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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 2 夜半の月、砂上の旅
55/110

scene 1

     ――雨粒が、頬に落ちてきた。

         不幸になる予感がした――



     *     *     *



 砂塵が、空高く舞った。

 満月の光は、明るく黄土色の土地を照らす。微かに起きる風は水気のない砂を易々と舞い上げる。広大な夜の砂漠は神秘的で美しく、昼間とは比べ物にならないほど寒い。

「今日中には到着すると思っていたんだが……。(それがし)の見当違いだったか」

 蜜色の満月が浮かぶ夜。地平線が望めるほど途方もなく広い砂漠の中で、柔らかな響きを含んだ涼やかな男の声が響いた。砂漠にブーツの底で点々とへこみをつけながら、男は全く疲れを見せずに歩く。

 年齢は二十歳(はたち)ほど。この夜闇に負けぬほど黒い長髪と、同色の瞳を持つ。長い髪は、うなじで一つに束ねられている。青年は地面につきそうなほど長い、ローブのような薄い生地のフード付きコートをはおり、その下に黒いシャツを着、ゆったりとしたズボンとショートブーツをはいていた。砂よけのためか、鼻から口のあたりは布で覆われている。背には大きめのリュックが背負われていた。目鼻立ちは整っているが、美形というよりは中性的な顔立ちだ。

「今日はこのあたりにするか。あとは明日だ」

 青年は前方に見えてきた大きな岩を確認し、小さく頷いた。岩にはそれほど厚みがなく、砂漠の砂よりもやや濃い黄土色をしている。

「よし」

 青年は岩の陰に腰を落ち着け、肩から背負っていたリュックを下ろすと岩に沿わすようにして自分の隣に置いた。リュックを置かれた砂は、僅かにへこむ。

 青年は下ろしたばかりのリュックの中に両手を入れると、おもむろに何かを探りだした。

 しばらくリュックの中をかき回していた青年は「あ。あった」と声を上げ、リュックの中から両手を引き抜いた。リュックの中から青年は両手を抜き、右手の方には紙に包まれた長細い固形の携帯食料が握られていた。

「さて。火を焚かなくてはな」

 青年は無造作に携帯食料の包みを破ると、そのままさして美味しくもなさそうに食べ始めた。味わわず、ただ咀嚼し嚥下する。まさにそれは、空腹の胃にモノを詰め込んでいるという表現がぴったりな食べ方であった。

 青年は右手に持っていた携帯食料を左手に持ち替えると、それを食べながら右手の人差し指で砂に何やら奇怪なものを描き始めた。コンパスで描いたかのように綺麗な二重の円の中に、正位置の三角と逆位置のの三角をそれぞれ一つずつ重ねて描き、六角形の星を描き上げる。さらに二つの円の間にできた空間に、ルーン文字のようなものを細かく描き込んだ。最後に、六角形の星の中心に小さなトカゲのようなものを描く。青年はトカゲを頭、身体、尻尾の順に描いていく。

 その指が尻尾を描き終え、尻尾を描く動作に続けて少しずつ砂から指を離しつつ今度は宙に何かを描き始めた。宙に何かを描く指は、蛇のようにうねっている。そのためその動きは何かを描いているというより、宙で人差し指を奇妙にくねらせているように見える。

 一体何をしているのだ、と訝しく思うような青年の行動。しかし宙を動く指の残像を残すようにして、赤い筋が浮かびあがってきたのだ。赤い筋は指の動きを追うようにしてうねり、それは下の方からだんだんと太さを増していく。筋は揺らめきながらみるみるうちに大きさを増し、やがてそれは砂の上で煌々と燃える炎へと変わった。

 炎が上がると同時に、青年は見計らったかのように携帯食料を食べ終えた。

「ひとまず、暖は確保できたな」

 青年は伸ばしていた右手を自分の方に引き寄せると軽く両手をはらい、顔を綻ばせた。その表情は赤々と燃える炎に照らされて、照れているかのように赤く染まっていた。火は燃えるような木も紙も草も一切ない、さらさらの砂の上で燃え続ける。

 青年が使ったのは、魔術である。簡単な魔方陣を使った、四精霊の魔術。青年の術を見る限り、どうやらこの青年は四精霊使いであるようだった。

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