表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 2 夜半の月、砂上の旅
65/110

scene 11

「へぇ。布屋の美寿々(みすず)さんに会ったのか」

「へぇ。あの人、美寿々っていうんだ」

 美寿々というらしいおばさんの家で海棠と彩乃は、串でかなり大きな山ができてしまうほど大量の団子を食べたのだが、それは食べても食べてもきりがなかった。

 (しま)いには二人とも、当分団子を見たくも食べたくもなくなってしまったのだが、そんな二人をいじめるかの如く、布屋のおばさんは何本もの団子をお土産にと二人に持たせたのだった。

 帰路の間中ずっと海棠が、「団子屋でもないのに、何故あのように大量の団子があるんだ?」などどと文句を垂れていたほどだった。

 そして、そろそろ子供は寝なければならないという時間帯に差し掛かった今、お土産であるその団子を食いながら海棠は今日あった出来事を蓬に話していた。蓬は何の躊躇いもなく団子に手を伸ばし美味しそうにそれを頬張るが、海棠の手はさすがにあまり団子の方へは伸びない。

 彩乃はというと、少し無理をしてしまったのか帰り道の途中で咳が止まらなくなり、家に帰ってしばらくすると発熱を起こしたため今は静かに自室で眠っている。自室、といってもこの家は一階しかないため、蓬と海棠が団子を食べながら話し込んでいる囲炉裏(いろり)がある居間と、襖一枚で仕切られただけの小さな部屋だ。

「何だ。名前も聞かずに別れたのか」

 蓬は美寿々の名を知らなかった海棠に、呆れたような声で言う。

「うん……。まぁ……。で、その美寿々さんって人、父様に助けてもらったことがあるって言ってたけど?」

「あぁ。美寿々さんを助けてから、かれこれ十年くらい経つかな?」

「じゅっ……! そんなに前なのかよ」

「そうだぞ。まだお前も彩乃も生まれていない時だ。ちなみに柚姫(ゆずき)に逃げられてもいなかった時だな」

「ふぅん……」

 曖昧な返事。海棠は父に感情を悟られないよう誤魔化そうと、無理やり気持ちを抑え込んで団子に口をつけた。

 柚姫。それは、顔も声も海棠は全く覚えていない母の名だった。彩乃にいたっては、ちゃんと見たことさえもないだろう。柚姫は彩乃を産んですぐ、蓬に愛想を尽かして一人で出て行ってしまったのだ。父曰く、彩乃は柚姫似らしい。海棠は母親の顔も声も覚えていないが、母が漆黒の長い髪を撫でるようにして耳にかけるという癖は朧ではあるが覚えている。

「……で。美寿々さんは自分と娘を助けてもらったって言ってたけど?」

 海棠は母の話の話題をかき消すようにして、先ほどと似たようなことを父に質問した。

 はっきり言うと、海棠は母親の話があまり好きではなかった。自分たちを捨てた母を恨んでいるわけではない。けれど蓬は柚姫の話をするときに一瞬、本当にほんの一瞬だけ、その瞳に陰りを浮かべるのだ。海棠はいつものんびりのほほんとしている父に呆れてはいるが、嫌いでもなければ尊敬をしていないわけでもない。だから海棠は父の顔に浮かぶ影を見たくないから、あまり柚姫の話が好きではないのだった。

 海棠の問いに、蓬は団子を食べる手を止め、遠くを見つめるように目を細めた。

「あれは、大雨の後のことだったな。十年ほど前、このあたり一帯に何日も雨が降り続いたことがあった。その雨は川に氾濫をもたらし、人々を水害で困らせた。その時はどこも雨のせいで家が水につかったり、畑がだめになったりして大変だったよ。ま、そのおかげで私の仕事は増えて儲かったんだけどね。本当に皮肉な話だ。――幸い(うち)は川から遠いし、畑の方も結界を張ってなんとか持ちこたえてくれたから大きな被害は無くて済んだ。だから家に柚姫を一人残して、私は近くの村や中心都市の方へ人助けの仕事をしに行っていた。そんな時、被害が大きかった中心都市の川沿いの道を歩いていたら、川の上流から一人の女の子が流されてきたんだ。もちろん、荒れ狂った流れの中をね。女の子を見つけた私が、浮遊の魔術でその女の子を川から上げようと手を上げた時。女の子を追いかけるようにして一人の女性が川沿いの道をこちらへ走ってきて、丁度私と軽くぶつかったんだ。女性は人助けで有名な私を見ると、すがりつくようにして娘を助けてくださいって懇願してきた。私は無論助けるつもりだったし、人の命にかかる仕事は無償で受ける主義だからすぐに少女を荒れ狂う川から助け出したさ。私にとってそれは、手を動かすだけの簡単なことだから、さしてすごいわけでもないんだが、女性はこちらが困ってしまうくらい頭を下げて礼を言ってくれてね。その時改めて、あぁこの仕事をしていて良かった、と思えたよ」

 屈託のない子供の様な父の笑みに、海棠はつられて笑みをこぼす。が、

「あれ? でも、美寿々さんは、自分(・・)と娘を助けてもらったって……?」

「あぁ。それはきっと、娘さんを助けたことで、自分も救われたってことなんじゃないか。もしもあのまま私と会わず、娘さんが助からなかったら美寿々さんは正気じゃ居られなかったんだろう」

「そうか……」

 海棠は複雑な表情で呟き、それからすぐ笑顔になる。

「父様は、以外に立派なんだな」

「以外、は余計だろ」

 蓬の屈託のない笑みは海棠の言葉によって、苦笑へと早変わりする。

「父様はガキすぎるんだ。一体今年で幾つだよ」

「あー。そろそろ三十歳になるかなぁ。もう三十路(みそじ)だ三十路。っていうか、親の歳くらい覚えておけよ、海棠」

「はいはい」

 海棠は呆れたように父へひらひらと手を振る。そんな海棠の姿を苦笑を浮かべたまま見つめていた蓬は、ふいに「あぁ」と声を上げた。

「そういえば、私が助けた美寿々さんの娘さんはその時十歳だったから、今はさぞ私好みの麗しい女性になっているんだろうなぁ……」

 蓬のほんわりとした声に、じっと海棠は冷たい視線を父へと向ける。

「そういうこと考えるか? 普通」

「無論、考えるさ」

「……この助平親父(すけべおやじ)め」

「安心しろ。私にロリコンの趣味は無い」

「さいですか」

 未だに冷たい視線を送る海棠。そんな瞳を見て、蓬は慌てて話題を変えようと海棠に話を振る。

「そういえば、他に都市で変わったことはなかったか? 誰かに会ったとか」

 蓬の発言に海棠は、まるで父に心を読まれたといわんばかりに大きく目を見開き、顔を真っ赤に染めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ