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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 1 春の宵、桜の都
47/110

scene 46

 

 彼女は、そこ必ずにいる。


 石造りの家々の間にできている、薄暗い路地を通りながらボクはそう思っていた。

 ボクが今向かっているのは、無論バーンズ家だ。正確には、彼女のいるバーンズ家だ。

 空は相変わらず灰色の雲で覆われている。彼女と出会ったあの日のように。家族に売られたあの日のように。空は今にも泣き出しそうなほど、重く暗い。

 今思えばその空は、ボクの先行きを反映しているものだったのかもしれない。


「っ―嘘だ」

 ボクの思いに反し、彼女はバーンズ家にいなかった。

 季節を問わず、いつでも庭で仕事をしていた彼女。しかし、もう庭にその姿は無い。

「…………」

 ボクは誰もいない庭を、ただ呆然と眺めていた。頭の中で激しい音が五月蠅く響き、ボクの頭に激痛をもたらす。

「何、で――。あ。そうか……。きっと、この数カ月の間に、彼女の仕事は変わったんだ。だから――今はきっと、屋敷の中で、仕事をしてるんだ。そうだ。――そうに決まってるじゃないか」

 そうだよ。それ以外のことがあるはずない。そうだ……。そうに決まってる……。

 自分にそう思い込ませるかのように、ボクは心の中できっとそうだと狂ったように言い続ける。それは、彼女とボクの絆を繋ぎ止めてくれる、ささやかな呪文。

「うん。彼女はもう、雑用なんかしなくて良くなったんだよ。きっともっと良い仕事を貰ってるにきまってる……」

 それは、とても良いことだ。心から喜び、彼女を祝福しなければならないことだ。

 だというのに――

そこには何故か、素直に喜べない自分がいた。

 心に浮かびあがるのは失望と喪失感、そして耐えがたいほどの悲愴。

 ――どうしてこんなにも、胸が苦しいんだ? これじゃまるで、失恋したみたいじゃないか。

 訳の分からない胸の苦しみから逃げたくて、ボクはバーンズ家に背を向けた。そのままフードを抑えつつ、脱兎の如く駆け出す。

 自分でもどうしてここまで焦っているのか分からない。――分からない。この胸の痛みも。彼女がどうしてボクの前に現れてくれないのかも。何もかも、すべて分からない。

 まるでじじいに囚われていたあの数カ月の時間が、世界を、彼女を、そしてボク自身を一変させてしまったかのようだった。


 相変わらず、南側とは比べ物にならないほど綺麗で洒落(しゃれ)ている北側。そこは路地さえも綺麗で整っている。ゴミ一つ、(チリ)一つ落ちてはいない。南側の路地は瓦礫で埋もれているというのに。

 路地は昼間だというのに、静寂に包まれている。私的(してき)にはそっちのほうがありがたいが、人気がないというのは何か居心地が悪い。静かすぎる路地には、ボクのブーツの底が奏でる単調な音だけがこだまする。

「これから、どうする――?」

 それは、あまりにつまらないからこれから先のことを考えようと思い、とっさに口をついた言葉だ。けど、呟いてすぐボクはその言葉の重要さに気がついた。

「そうだよ――。これから、どうする?」

 無論、答えは〝逃げる〟だ。けど、もう一生彼女に会えないかもしれないというのに、彼女と言葉も交わさずに別れてしまうのだけは嫌だった。だから、一度でいいから彼女に会っておきたい。けど、その肝心の彼女がいないのではどうしようもない。

 今のボクは逃亡者だ。あまり一つの場所でゆっくりはしていられない。あのじじいのことだからすぐに追手を出すだろう。だから、追いつかれる前にはここを()たなくちゃいけない。

 どうする? とりあえず逃げるとして、彼女には――。

「っ――と」

 思考している間に、前方から木編みの籠を下げたぽっちゃり体系の中年女性が、結構近くまでこちらへ歩いてきていた。ボクは慌ててフードを手で押さえる。こんな路地で人に会うなんて思ってもみなかったから、フードから手を離していたのだ。

「?」

 あわててフードを抑えたボクに、女性は訝しむ様な視線を寄こす。ボクはそんな視線に気付かぬフリをして、自然な装いで女性とすれ違った。





ついに彼女が自壊(←次回ww)……!!

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