scene 2
「さてと。とりあえず地図を確認してみるるか」
青年はリュックについている小さなポケットを探り、何重にも折りたたまれ、あちこちが破れてボロボロになっている地図と重量感のある立派な方位磁針を中から取り出した。青年は地図を丁寧に砂の上へ広げ、その上へ重石をするかのように方位磁針を置いた。
青年の広げた地図の大半は砂色が占めており、地図を縁取るようにして申し訳程度に緑が塗られていた。
「えっと……。昨日この街を出て、一昨日がこのあたりだったかな……」
青年は広大な砂色の地図に人差し指を置き、方位磁針と照らし合わせながら自分が通ってきたルートをたどる。
「……で。今日は……。やはり、おかしいな」
青年の人差し指がさすのは〝東の街〟と書かれた、砂漠の中の大きな街。街のそばには、小さく〝オアシス〟という文字が表記されていた。
青年は地図から顔を上げ双眸を細めると、遠くに見える小さな緑の塊を望んだ。
「オアシスも見える。この位置にイーストシティがあるはずなのだが……。何故だ?」
青年は指で、イーストシティと書かれた部分を一定のリズムを刻みながら叩く。左手の指に顎を乗せ、しばらく考え込む。
沈黙だけが流れる、荒涼とした砂漠。風は凪ぎ、煌々と燃える火に照らされた青年を蜜色の満月だけが見下ろす。
「間違えたのは、距離か方向か……。しかし、このオアシス以外のオアシスはもっと先に行かなければないはずだ……」
青年は眉をひそめ、難しそうに顔を歪める。が、
「――ま。いいか。こうして考えていても時間の無駄だ。朝になれば方向を確認してみよう。よし」
青年はあっさりと地図から方位磁針を上げ、リュックのポケットに収めた。それから地図を丁寧に折りたたみ、方位磁針を入れたものと同じポケットにしまう。
続いて青年は違うポケットの中から、手の平よりやや大きめの本を取り出した。本は古ぼけており、装丁は緑一色だけでそれ以外にはない。
青年は黙って本のページをめくる。紙の擦れる小さな音が、滑らかに流れるように響く。
「確か、このあたりまで読んでいたかな……」
青年は薄い岩に背をあずけると、魔方陣が描かれ、ルーン文字のような奇怪な文字が羅列している本を読み耽だした。
本に視線を落とす青年の姿を、優しい光で月と炎が照らす。穏やかな風は小さな粒子を舞わせ、炎を神秘的に揺らしていた。
朝日がゆっくりと登り、砂丘をその光で縁取る。
朝の爽やかな光は砂に覆われた地を照らす。
「っ……。うぅ」
岩に背をあずけたまま毛布にくるまって眠っていた青年は、掠れたような呻き声を上げながら身を起こした。その闇色の目をうっすらと開け、太陽を確認する。瞳は黄金に輝く太陽をその瞳に移し、間もなく瞳を閉ざした。そのまま青年は深呼吸をするように、大きく息を吸い込んだ。
「うぐぅぅっ……」
そのまま身体を伸ばし、腕も頭上へと伸ばす。その体勢のまま大きく息を吐くと、腹筋に力を込めて上半身を起こした。
「よっと」
青年はそのまま立ち上がり、毛布を砂の上へと落とした。
「今日も一日、頑張って歩かねばな」
青年は双眸を細めて、眩しく輝く太陽を一瞥する。そして落ちた毛布をかがんで拾い上げ、砂を軽く払い落す。
「さて。ここは一体どこなん――」
青年は慣れた手つきで毛布をたたみながら周りを見まわし、そして、
バサッ
毛布をその手から、落とした。青年の手は瞬時に固まり、目は大きく見開かれる。
「まさか……。嘘だろ……。何だ。某は、間違ってなどいなかった……」
青年は小さく口を動かし、眼前に広がる景色を食い入るように見つめた。
青年が見つめるのは、奇怪な岩が広がる景色。よく見ると、岩はどれも青年が凭れていたもののように薄い。
――青年は、着いていたのだ。イーストシティに。しかし、その街は完全に形を変えていた。
「……某が、もう少し速く着いていたならば……。くっ。悔やんでももう無駄か……」
青年の前に今広がっているのは、殺風景な瓦礫の街であった。
「…………」
青年は漆黒の瞳を閉ざすと、緩慢とも思える動きで口を開いた。
「まだ、旅は長引きそうだ。某は、なかなか帰れぬようだ。――すまない。彩乃、ユーフェミア……」
十年も昔の記憶が、滅びた砂漠の街を見つめる青年の頭の中で鮮やかに思い浮かぶ。