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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 1 春の宵、桜の都
49/110

scene 48

 ボクの命令に絶対従うヒカリたちは風の如く(くう)を駆け抜け、籠の取っ手だけを気持ちいいくらいにすぱっと切った。ヒカリとともにひったくりを追って走り出したボクは、ひったくりのいる少し離れた場所で籠が落下するのを目撃した。

 重く鈍い音とともに、籠は地面に落ちる。ひったくりの手には、切断面の綺麗な籠の取っ手の上半分だけが残った。

「?」

 ひったくりははたと止まり、怪訝そうに急に軽くなった手に視線を落とす。その姿を見つめながらボクは、

「てぇぇいッ!」

 思い切り、体当たりをしてやった。

 身体がぶつかり合う鈍い音。ひったくりはバランスを前方へ大きく崩す。

「っと。うぎゃッ」

 体当たりの有り余る勢いで、ボクもそのままひったくりの上に倒れる。

 ひったくりの細い身体が、石畳の地面に倒れ込む。

「うっ……」

 ひったくりは、ボクの下敷きになりながら地面に倒れた。その瞬間、その口から小さなうめき声が漏れた。倒れた衝撃を足や腹部に感じながら、ボクは顔をしかめた。しかしボク自身がひったくりの重石になっているから、相手は逃げることができない。

「ここで逃げられたくねーからな、っと」

 ボクは体勢を立て直して上半身を上げ、膝を相手の背中に押し付けながらその両腕を背中側で強くひねり上げた。

「――っ!」

 相手はその痛みに、小さく呻く。が、すぐに歯をくいしばったようだ。呻きはすぐに上がらなくなった。

「あ。そうだ」

 ボクは視線を横へと逸らし、取っ手が切れた籠を見た。籠からは中身が少し飛び出し、そこらに散らばっている。その中には、分厚く膨らんだシックな茶色の財布もあった。

「持ち主に返さなきゃな」

 独りごちるようにして呟きながら、後方に広がる路地の入口を振り返ったときだった。

「ハァ。ハァ。や、やっと、追いついた。ゼー、ゼー」

 タイミング良く、今にも死にそうなほど苦しげな呼吸をする汗びしょびしょの女性がやってきた。意外にも到着が速かったな。

「あ。その籠。取り返したんで、持っていってください」

 ボクはひったくりを力づくで抑えたまま、女性を見る。

「あら。そう。それは――」

 愛想笑いを浮かべた女性の顔が、刹那に凍りつく。

「あ。あ、あんた――。〝悪魔の娘〟」

 女性の言葉に、ボクははっと目を見開く。

 そうだ。走ったときにフードが外れちまってたんだ。

「……っ」

 女性の言葉に、ひったくりが身体をビクリと反応させる。

 ボクは黙ったまま、女性を静かに見つめていた。

「だっ、誰も、助けてなんて言ってないんだからね!」

 女性はおどおどとしながらも路地に入り、用心深く身構えながら籠のそばまで来た。その怯えたような姿を見ていると、今ならボクが「わっ!」と驚かせただけで女性は気絶してしまいそうに思えた。女性は急いで荷物をかき集め、取っ手の切れた籠を小脇に抱えながら来た道を引き返す。

 やっぱり、数か月じゃ噂は消えないか。

 別に悪魔の娘と呼ばれるボクの噂が、この間に消えることを期待してたわけじゃない。けど、何故かやっぱりかと思って落ち込む自分がいた。だから、知らず知らずボクはこの数カ月で、悪魔の娘という名の噂が消えていてほしいと望んでいたのかもしれない。

 ボクは逃げる女性の背中をぼんやりと見つめながら、そんなことを思った。とその時、女性の背中が遠く小さくなるのを止めた。

「たっ、頼んではないけど、一応、取り返してくれて、ありがとよ」

 女性は振り向かないままボクにそう告げると、また走り出した。

 〝ありがとう〟

 そんな言葉、ボクにはとても不釣り合いだ。その言葉をボクに対して使うのは、とてももったいないと思う。

「――ありがとう、ねえ」

 そういえば昔、彼女にもそんなことを言われたっけな。

 そう考え、はっと視線を自分が抑えているひったくりに落とした。ひったくりは抵抗一つせず、何も変わらずそこにいた。

「さぁて。その顔、拝見させてもらうぞ、っと」

 布が風をはらむ大きな音が立つ。ボクは右手でひったくりの顔に巻かれている布を、容赦なく引き剥がした。

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