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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 2 夜半の月、砂上の旅
64/110

scene 10

「ちょいと。そこの坊ちゃんとお嬢ちゃん」

 海棠と彩乃が声をかけられたのは、買い物を済ませユーフェミアとも別れた後、二人で帰ろうと行きと同じルートを歩いていた時だった。

 その声音に、海棠は驚いて声のした後ろを振り返る。案の定、海棠たちのすぐ後ろにある布屋の前に、行きに海棠をからかったおばさんが満面の笑みを浮かべて二人を見ていた。

「あ。さきほどの……」

「あぁ。そうだよ」

 海棠の言葉に、布屋の入口に設置された木のベンチに座っているおばさんは大きく頷く。そして一瞬でその顔に浮かべている笑みを崩し、不安そうに申し訳なさそうに眉を曲げた。

「さっきはすまなかったね。少しからかいすぎたよ」

「えっ、あ、いえ。こちらこそ、あのようなことでむきになってしまうなど、恥ずかしいばかりです」

 海棠は小さく頭を下げ、ちらりと隣に立つ彩乃に視線を向けた。今はもう、海棠と彩乃の手はつながれていない。が、それについて駄々をこねるようなことをもう彩乃はしなかった。

「ところで坊ちゃん。あんた、あたしの知ってる人に顔がよく似てるんだけど……もしかしてはずれに住んでる蓬さんのところの息子さんかい?」

「あっ、はい。そうですが。……あの、父が何か?」

 海棠はあの楽天的で緊張感ゼロの童顔を思い浮かべながら、おずおずと尋ねた。海棠の父は魔術師で、その力を使って人助けの仕事をしている。しかしそのためか、蓬が助けた人物を恨む者などから恨みを買うこともしばしばあるのだ。

 海棠はまた父が恨みを買ったのではないかと心配げに顔を歪めたが、その表情とは裏腹におばさんはケタケタと軽快に笑っていた。

「やっぱりそうかい。あんた、父親にそっくりな顔してるねぇ。なぁに。心配するような悪い話じゃないよ。あたしは――正確にはあたしとあたしの娘は、昔蓬さんに助けてもらったことがあるんだよ」

「そ、そうだったのですか……」

 海棠はほっと胸をなでおろし、強張っていた表情を和らげた。

「あぁ。ところでちょうど今、うちに団子がたんとあるんだけど、それを片付けて行ってくれないかい?」

 おばさんの言葉に、すっかり会話の輪から取り残されていた彩乃が嬉々として海棠の右袖を引っ張り、前方へ僅かに身を乗り出した。

「お団子ッ!? あたし、お団子大好きなんだ!」

「そうかい。そりゃあ、良かった」

 僅かに顔を上気させながら、彩乃は嬉しそうに太陽のように明るい笑みを浮かべる。そんな彩乃をおばさんは笑顔で見つめる。

「そっ、そんな、申し訳ないです……」

 海棠は左手を振りながら、慌てて答える。

「あたしは団子を片付けて(・・・・)ほしいんだよ。団子をあげるわけじゃないんだから、いいだろう?」

「え? あ……」

「それに、あんたの話も聞かせてもらいたいからね。どうだい? 妹さんも喜んでいるみたいだよ。

 海棠は自分の右袖を握っている彩乃のキラキラと輝く瞳を見て、断ることを諦めたらしく小さなため息をついた。


「へぇ! 蓬さんに魔術を習ってるのかい。じゃああんた――海棠君は、蓬さんの後を継ぐのかい?」

「まぁ……できればそうしたいと思っていますが、他にもしたいと思っていることがありますので、まだはっきりとは分かりません。しかも某は、魔術師といっても四精霊使(しせいれいつか)いなので」

「四精霊っていうと、アレかい? エ(・)ルフとかサマラ(・・)ンダーとかかい?」

 おばさんのうろ覚えの言葉に、海棠は頭上に大きな疑問符を作り上げた。

「シルフとサラマンダー!」

 疑問符を頭の上に乗せている海棠に変わり、口いっぱいにみたらし団子を頬張っている彩乃が大声で答えた。

「あぁ! そうそう。それだよ。あたしより彩乃ちゃんの方が良く知ってるじゃないか」

 おばさんの苦笑とともに、「あぁ。シルフとサラマンダーですか」と海棠は両手を軽く打つ。

「それからねぇ。シルフは風の精霊で、サラマンダー火の精霊で、あとウンディーネが水の精霊で、あと……あと……」

「ノーム。地の精霊、な」

「そうそれ! あの髭もじゃのちっちゃいおじいさん!」

 海棠の助け舟を一部借りて、彩乃は四精霊の名をすべて上げた。

「こら。彩乃。ちっちゃいって言ったら、土影(ひじかげ)に怒られるぞ」

 海棠は困ったような、呆れたような笑みを浮かべて彩乃を見る。

「ひじかげ?」

 おばさんは聞きなれないその単語に、一瞬眉を寄せる。

「あぁ。土影というのは、某の召喚するノームの名です。地面の〝土〟に景色の〝景〟とさんづくりの〝影〟で〝土影〟です」

「へぇ。そうなのかい。変わった名前を付けたねぇ」

 おばさんは感心したような、好奇心をそそられたような顔をして小さく頷きながら海棠を見る。

「でね、シルフの風麗はすっごく美人のお姉さんでね、兄者とラブラブなんだ」

「なっ! 彩乃! それは違うぞッ」

 ニタニタと彩乃は意地悪く笑い、慌てて海棠はそれに反論する。布屋のおばさんは、そんな兄妹を微笑みながら見つめていた。

「あと、サラマンダーの奏焔(そうえん)は格好良い男の子で、うろこがあって蛇みたいだ」

「蛇じゃなくて、トカゲだぞ」

「うん。あと、ウンディーネの水蘭(すいらん)は優しくて綺麗で、大人な感じのお姉さんなんだよ」

 嬉しそうに、時々間違えながら四精霊について顔を紅潮させながら語る彩乃。その姿を海棠は柔らかい笑みを浮かべて、穏やかに見つめていた。

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