scene 46
彼女は、そこ必ずにいる。
石造りの家々の間にできている、薄暗い路地を通りながらボクはそう思っていた。
ボクが今向かっているのは、無論バーンズ家だ。正確には、彼女のいるバーンズ家だ。
空は相変わらず灰色の雲で覆われている。彼女と出会ったあの日のように。家族に売られたあの日のように。空は今にも泣き出しそうなほど、重く暗い。
今思えばその空は、ボクの先行きを反映しているものだったのかもしれない。
「っ―嘘だ」
ボクの思いに反し、彼女はバーンズ家にいなかった。
季節を問わず、いつでも庭で仕事をしていた彼女。しかし、もう庭にその姿は無い。
「…………」
ボクは誰もいない庭を、ただ呆然と眺めていた。頭の中で激しい音が五月蠅く響き、ボクの頭に激痛をもたらす。
「何、で――。あ。そうか……。きっと、この数カ月の間に、彼女の仕事は変わったんだ。だから――今はきっと、屋敷の中で、仕事をしてるんだ。そうだ。――そうに決まってるじゃないか」
そうだよ。それ以外のことがあるはずない。そうだ……。そうに決まってる……。
自分にそう思い込ませるかのように、ボクは心の中できっとそうだと狂ったように言い続ける。それは、彼女とボクの絆を繋ぎ止めてくれる、ささやかな呪文。
「うん。彼女はもう、雑用なんかしなくて良くなったんだよ。きっともっと良い仕事を貰ってるにきまってる……」
それは、とても良いことだ。心から喜び、彼女を祝福しなければならないことだ。
だというのに――
そこには何故か、素直に喜べない自分がいた。
心に浮かびあがるのは失望と喪失感、そして耐えがたいほどの悲愴。
――どうしてこんなにも、胸が苦しいんだ? これじゃまるで、失恋したみたいじゃないか。
訳の分からない胸の苦しみから逃げたくて、ボクはバーンズ家に背を向けた。そのままフードを抑えつつ、脱兎の如く駆け出す。
自分でもどうしてここまで焦っているのか分からない。――分からない。この胸の痛みも。彼女がどうしてボクの前に現れてくれないのかも。何もかも、すべて分からない。
まるでじじいに囚われていたあの数カ月の時間が、世界を、彼女を、そしてボク自身を一変させてしまったかのようだった。
相変わらず、南側とは比べ物にならないほど綺麗で洒落ている北側。そこは路地さえも綺麗で整っている。ゴミ一つ、塵一つ落ちてはいない。南側の路地は瓦礫で埋もれているというのに。
路地は昼間だというのに、静寂に包まれている。私的にはそっちのほうがありがたいが、人気がないというのは何か居心地が悪い。静かすぎる路地には、ボクのブーツの底が奏でる単調な音だけがこだまする。
「これから、どうする――?」
それは、あまりにつまらないからこれから先のことを考えようと思い、とっさに口をついた言葉だ。けど、呟いてすぐボクはその言葉の重要さに気がついた。
「そうだよ――。これから、どうする?」
無論、答えは〝逃げる〟だ。けど、もう一生彼女に会えないかもしれないというのに、彼女と言葉も交わさずに別れてしまうのだけは嫌だった。だから、一度でいいから彼女に会っておきたい。けど、その肝心の彼女がいないのではどうしようもない。
今のボクは逃亡者だ。あまり一つの場所でゆっくりはしていられない。あのじじいのことだからすぐに追手を出すだろう。だから、追いつかれる前にはここを発たなくちゃいけない。
どうする? とりあえず逃げるとして、彼女には――。
「っ――と」
思考している間に、前方から木編みの籠を下げたぽっちゃり体系の中年女性が、結構近くまでこちらへ歩いてきていた。ボクは慌ててフードを手で押さえる。こんな路地で人に会うなんて思ってもみなかったから、フードから手を離していたのだ。
「?」
あわててフードを抑えたボクに、女性は訝しむ様な視線を寄こす。ボクはそんな視線に気付かぬフリをして、自然な装いで女性とすれ違った。
ついに彼女が自壊(←次回ww)……!!