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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 2 夜半の月、砂上の旅
57/110

scene 3

     *     *     *

 


 瑞穂の国にある、とある小さな田舎。

「よいしょっ。よいしょっ。よいしょっ」

 そこに小さなかけ声とともに畑を耕す、十歳になるかならないかというほど幼い少年がいた。

 少年は男にしては長い黒髪と、同色の瞳を持っていた。作業着なのか、土で汚れた綿の服を纏っている。少年――青年の面影がある少年は、やはり中性的な顔立ちをしていた。

 自分の身長ほどもあろうかというほどの(くわ)を目線の高さまで振り上げ、鈍い音を立てながら土に突き立てる。少年は息も荒く汗を流しながら、その動作を繰り返していた。そんな少年を、まとわりつくような生温かい春風が包み込む。

 鈍い音と小さなかけ声が、一定の間隔を保ったまま響く。華やぐ瑞穂の国の中心都市の喧騒とはかけ離れた、だだっ広い田畑が広がる静かな田舎。舗装もされていない土の道や畦道(あぜみち)がのび、畑のそばには点々と藁ぶき屋根の家が見える。

「よっと。よっこいしょっ」

 少年は鍬を一振りするたびに汗を散らしながら、畑の土を掘り起こしていく。茶色の土を鍬で抉ると、黒っぽい土が独特の湿った臭いを放ちながら姿を現す。

 少年が同じ動作を繰り返す、その時だった。

「よいっ――?」

 少年の足に、何かか軽くぶつかってきた。眉をひそめ、動きを止めた少年は土に鍬を突き立てたまま、足元を見る。と、

「あ」

 そこには、小さな手毬(てまり)が落ちていた。

 赤や橙や金の糸できらびやかに作られた、小さな手毬。それが少し畑の土で汚れて、少年の足元に転がっていた。

「何故、こんなものが……?」

 少年は黒い髪を軽く揺らしながら首を傾げる。そのまま鍬から手を離し、腰をかがめると鍬から離した手で手毬を拾い上げた。自分の右手の中にすっぽりと収まっている手毬を、怪訝そうに黒い双眸で見つめる。少年は手毬を左手に持ち替えると、右手でそれについている畑の土を軽く払い落した。

「何故なのだろう?」

 少年はどうして手毬がこんなとろこに? と言わんばかりにしげしげとそれを見つめる。その時、

兄者(あにじゃ)! 兄者! それは一体何だい?」

 あどけなく可愛らしい、少女の高い声が朗々と畑に響いた。

「彩乃!」

 少年はその声に驚いて、視線を手毬から上げる。先ほどの声の主は、雑草が茂る畦道を小さく腕を振りながら走っていた。

「走ってはいけないと何度も言っているだろ。ちゃんと家で寝ていろ」

 自分のそばまで駆けて来た小さな黒髪黒眼の少女を、少年は呆れたようにも叱責するようにも見える顔つきで見つめる。

 はぁはぁと息を切らして、少女は膝に手をつける。

「兄者を見ていたら、何かを拾い上げていたみたいだったからさ。気になったんだよ」

 息を切らせながらも、ニッと少女――彩乃は兄に笑いかける。

「だからと言って、走ってはだめだ。体調が悪くなったらどうする」

「大丈夫さ。最近は立ち眩みの回数も減ってきてるし、気分もいいんだよ」

 彩乃はニコニコとしながら嬉しそうに話す。少年はそんな妹を複雑な表情で見つめながら、鼻で小さなため息をついた。

「ところで兄者。それは何だい? ずいぶん立派なものじゃないか」

 彩乃は兄の持つ手毬を指でさし、小さく首をかしげた。

「あぁ。実は某にもよく分からないのだ。何故か、足元に転がってきた」

 少年は畑の数メートル先に伸びる道に視線を移し、そこを見渡し始めた。右から左へとじっと目を動かし、

「あ」

 その動きを、道のやや左寄りの場所でぴたりと止めた。

「うん? 兄者。どうしたんだい」

 彩乃は兄の視線を追って、自分もそちらを見つめる。

「多分だが、これはあの子のものではないか?」

 二人が見つめる先。そこには、一本の桜の木が立っていた。薄紅の花弁をつけた桜は、丁度満開であった。風は凪いでいるため、花弁は流れないが一枚二枚と僅かに花弁をその足元へ落としていた。

 そんな美麗な桜が咲き誇る木の後ろ側。そこに、一人の少女が立っていた。

「そこの人!」

 少年は木に隠れるようにして立っている少女に、声をかけた。びくっ少女の身体は震え、少年の声に反応する。

「…………」

 少女は控えめに木の陰からその姿を覗かせた。そして、

「っ……」「ほぅ……」

 少年はその姿に息をのみ、彩乃は見惚れるようにしてため息の様な吐息をついた。

 木から姿を覗かせた少女は、とても美しかった。夜空にかかる月を思わせるような蜜色の髪と瞳、おずおずと木の後ろから少年と彩乃を窺うその顔は、照れているのか朱に染まっていた。


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