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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 2 夜半の月、砂上の旅
76/110

scene 22

 堅いもののぶつかり合う音。それは鈍く低く、周りの山へと波紋を広げるようにこだまする。

「っ――」

 美桜によって振るわれた一撃を己の木刀で受け止めた彩乃は、強く歯を食いしばるようにして奥歯を噛み締める。

「…………」

 美桜は木刀越しに、冷たく清々しい氷の様な瞳で彩乃を静かに、しかし鋭く見すえる。その瞳には焦りや躊躇いや戸惑いといった感情は全く映っておらず、そこに映るのは――

 余裕と、相手を射すくめるような冷酷な光のみ。

 美桜は木刀を前方へ押すようにして彩乃の木刀をはじく。彩乃は寸分もバランスを崩すことなく、僅かに後退する。

 木刀を即座に中段に構えなおしていた美桜はさらに間合いを詰め勢いをつけるために足を一歩踏み出し、滑らかな弧を描くようにして裂帛の気合とともに彩乃の脇腹へ強かに木刀を振る。

「ッ――!」

 彩乃は後方へ飛び退(すさ)り、かろうじて木刀をかわした。彩乃の腹部の前で、美桜の木刀が虚しく空を切り裂いてゆく。

「はぁぁッ!」

 彩乃の迫力のある気合。

 標的を失い空を裂く美桜の木刀を、彩乃の木刀が下から上へと一陣の風の如き素早い動きではじき上げた。

「――」

 場違いに思えるような虚しく乾いた音とともに、美桜の目がぎょろりと下を見る。

 味気のない色をした地面。茶色の地面を申し訳程度に彩るようにして生える緑の雑草。風に舞う桜。彩乃の木刀。揺れるセミロングの黒髪。自分の――ガラ空きになっている腹部。

 木刀を強くはじき上げられ、木刀を握っている右腕を宙へ上げている美桜の目がそれらを捉えた刹那、

「もらったぁぁッ!」

 彩乃は地面が揺れるのではないかと思うほど強く、左足を大きく一歩踏み出した。その勢いにのせて、自らの右手に握る木刀を相手の鳩尾(みぞおち)めがけて、全体重をかけてつく。が――

「――!!」

「なッ――!」

 上へ掲げられていた美桜の木刀が、まるで天空を舞う(たか)が急降下をして地を駆ける兎を襲うように、上から下へと有り余る力を使って思い切り彩乃の木刀へ振り下ろされた。前方へ突き出されていた彩乃の木刀の軌道は大きく下へとそれ、その切っ先は美桜を倒すはずで突かれた強大な破壊力を用いて、いとも簡単に地面を深く抉る。地面を抉ったことによって木刀が急停止し、木刀を握っていた彩乃の右手首の関節が外側へと曲がる。

 全体重を木刀にかけていた彩乃は、その身を前方へ――美桜の方へと投げ出すような形となってしまった。

「まずッ――!」

 彩乃の顔に、明らかな焦りの表情が浮かぶ。

「ぬるい、ですね」

 美桜は木刀を持ったままの右腕の肘を、こちらへ倒れこんできた彩乃のうなじへ強く叩きつけた。

「がはッ!」

 短く息を吸い込むような声とともに、反撃することすらできぬまま彩乃は虚しく地面へと倒れる。

 うなじを強打したことによって、彩乃の意識が一瞬だけ飛ぶ。が、地面に叩きつけられた痛みと、肺を打ったことによって一瞬息がつまったことにより意識は正常化した。

「ぐッ――! がはッ! ゲホッ」

 彩乃は噛んだ唇から出た血と、口に入り込んできた地面の土が混ざった唾を吐きながら、木刀を握り直そうと右手に力を込めた。が――

 握りしめるより早く、彩乃の右手に鋭い激痛が走った。

「ぐ――ッ!」

「甘いですね。あまりに、弱すぎます」

 彩乃の顔に、影が落ちる。頭上から降って来た声音はどこまでも冷たく、まるで聞く者の心を凍りつかせようとしているようだった。

 太陽を背に立つ美桜は、その足の下に彩乃の右手を敷いていた。しかし敷いている本人は、まるで彩乃の手が地面に落ちている葉っぱや石ころと同類であるかのように、何の気にもせず踏みつけ続ける。

「つッ――。ぐッ……」

 彩乃は額に脂汗を浮かべながら、木刀を握る右手に力を込めようとした。が――

 美桜によって踏まれているその手は、すでに木刀を離していた。

「終わりです。入江彩乃」

 氷のように、相手を射るような美桜の声。彩乃は美桜を見上げ、そして――

「っ――」

 目の前に突き付けられた木刀の鋭さに、息をのんだ。

 まるで彩乃の眼球を貫こうとしているかのように、木刀は眼球の数ミリ手前で静止している。

「残念ながら、貴殿の負けです。下手に動けば――眼球が潰れますからね」

「…………」

 彩乃は額から頬へと汗を流す。その汗が顎から滴るとともに、彩乃はふっと目を伏せて口を閉ざした。

「そんな……嘘、だろ」

 二人の姿を遠くから傍観していた海棠は、地面に突き倒されている妹の姿を絶望の色を移した瞳で見つめる。

「……っ」

 ユーフェミアは眼前で展開された光景に完全に言葉を失い、

「やはり、な。しかし……」

 蓬はもとより承知であったかのように、この勝敗に頷きつつ、意味深な笑みを浮かべた。

「では。守り手は諦めてください」

「…………」

 敗北した彩乃は口を開かず、視線も上げようとはしなかった。その唇は、悔しげに結ばれていた。

 ものの数十分で方が付いてしまった二人の戦い。

 力量、迫力、体力、オーラ、判断力、身のこなし。それらの中のどれも、最初から最後まで彩乃の方が勝るものはなかった。その背には常に冷や汗が流れ、額には脂汗が絡む。

 美桜の常に落ち着き払った瞳、冷静な判断力、流れるような身のこなしは戦闘中、一切乱れることはなかった。

 圧倒的な優勢を誇って、美桜は彩乃を打ち負かし敗北へと追いやったのである。

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