scene 3
古森凛様のアドバイスより、全体的に修正させていただきました。
古森様、ここで改めてお礼を言わせて頂きます。
瞼を閉じ、暗き虚空を仰いでいた蜜色の髪と瞳を持つ少女は、ふっと目を開けた。
淡く光を発する月は相変わらず、空に浮かぶ。
「――来ますね」
少女は呟くと、それまで座っていた木のベンチからゆっくりと立ち上がった。振袖特有の、長い袂が少女の動きに連動して揺らめく。
その袂が、正位置におさまった時、ふいに葉と葉が擦れ合う小さな音が、少女の前方の茂みから上がった。音に反応した少女がそちらを見つめる中、音と共に現れたのは、
「っ……。た、すけ、て――くれ……」
血まみれの少女だった。
少女の足はふらりと力なく揺れ、そのままその身体をどん、と右側に立つ桜の木にぶつける。少女の息は荒く、目も生気がなく虚ろ。
少女は力なく木に寄りかかったまま、下へと崩れ落ちてしまった。手触りの荒い茶色をした桜の幹に、少女の右腕から溢れる粘度の高い血糊が、身震いをしてしまうような気味の悪い跡を付ける。華麗な美しい桜と幹に塗られた奇妙な赤は、アンバランスな色彩を放つ。
「――とても大変な〝出会い〟に遭遇してしまったようですね」
蜜色の少女は言葉と共に、血に濡れた桜の元へ向けてゆっくりと歩み出した。少女は、双眸をスッと細めながら、倒れた少女を見つめる。女の子にしては短い栗色の髪と、滑らかな肌質をしていた。丈が長く生地の薄いぼろ布のような灰色のTシャツと、七分丈の色あせた藍色のズボンをはいている。首には、ベージュのいたって綺麗な布が巻かれていた。
「見たこともない、服装ですね」
少女の傍らへ着いた振袖の少女は、倒れている少女の服装を首をかしげて物珍しそうに見回す。
「あっ。いけません、いけません。まずは、この子を助けなければいけません」
倒れてしまった少女は、どうやら気絶しているようだ。口から血が溢れ、右腕と左脇腹からも血を流している。
少女は今すぐ助けなければ大量出血で死んでしまう可能性が大きい、大変危険な状態であった。
* * *
ヒトをすべてヒカリの筋で倒した少女は、ふら付く身体を無理やり前に進ませていた。
「くっ……。本当に……、ボクは、ここで、終わる……の、か」
少女は閉じかけの瞳で、前を見つめる。景色は歪み、頭の中で正常に認識できない。
「――死にたく、ない。……でも、も、う……ダメ、か……」
少女がそう呟き、歩むことを、前に進むことを、助かることを、生きることを、諦めようとしたときだった。
「……っ」
視界に、淡いピンクが小さく塗られた。そして、前方数メートル先に美しく咲き誇る、桜の木々がその瞳に映し出され――
少女の記憶の中で、緑眼と金髪を持つ美少女が桜の花弁が舞う浜辺で綺麗に微笑む姿が鮮やかによみがえった。
* * *
「っ!」
真っ暗な部屋に敷かれた雪のように白い布団の上で、飛び跳ねるようにして少女は起きた。そして、
「――っ痛ぅ」
同時に横腹に走った激痛に暫し悶絶し、両手で患部を押さえた。
「動いテはイけない、アルよ。安静ニする、アル」
「!?」
少女の近くで唐突に声が上がった。機械的で、不自然な言葉遣いと声に、はっと少女は後ろを振り返る。そしてまた、
「っぐぅ……」
痛みに呻くこととなった。
「貴殿は、生ト死の間を彷徨うホどの、大きナ怪我を負ってイた、アルよ」
そう言った声の主は、痛みに呻く少女の前へと歩いて来た。
肩甲骨くらいまで長さがある艶やかなクリーム色の髪と、透き通る碧眼をした十歳くらいの少女だった。浅葱色をした紬を、紺色の帯で縛って着ている。
「そ、そうか……。ところで、お前は今までボクの枕元にずっといたのか?」
「そウ、アルよ。それガ、何、アルか?」
幼い少女は首をガクンと傾げ、布団の上で上半身だけを起こしている少女の瞳をじっと見つめる。布団の上の少女は、その視線をしっかりと受け止める。
視線をぶつけ合ったまま、布団の上に座る少女がゆっくりと口を開いた。
「――お前には何故気配がない?」
その問いに、幼い少女は首を傾げたまま、すっと目じりを窄ませて笑顔を作った。
「それは――」