scene 4
ふわりと風になびく艶やかな金髪。上目遣いに少年を見つめる金の瞳。繊細さを感じさせる、線の細いすらりとした体つき。橙色の地に白い蝶の舞う模様が入った着物を紅色の帯で結び、金髪の頭の上で真っ赤なリボンを結ぶ。
優雅とも言える桜の下に立つ少女は、神々しいまでに美しかった。
少年はその美しさにか、呆気にとられたようにポカンと口を開き、彩乃は目を瞠ってその姿を見つめていた。やがて少年が彩乃より早く我に返り、手毬を持った左手を真っすぐに天へと高く掲げた。
「そこの者。これは、おぬしのものか?」
少年の問いに、桜の木の下の少女は何度も大きく頷いた。
「やはりか」
少年はほっとしたように安堵の表情を見せ、畑に刺したまま鍬を放置し少女の元へと歩みだす。
「あ、兄者」
彩乃ははっとし、歩みだした兄の背を追う。
「彩乃は来ることはないのだぞ」
少年は一旦足を止め、肩越しに自分に付いてくる妹を振り返った。
「いいんだよ。あの子のことが、気になるんだ」
少年は自分の隣に並んだ妹を、心配げな眼差しで見つめる。
「無理はするなよ。気分が少しでも悪くなれば、某に言うのだぞ」
「分かってるよ。全く。兄者は心配のしすぎだよ」
彩乃は兄に片手の平を突き付けて、その発言を阻止した。そのまま一人、歩き出す。
「…………」
少年は腑に落ちないような顔をしながらも、彩乃について再度少女へ歩みを進める。
「よっ、と」
道路より僅かに畑の方が低いため、道路と畑の境界線は段差になっている。その段差を、身体の小さな彩乃はゆっくりと登る。すぐに彩乃へ追いついた少年は、その彩乃より大きい身体で難なく段差を登った。
段差を登りきった二人は、桜の木の裏に隠れるようにして佇む少女の元へゆっくりと近づいた。
「どうぞ。畑の土で汚れてしまったが、許してくれ」
「いっ、いえ。あ、ありがとう……ございます」
少女は、とても澄んで綺麗なソプラノ声でおずおずと礼を言った。その美しい声音は、朝の訪れとともに鳴く小鳥のさえずりの様である。
少女は今にも茶色い幹と一体化してしまいそうなほど、ぴったりと木に寄り添う。手毬を少年から受け取るために恐る恐るのばされたその手は細く、発光しているかのように白い。畑仕事で豆だらけになり、土で黒く汚れた少年の手とは全く違う。
少年は少女の白く滑らかな手の平に、しばらく見とれていた。が、はっと我に返り、その綺麗な手の平の上にそっと手毬を乗せた。
「……その。おぬしは、異国人なのか」
少年は手毬を乗せながら、少女に問う。少女は遠慮がちに小さく頷き、そして、躊躇うように首を振った。
「?」
少年は少女のおかしな返答に首をかしげる。その少年の後ろに隠れるようにして立っていた彩乃が、少年の胴体の向こうからちらりと顔を出し、
「もしかして〝はーふ〟?」
小さく首を傾けた。桜の幹にべったりと張り付くように寄り添っている少女は、首がもげてしまうのではと心配になるほど力強く縦にこくこくと頷いた。その頬は恥ずかしさのためか、ずっと朱を帯びたままだったがさらにその頬に赤みが増した。
「私、月倉ユーフェミアと申します。……母が、アシュリー人なのです」
「ほぅ。ハーフなのか」
「はーふ。美人だねぇ」
少年はユーフェミアと名乗った少女を、珍しそうに見つめる。彩乃の方は、ニコニコと笑顔全開でユーフェミアを見る。ユーフェミアは二人に見つめられ、恥ずかしそうに俯く。
「申し遅れた。某は。入江海棠と申す。こちらは、妹の彩乃だ」
少年、海棠は名を名乗り、妹を紹介した。ユーフェミアは丁寧に二人に頭を下げる。
「ところで話は変わるけど。〝ゆうちゃん〟は今、何歳なんだい」
彩乃は興味深げにユーフェミアを見つめる。唐突に〝ゆうちゃん〟と呼ばれたユーフェミアは、ぎょっとした顔になる。
「こらッ。彩乃、失礼だろ」
「だって……。〝ゆーふぇみあ〟って長くて言い難いんだよ。ゆうちゃんでいいじゃないか。兄者」
「だからといってだな……」
海棠は呆れたように、彩乃を見つめる。彩乃はすねた様に口を尖らせ、海棠をじっと見上げる。
「……構いませんよ、その呼び方で。私はただ、とても驚いて、いるのです」
ユーフェミアの返答に「しっ、しかし……」り海棠が口ごもり、「ほらね」と言わんばかりの顔をして彩乃は胸を張って海棠を見上げた。
「それに、ゆうちゃんって可愛らしくて響きがいいので、私は好きですよ。ちなみに、私は九歳です」
ユーフェミアはそこで初めて、二人に笑いかけた。それは恥ずかしそうな、はにかんだ微笑みではあったが、とても可愛い笑みだった。
「あたしゃ今は七つだけど、次の夏が来たら八つになるんだ。兄者は十だよ」
彩乃はそう言って笑い、そして、その笑みを一瞬で苦しみに歪めた。細い身体が、腰からくの字に曲げられる。明るい笑みを浮かべていた顔には苦しみだけが影を落とし、その口からは激しく苦しげな咳だけがこぼれる。
「彩乃ッ!」
海棠は彩乃の咳に敏感に反応し、その小さな背中を手でそっと擦る。
「ほら。家の中にいろと言っただろう。身体が弱いんだから、無理に身体を動かそうとするな」
「うん。ゴホッゴホッ。じゃあ、またね。ゆうちゃん」
彩乃は血の気の引いた顔に笑みを浮かべ、先ほどまで海棠が耕していた畑のそばにある家へと続く畦道を歩み始めた。