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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 1 春の宵、桜の都
41/110

scene 40


     *     *     *



 鷹が舞う襖がある広間。ボクは話を一旦そこで区切った。

「…………」「…………」

 重苦しい沈黙が、降り注ぐ。沈黙はそのまま、ボクたちを押し潰してしまいそうだった。


「そう、ですか――。貴女に、そのようなことがあったのですね」


 沈黙を撃退したのは、ボクの正面に座るユーフェミアだった。ボクは自分の座っている布団をぎゅっと両手で握りしめる。

「そこまでは、まだ序の口さ。あの男のところに行ってからは、まさに生き地獄だった。……聞いても、あまり気分の良い話じゃないから、聞かないことを進める」

「そうですか。……貴女がそういうのなら、止めておきます」

 ユーフェミアは、ボクを労わるような口調でそっと言った。その顔は、しっかりとボクをの方を向くのは――


悲愴と辛苦だけが溢れる現実からさえも目をそらしたりしない、まっすぐな瞳だった。


 ボクは蜜色の光を真っすぐに放つその瞳が眩しくて、俯いてしまう。

「……じゃあ、細かい内容は省略して話すから。――ボクはあの男には〝その力は人を助けることに役立つかもしれない〟なんて言われてたんだ。でも実際は、そんなもンじゃなかった。ボクは、ボクのこの力は奴の野望によって、利用されかけたんだ――」



     *     *     *



 身体的ダメージがひどいと、ヒカリの力の大きさはどうなるのか?

 精神的ダメージがひどいと、ヒカリの力の大きさはどうなるのか?

 食べ物を摂らなければ、ヒカリの力の大きさはどうなるのか?


 その他諸々。たくさんの実験を、まるでモルモットのようにボクは試された。その辛さに、ボクは狂ってしまいそうだった。

 あの男の家に着くや否、ボクは身体の芯まで凍りつきそうな地下室に閉じ込められた。そのまま次の日から、地獄の様な実験が始まったのだ。はやい話、ヒカリで建物も男も粉々にしてやればよかったのだが、実験中と食事のとき以外は猿轡(さるぐつわ)をかまされていたため、ヒカリに命令することもできなかった。運が良かったのか悪かったのか、実験の日々の中でヒカリが暴走することはなかった。

 食事中にそっと命令することも考えたが、食事のときは必ずごつい形をした電気椅子に座らされて、少しでも声を上げたら電気を流された。

 ここまで辛い日々が続くと、さすがに死にたいと考えたことは一度や二度ではない。しかし、ボクが死ななかったのは、絶対にもう一度〝彼女〟と会うと決めたからだった。その思いだけが、ボクの生きる糧となり、ボクをしっかりと支えてくれていた。


 時間は今までよりもゆっくりとボクの中で過ぎてゆき、実験が始まってから数か月が経ったころのことだ。

 突然奴が、ボクの住んでいる地下室へ訪問してきた。


「シャノン。世界征服に興味はないか?」


 男――その頃にはすでにじじいと言っていたし、口調もガサツになっていたが――にボクはそんなことを言われた。

「む?」

 ボクは意味が分からず「は?」と返事したのだが、猿轡をしているために「む?」というくぐもった言葉になってしまった。


「世界征服だよ。世界のすべてが、私たちのものになる。世界を動かす権利を、この手に入れることができるのだ。すばらしいだろう? お前の力を使えば、世界を破壊し征服することなど、赤子の手をひねるより簡単なことなのだよ」


「むんむむむむ、むーむむむん」

 「そんなものに、キョーミはない」とボクはあっさりと言う。世界征服なんて馬鹿馬鹿しい。

 ボクはじじいを呆れながら見つめる。しかし、ボクの言葉が通じなかったためか相手は高揚で一人顔を赤くしながら饒舌に言葉を続ける。

「痛みを感じないヒトの制作にも、成功したのだ。しかも、かなりの(つわもの)ばかりを集めた。あとはお前の力があれば良い」


 痛みを感じないヒト。

 

 その言葉に、ボクは顔をしかめた。人は生きている限り、痛みを感じるものだ。そんなもの、存在するはずがない。

「気になるか? 良いだろう。我が兵を見せてやろう」

 じじいは得意げな笑みを浮かべて鼻を高くし、ボクを閉じ込めている独房の様な地下室のカギを開けた。五月蠅く軋む音を上げながら、格子の扉が開く。

「さぁ。来い」

 じじいをにらみつつも、ボクはすんなりと外へ出た。じじいは慣れた手つきでボクの手にロープを結び、その先を持った。ロープは長いため、じじいがロープを持ってもボクとの距離は数メートルある。


 ――その時は、ほんの小さな好奇心からその痛みを感じないヒトとやらを見てみたい、と思ったのだ。それはどうでもいいことではあったが、ほんの少しの興味がボクの心を燻すように小さな火の粉を上げたのだ。しかし、後でボクは見なければ良かったと後悔することになる。いや、でも……これを見ていなければ、今でもボクはあの忌々しいじじいの家で実験をされ続けていたのかもしれない。だから、結果的にどちらが良かったのか、というところは今でもよくは分からないのである。



 じじいに連れられて行きついたところは、ボクが閉じ込められている場所からそう遠くない部屋であった。部屋の扉は頑丈に南京錠がかけられている。

 扉の前まで来たじじいは薄汚れた上着のポケットから鍵を取り出し、それを南京錠の鍵穴へと差し込んだ。鍵は重々しい音とともに、緩慢に回転する。じじいは何の躊躇いもなく扉に手をかけ、ゆっくりとスライドして開く。扉は獣の唸り声の様な低い音を上げる。扉が薄く開いた刹那、生温かい風が部屋の中から流れ出したような気がした。

 扉はボクの心をもてあそぶかのようにゆっくりと開く。扉の隙間からは薄暗い中の様子が垣間見え、そして、


「っ……!!」


 ボクはそこに立っていたものを見て、思わず息をのんでいた。

 ――そこには、天井へと延びる長細い円柱型をしたガラスの入れ物が、ずらりと数え切れないほどならんでいたのだ。真っ暗な部屋で発行するガラスには、経帷子(きょうかたびら)を着た人間が入っていた。一つの円柱に一人ずつ。性別も、年齢も体格もバラバラの人が入れられている。

 そんな人たちからはたくさんの管が伸び、入れ物の中に満たされた水の様な液体の中に揺らめきながら浮かんでいた。

act 1、ついに四十話行きました!

……どうしてこんなにact 1だけ長くなってしまうんでしょうか?

act 2とか結構短いですよ……。

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