深くくないはユーフェミアの肉を抉り、流れる血の量が増す。

 女性の言葉と行動に、彩乃の笑いが徐々に終わりを見せ始める。

「ははッ。はぁ、はぁ。……はぁ。さて。三文芝居(さんもんしばい)はここまでのようね」

 笑いを完全に止めた彩乃は、普段とは全く違う口調で女性へ向けて言葉を放った。

 その瞳と口元にはすでに笑いは欠片も残っておらず、顔には真剣な表情だけが浮かんでいる。

「な、に……? 三文芝居、だと」

 女性は眉をひそめて、眉間に深い皺を刻んだ。その瞳は威嚇するかのように彩乃を睨みつけているが、そこに浮かぶ感情は戸惑いや焦燥といった類のものだった。

 彩乃は変わらず余裕とさえ思える神妙な瞳で、口の左端を釣り上げて女性に不敵な笑みを向ける。

「そうよ。ふふっ。貴女がすっかり私たちの芝居に騙されているものだから、可笑しくて、くくくっ、つい、笑っちゃったわ」

「どういう、意味だ?」

「そういうも何も、そのままの意味だけれど?」

 疑念に満ちた女性とは反対に、彩乃はクスリと笑う。

「……何?」

 海棠は眉を寄せ、

「ふふん」

 蓬は愉快そうに鼻で笑い、

「……?」

 美桜は物思いにふけるようにして、左手の人差し指で顎を挟み、

「…………」

 ユーフェミアはポカンと口を開けて、余裕満面の彩乃を見つめた。

「お前……。何を、企んでいる?」

 戸惑いによってすっかり冷静さを失っている女性は、周りの反応などには気付かずにただ彩乃だけを見つめる。

「何を企んでいる、ですって? 私は何も企んでいないわ」

 彩乃は小さく肩をすくめ、そのまま言葉を続ける。「だけれど――。そうね。貴女に、良いこと教えてあげるわ」

「?」

 女性は訝しげに彩乃を見つめる。

 彩乃は隣に立つ白胡の応援するかのような眼差しを受けながら、一歩前へ進み出る。僅かな衣擦れの音が、沈黙の中でやけに大きく響いた。

「貴女が捕まえている、その金髪の女。それ――守り主でも何でもないのよ?」

「……なッ」

 女性は驚愕に目を大きく見開く。

 女性と同じように事情をつかめていない海棠も、女性と同じような反応を見せた。違うのは、声を上げなかったことくらいだ。

 美桜は未だに、彩乃の考えを読み取ろうと思案し続けている。

「――ふふっ」

 時見である蓬は、小さく口元だけで笑い、

「…………」

 彩乃からこの作戦について予め聞いている白胡は、彩乃をじっと見守り続ける。

「頭の硬~い貴女のために、私が事を簡単に説明してあげるわ。だからね、貴女みたいに守り主の命を狙う、大馬鹿者がいるでしょ? その金髪女は、そういう人たちから本当の守り主を守るための、ダミーよ」

「なッ……! はっ、はったりをかますな」

「はったり? プッ。馬鹿じゃないの。はったりなんかじゃないわ」

 彩乃は間髪入れずに言い、嘲笑を浮かべる。

 がその時、ふいに女性の口に僅かな笑みが垣間見えた。

「では、もしもそれが本当だとして、何故今更お前が本当のことを言う必要がある? ダミーが殺されるだけなのに?」

 女性は嘘を見破ったといわんばかりの、得意げな笑みを浮かべる。が、彩乃は微塵も焦りを見せはしない。

「そう。ダミーが殺されてしまうわね。私はダミーが殺されようと構わないわ。けれど――私の前で誰かが死んでしまうのはイヤなのよ。特に、それが私のせいで死ぬのだったら尚更、ね」

「彩乃!」

 突然、芝居を続ける少女の名を呼ぶ声が上がった。線が細く、しかし凛とした響きを含んだ麗しい声。その声は、女性によって捕まえられ、首にくないを突き付けられている少女のもの。

 ユーフェミアは、女性に抵抗しようとはせずに震える声で必死に叫ぶ。

「彩乃! ――いいえ! 主様(・・)。もう、いいのです。私は、もう、いいんです!!」

 首から血を流す、蜜色の少女は涙を頬に伝わせた。その表情は儚くも、何か強い決意のようなものが感じられた。

 ユーフェミアの女優顔負けの華麗な演技に、

「なるほど」「――そうか」

 海棠と美桜が、同時に事情を理解した。

「何――。主様、だと?」

 女性は驚きに目を瞠り、両手に込めていた力を僅かに緩めた。

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