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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 2 夜半の月、砂上の旅
63/110

scene 9

 それまでぼぅっと彩乃を見ていたユーフェミアは、僅かに反応が遅れる。はっと我に返り、ユーフェミアの美しい蜜色の髪が肩からこぼれた。

「あ……。はい。私は、構いませんよ。申し訳ないと思っているのでしたら」

 ユーフェミアはちいさく首を縦にふる。

「あ、あぁ。思ってるよ」

 顔を上げた少年のもごもごとした口調に、彩乃の鋭い眼差しがそちらへ飛ぶ。彩乃に鋭く睨みつけられた少年たちのリーダーは、慌てて大きく手を振る。

「ほっ、本当だ! 嘘なんてついてないって!」

 リーダーの懸命に訴えるその瞳からは、真剣な色がうかがえる。彩乃はそれを見て取ると、ゆっくりと頷いた。

「よい。じゃ、もう行っていいよ」

 彩乃の声を合図に、三人は転げるようにして走り去ってしまった。

「なぁに? アレ。男なのにみっともないわねぇ。海棠の爪の垢を煎じて飲ませてあげたいわよ。まっ、謝った誠意だけは認めてあげるけど」

 未だに海棠から離れようとしない風麗は、クスクスと小さく笑いながら少年たちの背を見送った。

「…………」

 ユーフェミアは、目の前で起きた出来事に呆然とするしかなかった。どうやら心と頭の整理ができないようで、ぼんやりとした表情のままその場に座り込んでいた。その体勢は終始、変わることがなかった。

「――あぁ。何だ」

 海棠はその真っ黒な瞳に希望に似た柔らかな光をたたえ、勇ましく立っている彩乃の背を見つめる。

「もう、某が守らずとも立派に生きていけるではないか。彩乃……」

 海棠はふっとため息をつくように、小さく呟いた。その呟きは、悲愴と感嘆と安堵が入り混じったような複雑な響きをしていた。

「うん? どうしたのよ、海棠」

 風麗の笑顔の問いに、

「あぁ。そろそろおぬしを四精霊の居るべき場所に帰さねばならないな、と思ってな」

 海棠はさも可笑しそうに笑いを堪えながら答える。

「それはイヤアァァァァァ――――!」

 風麗の絶叫が五月蠅く響く。しかし、海棠の心には一点の曇りもなく清々しさだけに満ち溢れていた。けれどやはり、その瞳にはほんのわずかな憂いが浮かんでいた。


 彩乃の話によると――

気がつけば兄の姿を見失い、迷子になってしまっていた彩乃は、泣き泣き家へ引き返そうか、それとも前へ進もうか迷っていたのだが、その決断を下すよりはやくふとそばでユーフェミアの声がしたような気がして、そちらへ行ってみるとユーフェミアを取り囲んでいじめている三人の少年がいたので、それに憤怒した彩乃は少年らに突き飛ばされて尻もちをついたユーフェミアのそばへと駆けより、反泣きになっていたその金髪少女をかばいつつ少年たちと対峙していたところ、海棠が現れ少年たちをシルフの力で川へと落としてくれた、というわけだったらしい。

「文章が長いわね」

 未だに帰っていない風麗の突っ込みはさておき。

「ときに、兄者。どうしてここへ――?」

 彩乃の問い。その言葉に、海棠はうっと詰まる。

 今まで目の前の事に対応することで手いっぱいだったため、彩乃に謝るために彼女を探していたことをすっかり忘れていたのだ。

 謝罪の言葉はすでに考えているし、それを考える時間ならいくらでもあった。だというのに――いざ言いだそうとすると、何故か頭の中が真っ白になってしまうのだった。

 頭の中で言葉を懸命に紡ごうとするのだが、紡いだ矢先それらの言葉は簡単に解けてしまい、頭の中から消えていってしまう。つまり海棠には、今の心情や感情を上手く言い表せないのであった。

「その……。彩乃に、謝りたいんだ」

 海棠の口から出てきたのは、そんなひどく簡単な言葉だった。が、それだけでことは十分足りる。のだが、

「何を?」

 彩乃はきょとんを小首を傾げ、本気で兄が何を謝ろうとしているのか分からない様であった。

 そう切り返されるとは思ってもみなかったためか、一瞬海棠は不意を突かれたような気分に陥る。その戸惑いは、思い切り顔に現れていた。

 海棠はやや俯きながら、言葉を少しずつ丁寧に紡ぐ。

「何をって……。その、彩乃に、あんなことを言ってしまって、その……怒鳴りつけたりなどしてしまって……本当に、すまない。某は――最低な兄だ」

「そんなことないよ!」

 彩乃の力強い声に、だんだんと顔を俯かせていた海棠は顔をはっと上げた。

 さすがにこの場の空気を読むことはできるらしく、風麗も自分の腕を海棠から解いた。そして軽く宙に飛びあがると、そのまま風と一体化するようにして煙のように風麗自ら姿を消した。

 身体が軽くなった海棠は地面に足をしっかりとつけて立ち上がる。未だにユーフェミアは地面から腰を上げようとはしない。その視線は、シルフが突如として消えた空中と、向き合う兄妹(きょうだい)との間をせわしなく行き来していた。

「兄者。あたしは兄者に怒られて、良かったと思ってるんだよ。怒るっていうのは相手のためを思ってすることだって、あたしは思うからさ。相手にこうなってほしくない、こうしてほしくないっていう、相手を思いやる気持ちから来てる怒りだってあると思うんだ。確かに、この世には理不尽な怒りも存在するけどさ。――それでも、兄者の怒りはきっとあたしを思ってのことだと思うからね。それにユーフェミアを守って、あの三人を怒ってみて……初めて兄者の気持ちが少し分かったような気がするんだ。だから、謝ったりしないでおくれ。むしろこっちが感謝を述べたいくらいなんだからさ」

 はにかんだような、可愛らしい彩乃の笑み。それを見て、海棠はほっと安堵の息をついた。それは、彩乃の良い変貌を称える関心の吐息でもあるようだった。

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