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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 1 春の宵、桜の都
50/110

scene 49

 布の下から姿を現す金髪。それとともに、ボクの鼻孔を彼女の香りがくすぐる。ゆっくりとこちらを振り返って仰ぎ見る、エメラルドグリーンの――。

「――っ」

 刹那、ボクは息をのんでその瞳を見つめていた。

 確かにその目はエメラルドグリーンだ。見間違いようもない、完璧なエメラルドグリーン。でも、

その瞳は、とても濁っていた。

 彼女の瞳の様な澄んだ美しさも、純粋な煌めきも、柔らかな光も、その瞳には宿っていない。あるのは、濁った緑と、相手を射抜き傷つけるような鋭い眼差し。

 ――この人物は、本当に彼女なのか?

 瞳の濁りがあるだけで、ボクはそう疑わざるを得なかった。

「――っ離して! 離せッ」

 彼女らしき人物はボクの眼前でその瞳を細め、鋭くボクを睨みつけた。その瞳は、昔彼女がボクに向けていた優しい光を灯したものとはまるで別物だった。

 少女はボクが掴んでいる腕を、痛いだろうに無理やり強く動かしてボクの束縛から逃れようとした。

「――何で。何で、だよ? お前は……〝彼女〟で〝君〟、だよな」

「違う。五月蠅い! 離せッ」

 呆然として、頭できちんと思考することができない。頭は痛いくらいにまっ白で、視界が不安定に揺らいでいるかのようにくらくらする。

 ――本当に、たった数カ月の時間は、彼女をこんなにも、変えてしまったのか……。

「――嘘だ」

 俯いたボクの今にも消え入りそうな呟きとともに、手の平から腕にかけてと膝に衝撃が走る。彼女が力の弱ったボクの手を振りほどき、膝を背中から落としたのだろう。はたまた、違うかもしれない。

 いや、そんなことどうでもいい。今知りたいのは、あの少女が本当に彼女であるのかどうか。もし彼女であったなら、何故こんなにも変わってしまったのか。何故ひったくりなんてしているのか。何故バーンズ家の奴隷から解放されているのか。

――何故、ボクを(いと)うたのか。

「何で……。どうして。答えろ……。答えろ。答えろよ!」

 ボクは視線を上げ、前方へ向かって咆哮するように叫んだ。少女の背中は、十数メートル向こうまで離れていた。けど、たった数十メートルの距離しか開いていないのにその時のボクには、ボクの手の届かないとても遠くに彼女は行ってしまっているように見えた。

 ボクの叫びに反応してか、少女の足が止まる。

「私はもう、貴女に会いたくないの。もう私に、かかわらないで」

 とがめる風でも、起こった風でもない、昔と変わらぬ彼女の声音。しかしその声には、確かな威圧感があった。

「何でだよ。何で……。理由を説明しろ」

「…………」

 ボクの問いは、彼女に無言で切り捨てられた。

 彼女は何も答えないまま、再度前方へと駆けて行った。彼女の背中が、さらに小さくなる。彼女が、ボクから離れてゆく。

「……理由を説明しろよ。くそッ。何でなんだよ。何でなんだよ――!!」

 ボクの叫びは、虚しく虚空を切り裂く。ボクの声は曇天の空に吸い込まれるようにして消え、多分、彼女には届かなかっただろう。

 何もできないまま、ボクはその場に崩れるようにして倒れた。何も考えたくなかった。何もしたくなかった。何も聞きたくなかった。

 ただただ、胸に大きな穴があいてしまったかのような喪失感だけが、胸の中を支配していた。


 相変わらず空には鈍色の雲が浮かんでいるが、昼間よりはかなり晴れて夕日が大地を照らしていた。

 彼女と会った昼間から、結構時間が過ぎたらしい。路地に倒れたままのボクは、緩慢に唇を動かす。

「――とりあえず、返しに行かないと」

 (から)の頭が思いついたのは、そんなことだった。

 返しに行かなければ――何を。自分が持っている布を。――何処へ。彼女のところへ。――彼女は何処だ。分からない。けど、返さなきゃ。それに、彼女にあってちゃんと納得のいく話をしてほしい。

 ボクは彼女から引き剥がし、そのまま手に持ったままだった彼女の布を目の前に掲げた。ベージュの、バスタオルくらいの大きさの布。布を縁取るようにして入っている、藍色のライン。

 ボクは布で顔を覆った。爽やかな花の香りが柔らかく、広がる。その香りは憂いに沈んだボクを柔らかく抱擁し、慰めてくれているようだった。

 香りは、彼女が確かにいたことを証明してくれる。彼女はこの世界、この国、この街にいる。きっと。

 もし、ボクと彼女が強い絆で結ばれているのなら、きっとまた出会えるはずだ。






祝☆第50話目!!

sceneでは49になっていますが、プロローグを合わせて今回で50話目になります!

50か~。100の半分ですね。ハハハ。まだact 1だけなのに……。

でもそろそろ終わりです! 予定ではあと4話でact 1は終了です。

読者の皆様には、こんなにダラダラと長い物語につき合っていただいて、本当に感謝感激です。ダラしない作者で本当に申し訳ないですorz

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