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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 1 春の宵、桜の都
39/110

scene 38

今回、長い割に手抜きですorz

申し訳ないです…

ちなみに、最後の方微グロです。

「シャノン。あなたはこれから、この人と一緒に暮らすのよ。もう、戻ってきちゃダメよ」


 母は、小さな子供を諭すかのような口調でボクに告げた。

 ――もう戻ってきちゃ、ダメ――

 それは、もうすでにここは、ボクが十六年間過ごしてきた家は、ボクの帰る場所ではないということ。そして、家族はボクがここに帰ってくることを望んでいないということ。

「…………」

 ボクは、黙ったまま冷気で満たされた部屋の中に立ちつくす。視界で、ちょうど外から帰ってきた金髪碧眼の父と、くすんだ金色の髪と灰色の目を持つ男が談笑を始めていた。二つの口が開いたり閉じたりしているのに、そこから声は聞こえない。ボクは無音の映像を見ているような感覚にとらわれた。

 何故? 何故、母は私に帰ってくるなと言ったの? 意味が分からない。それに、この男は誰なの? というか、この男とこれから暮らさなければならないとはどういうこと? 何故? どうして?

 ――全ク、意味ガ分カラナイ

 音のない世界を見つめながら、ボクは頭の中で様々なことを思案し続け、


「では。シャノン。行こうか」


 突如として聞こえた、低い男の声によってそれは立ちきられた。

 見上げるといつの間にかボクの右隣に男が立っていた。呆然とボクは男を見つめ、男はボクと同じ目線になるようにしゃがんだ。男は笑ってボクを見つめる。が、一方のボクは笑うどころの話ではない。

 困惑と不安でいっぱいの胸を抱えたまま、ボクはちらりと視線を上げて玄関に立つ父とボクの左隣に立つ姉を見た。刹那、見なければよかったという後悔の念に胸を引き裂かれた。

 父はその碧く冷たい視線を容赦なくボクにぶつけ、姉はいやらしくニタニタと笑っていたのだ。

 ボクは冷水を浴びせられたかのように、身体がどんどん体温を失ってゆくのを感じながらふっと視線を下げた。昨日母に渡されたまだ真新しい編み上げのブーツをはいた、ボクの足が視界に入る。

 ボクはとんと男に背中を押され、そのまま前へと進みだした。男はボクの背を手で押しながら歩む。

 男に押されるため、前へと運ばざるを得ない自分の両足。ボクは玄関をくぐり、外へと出た。

 相変わらずの曇天空なのだろう。下を向いているため定かではないが、光の温かさを全く感じない。男の手のひらからボクの背に伝わる温度は冷たく、男の手の平の冷たさが良く分かった。

 ボクは光沢の残るブーツの爪先を見つめながら、顔を歪めてきゅっと口元を結んだ。男もボクも黙ったまま、歩み続ける。コツコツと、ブーツが響かせる足音だけがやけに大きく聞こえた。

 ボクは首に巻いている赤い毛糸のマフラーを、口元辺りまで引き上げた。それは癖に近い行為になってしまっている。そのため、寒くもないのにそうしてマフラーを上げてしまうのだ。

「シャノン。寒いのかな?」

「え?」

 男は唐突にボクの顔を覗き込んできた。ボクはその言葉と行動に、少したじろく。歩調が遠慮がちなものになり、足が止まる。

「いや。マフラーを引き上げていたから、寒いのかと思って」

「あ、え、あぁ。いえ。違うよ。ただの、癖です」

「そうか」

 男が顔を引くと同時に、ボクは再び歩み始める。


 数分後、ふいに男が「あ。見えてきた」と声を上げ、ボクは視線を上げた。

「ほら、シャノン。あれだよ」

 ボクの視界に入ったのは、一台の黒い車だった。

「さ、シャノン。乗ってくれ」

 男は少し歩を速め、ボクより速く車に着くと後部座席のドアを開けた。ボクは男に小さく頭を下げ、そこに乗り込む。無論ボクは車に乗ることなんか初めてで、しばらく物珍しげにしげしげと車の内装を見ていた。

「どうぞ。そこの座席に座っていてくれ」

 ボクはおずおずと座席に座った。座席は思った以上に柔らかく、ボクの身体は大きく沈んだ。そのことに少し目を見張りながら、ボクはゆったりと背を背もたれに預ける。

「じゃあ。少し待っていてくれ」

 男はそういうと、少々乱暴にドアを閉めた。目の前でドアを閉められたボクは、反射的に目をぎゅっと閉じていた。がすぐに目を開き、男の姿を目で追う。男は車の後部――つまり、トランクのほうに周りこむところであった。男はトランクを大きく開ける。開けられたトランクの上部が邪魔をして、ここからは男の姿が見えなくなった。

 数秒の後、男はまたも少々乱暴にトランクを閉めた。その振動で車は僅かに揺れる。今度は眼は閉じず、身体を揺らしながら男の姿を目で追う。男の手には、黒いキャリーバッグが握られていた。男はキャリーバッグを地につけて転がしながら、ボクたちが今まで歩いてきた道を引き返す。


 ――あ……。そうか。


 その姿をぼうっと見ながら、ボクは唐突に理解した。


 家族は、ボクを男に売ったんだ。


 不思議とそう分かっても、小指の先ほどの怒りも湧き上がってはこなかった。逆に、よく得体も知れぬ力を持ったボクをあいつは買取ったものだな、と思うほどであった。

 ヒカリは相変わらず、ボクの周りを浮遊する。いっそのこと、このヒカリで男の頸動脈を掻き切ってしまおうかしら? いや、眉間か心臓をぶち抜いてもいいわね。それとも、指をすべて切り落としてから両腕を切り取り、腹をじわじわと傷つけて大量出血で苦しみながら死なせるという手もあるし。


 ボクはそんな恐ろしいことを考えながら、自己嫌悪に駆られた。


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