scene 53
彼女はボクの言っている言葉の意味が分からないという風に、不思議そうな表情をしたまま差し出された布を見つめる。まあ、無理もない。彼女は多分砂漠の薔薇の存在を知らないだろうから。それに、もしここでボクが砂漠の薔薇がどんなものかを教えてしまえば、優しい彼女は表情を一変させて必死にボクを止めるだろう。〝自分のために危険を冒すようなことはしないでほしい〟と言って。
だからボクはあえて何も言わないことにした。彼女の方もさして気にしていないようだった。その視線は、ボクが持つ布だけに注がれている。
やがて彼女は何かを決心したかのように瞳を閃かせ、大きく頷いた。
「うん。やっぱりその布、貴女が持っていて」
「え?」
彼女は布から視線を上げ、眉をひそめるボクに視線を投げかけてきた。
「いいから。――どこかで、貴女と繋がっていたいから。その証に」
彼女は真っすぐな光が輝く瞳を、ボクに向ける。ボクはその視線をしっかりと受け止め、
「――あぁ。分かった。これは、ボクが持つことにするよ」
ゆっくりと、しかし力強く頷いた。
彼女は頷くと、その眩しいほど白い手で布を握ったままのボクの両手を取った。そのまま手を僅かに上へあげ、真摯な眼差しでボクを見つめる。
「――シャノン。逃げて。生き延びて……。たとえ、すべての希望が消えたとしても……私はずっと、貴女の味方だから」
目を、見開く。
柔らかく優しく細められた、深い海の色に似たエメラルドグリーンの瞳。微かに傾けられた頭の動きに連動して揺れる、光に煌めく金色の髪。僅かに朱を帯びている頬。艶やかともとれるほど美しく曲線を描く唇。
彼女は、これまでに見たことがないほど美しい笑みを浮かべた。
「――あぁ。ありがとう」
ボクは自分なりに精一杯の笑みを浮かべ、彼女の〝本物の〟笑顔を見つめ返した。
* * *
長い話が終わり、ボクはユーフェミアの瞳を見つめた。
「ボクの過去の話は以上だ。――何か、長くなっちまったな」
「いいえ。とんでもないです。とても、良い話でした。お話してくださって、ありがとうございます」
ユーフェミアは、ボクに微笑みかけた。瞳の色は違うけど、さらりと風に揺れる金髪の美しさ、美麗な雰囲気が彼女とユーフェミアはとてもよく似ている。だからかもしれない。ボクがユーフェミアに親近感を抱けたのは。
「話していただいたお礼に、私も過去の話をした方がよろしいのでしょうか?」
ユーフェミアの声音と表情に、ボクは慌てて首と手を振った。
「いいって。無理に話さなくて。ボクは勝手に話しただけだし」
「そう、ですか」
ユーフェミアは、再びうっすらと笑む。
自分も過去の話をした方がよいだろうか? と言った時、ユーフェミアはこちらが泣いてしまいそうなほど悲しげな表情を浮かべたんだ。そんな顔をするくらいだから、きっと彼女の過去にも相当辛いことがあったんだと思う。
ユーフェミアがボクに過去を話し、その悲しみと辛さのすべてをボクは理解してあげられ、尚且つそれらの負の感情を分かち合えることができるのならば、ボクだってユーフェミアに話してくれと言うだろう。けれど、人の痛みを他人に理解することはできない。その痛みは苦しみを理解できるのは、己自身のみだ。
――ボクのこの痛みと苦しみだって、誰にも理解できないだろう。
それに、他人の過去をあれこれと詮索したり聞き出したりすることは、感心できることじゃないしな。
「――シャノン。実は私にも、とても重要な話があるのです。お話しても良いでしょうか?」
「うん? 何だ」
「実は――」
* * *
『 親愛なる彩乃へ
この手紙を貴女が読んでいるとき、私は貴女のそばにはいないでしょう。私はシャノンとともに、砂漠の薔薇を探す旅に出ることにしました。貴女に一言も相談せず、とても身勝手な行動をとった私を許してくださらなくても構いません。けれど、絶対に私たちを追いかけようなどとは思わないでください。そして、決してシャノンを恨みはしないでください。これは、私一人の決断です。もし、貴女にこのことを告げていれば貴女は私を行くなと止めていたでしょう。もしくは、彩乃、貴女自身もついて行くと言っていたでしょう。しかし、私はそのどちらも望みません。貴女は確かに、私を守るものです。しかし、同時に秘宝の守り手――つまり、瑞穂の国の平和の守り手であるということも、お忘れにならないでください。それに、貴女は身体の具合も悪化してきているのですから、無理はなさらないでください。貴女の身体の具合が心配だったので、一応事情を書いた手紙を蓬様に届けてはおります。多分、数日後には蓬様が訪問なさるでしょう。
貴女はしっかりと身体を大切にして、そこで留守番をしていてください。白胡もいますし貴女はしっかりしているのですから、きっと私がいなくても大丈夫です。
必ず私は帰ってきます。本物の砂漠の薔薇を持って。それまで、このお屋敷のことはお任せいたします。』
墨の達筆で書かれた手紙の最後には、簡単な桜の花が描かれていた。桜。それは、ユーフェミアの華押。
手紙に目を落としている、漆黒の髪と瞳の少女は、ユーフェミアが和紙に書いた手紙に一滴の涙をこぼした。そして、震える唇でそっと囁くように一言呟く。
「ちゃんと、生きて帰って来るんだよ……。ゆうちゃん」
* * *
「――シャノン。私を旅に連れて行ってほしいのです」
「……え? それは、その――」
「はい。私も、砂漠の薔薇を探すつもりです」
「…………。でも、知ってるのか? 砂漠の薔薇は、一度願いをかなえたら以後百年は効力を発揮しないってこと――」
「はい。それは承知しております。私の場合は〝形だけ〟砂漠の薔薇があれば良いのです。貴女がその彼女さんのために願いをかなえた後、何の効力もない砂漠の薔薇があれば十分です。この国の住民は砂漠の薔薇によって平和が守られていると考えていますが、実際は自分たちの力で平和を保っている。だから、砂漠の薔薇の力など不必要です。けれど、砂漠の薔薇がないと住民の方々がパニックを起こしかねないので、ここに砂漠の薔薇を置いておきたいのです」
「そういうことか。なら、ボクは別にいい。けど――旅は、生易しいものじゃねーぞ?」
「はい。けれど私は、この国の平和のためにもそれを手に入れなければならないのです。だから、お願いいたします」
「……彩乃には、言ったのか? そのこと」
「――いいえ。けれど、置手紙をするつもりです」
「そんなんじゃ、彩乃が心配するに決まってんだろ。それに、ユーフェミアがここを開けていいのかよ?」
「……それは、多分だめなことだとは思います。けれど、私は、行きたいのです。何があっても。誰が何と言おうと。この国の秘宝を守ることが、私の任務なのですから」
「…………。本当に、いいのか?」
「勿論です。足手まといになるかもしれませんが、よろしくお願いします――」
* * *
桜の都を後にして――
春の宵を、二人の少女が歩みだす。
一人は透き通るような碧眼と、さらりと揺れる茶髪を持ち、一人は夜闇に浮かぶ月のように美しい蜜色の髪と瞳を持つ。
一人は大切な人を幸せにするために、一人は己の同胞のために――
神秘の宝石〝砂漠の薔薇〟を求める。
だあぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!!!!!
act 1終了いたしました!
今回は、タイピングにかなりの労力と時間がかかってしまいましたorz
普段は一話千三百字~二千三百字の間くらいで納めるのですが、今回は三千字を超えました。最終話ですからね……。
さてさて! シャノン、お疲れ! 君にはゴールデンウィークなんかよりももっと長い休暇を与えよう! 感謝したまえ(シャノン:ふざけンなッ!!)
次回からは、いよいよact 2に突入いたします。次は、青年が主人公です。
では。予定としては明日からact 2の投稿開始です。
ですが『予定は未定』です☆ ←このセリフが何か分かった人は、同盟結びましょう(笑) もちろん「時雨沢恵一さん大好き同盟」です(笑々)